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漢文 高校生

漢文早覚え速答法、詠嘆の書き下し文ついての質問です。 ①「説ばし+ず=説ば″しから“ず」 ②「重し+ず=重“から“ず」 何故「しから」と「から」と違いが出るのか、どうしても理解できません。質問文が伝わりづらく申し訳ないのですが、漢文得意な方教えていただけると嬉しいですm(__)m

問傍線部を漢字かなまじりで書き下し、現代語訳せよ。 不亦説乎。 よろこ ○説バシ・・・喜ばしい 3 (2) ① 豈仁 おのガ 人篇 仁以爲任、不亦重乎。 事 よろこ ま おも ○重シ・・・ 重大だ 人事・・・人のしわざ [解き方]「亦た〜ずや」というパターンで、「説ばし」という「形容詞」を「未然形」+「ず」 よろこ ま にして、「説ばしからず」 となる。 現代語訳は「た」 →「なんと」、「ず」 → 「ない」、「や」→ 「か」とすればでき上がり。 ま よろこ ま あに 答 〈書き下し文〉 亦た説ばしからずや 〈現代語訳〉 なんと喜ばしいことではないか おも 「亦た〜ずや」のパターン。 「重し」という「形容詞」を「未然形」 + 「ず」にして「重からず や」とする。 「ず」の上はカリ活用になる。 おも 〈書き下し文〉 赤た重からずや 〈現代語訳〉(仁という思想を広めることを自分の任務と考 える。)なんと重大なことではないか

解決済み 回答数: 1
古文 高校生

長文ですが、問2だけなので読まなくても解けます! 答えがわからないので教えてください(過去問です)

もろとも 三次の文章は「太平記』の一節で、後醍醐天皇は鎌倉幕府打倒計画を知った幕府軍によって都を追われ、天皇の在所であった 笠置山に火がかけられたが、側近である藤房・季房兄弟とともにかろうじて山を脱出した場面である。これを読んで、後の問 いに答えよ。なお、設問の都合で本文の段落に1・2の番号を付してある。(配点 六〇) ①とかくして日夜三日に、大和国高市のなる玉山といふ処まで落ち着かせ給ひにけり。藤房・季房も、三日まで食を絶たれ ければ、足跋え身疲れて、今はいかなる目に遭ふとも、一足も行くべき心地もせさりければ、力なく幽谷の岩を枕にて、君臣兄弟 諸共に、 『うつつの夢に跳し給ふ御心の内こそ傷ましけれ。 ~さらぬだに、習はせ給はぬ旅寝は悲しかるべきに、夜嵐一しきり松 に音して過ぎけるを、雨の降るかと聞こしめして、木陰に寄らせ給ひたれば、下露のはらはらと御袖に懸かりけるを、主上御覧ぜ いた られて、 かく X指して行く笠ぎの山を出でしより雨が下には隠れ家もなし (注1)しんきん きやう Ex と仰せられけるを、藤房卿承つて、「げにさこそ宸襟を傷ましめおはすらん」と悲しく覚えければ、 なほ しゅしやう Y いかにせん頼む影とて立ち寄れば猶袖ぬらす松の下露 こけ ござ とり、君も臣も諸共に、草の露打ち払ひ、むせる岩のありけるを御座として、「こはそもそも、何となり行く世の中ぞや。治 よろづ えいりよ (注2) 1 世の程は何となく、万の政叡慮にも任せずとはいへども、これまでの事はなきものを。天照大神・正八幡宮もいかが照見し給ふ B~。 たぐひ あまてらすおほみかみ しゅうはちまんぐう (注3) (注4) あんざい らん。 あさましきかな、十善の天子たちまちに外都に行在して、逆臣のために災ひに遭ふ事も類ありとはいへども、いまだかか る様をば聞かず」とて御涙に嘘ばせ給へば、藤房もさこそと思はれては、そぞろに袖をぞしぼられける。 まつみのくらんど さが ②かかるところに、山城国の住人、深須入道・松井蔵人二人、この辺の案内者なれば、山々寺々残る所なく扱し奉りければ、皇 なんちら いただ のが ~~ 居隠れなくて尋ね出だされさせ給ひけり。藤房・季房は、遅れぬところなりと思ひ定められければ、腹を切らんとし給ひける 5 を、主上とかく仰せらるる子細ありしかば、しばし承りけるその間に、深須入道すきまもなく、御前近くぞ参りける。主上実に ろしげなる御気色にて、「汝等心ある者ならば、天恩を戴いて、私の栄花を期せよ」と仰せ出だされければ、深須入道実に御いた はしく見まゐらせしかば、「さらばこの君を隠し奉りて義兵を挙げ、 叡襟を慰めまゐらせばや」と思ひけれども、後に続いて扱し おそ

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