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文章読解です。 問6の答えがウなのですが、アではないのはなぜですか?

次の文章を読んで、あとの各問に答えよ。(1〜7は形式段落の番号である。) の手づくりといえば個性的な一品生産、機械づくりといえば規格化された大 量生産というのが、従来の通念だろう。だが少し考えるとこれは大きな誤り であって、じつは伝統的な手づくりは本来、懸命に と大量生産をめざ ろくろ はたお していたのである。(こ轆轤づくりの陶磁器といい機織りによる布地といい、 さらに型抜きの細工物から木版画まで、規格のない職人仕事は一つとしてな かった。 ちなみに面白いのは、 (注2) ウイリアム・モリスが手づくりの復興を唱える まえ、おりから盛んになった機械づくりへの非難は、それが規格化されてい じゅうたん せいち たからではなかった。機械づくりの絨毯があまりにも精緻にしあげられ、模 様に遠近法までとり容れられているのが不自然だ、というのが反対の主旨で あった。もう一つ機械が批判されたのはその出来映えのせいではなく、機械 が労働を分断して非人間化するという理由からであった。「機械が労働の分業 35 化を進め、単純労働の反復を招いて仕事の達成感を奪うというのが、モリス の師匠格の (注3)ジョン・ラスキンの主張であった。 こうした機械批判は当然、二十世紀にいたってことごとく根拠を失ってし まった。手仕事では及ばない機械の精緻さはますます進化し、いまでは半導 体のような精密商品は機械でしかつくれない産品になった。電子制御技術が 発展するにつれて、逆に機械で一品生産をおこなうことももはや夢ではない。 『分業のもたらす労働の非人間化についても、機械が労働時間を短縮するこ とによって解決されてしまった。労働者は多くの余暇を与えられることにな って、そのなかで人間的な時間をとり戻すことができるからである。その余 暇の楽しみとして、スポーツやゲームと並んであらためて手仕事が魅力を増 したのは、皮肉だともいえる。 結果として、現代に残された手づくりの意味とは何であろうか。第一はほ かならぬ。余暇のなかの手仕事であって、手料理や庭いじりや模型づくりな ど、現実的な効用を期待しない作業の楽しみだろう。現実の効用至上の仕事 は目的の無限の連鎖のなかにあって、たとえば木を伐るのは板を削るためで あり、板を削るのは家具を組み立てるため、家具をつくるのはそれを売って

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日本史 高校生

9番がわかりません

大戦景気 教 p.294~ (1):第一次世界大戦による好景気→日露戦争後の不況 財政難を解決 1) 連合国(英・仏・露など)への軍需品 食料品などの輸出急増 →現地生産を目指し、中国の上海などへ紡績工場が進出 = ( 3 ) 2) 欧米からの輸出が後退したアジア市場へ ( 2 ) の輸出拡大 ほうせき コ) 大戦ブームによる好景気に沸くアメリカに ( 4 ) 輸出が急拡大 ) 造船・海運業: 世界的な船舶不足により空前の活況 a 日本は世界第3位の海運国に (保有船舶の総トン数) b 造船 海運ブームに乗じ巨額の利益を得た( 5 )の誕生 やはた ≡) 鉄鋼需要の急増→八幡製鉄所の拡張、 満鉄の( 6 ) 製鉄所の設立 (1918) ) 化学工業の勃興→ ( 7 )からの輸入途絶で薬品 ・ 染料・ 肥料など国産化へ 一) 電力業:( 8 ) 東京間の長距離送電に成功 (1915) →工業原動力が蒸気力から電力へ転換、電灯の農村部への普及 大戦景気の影響 )輸出の増大により、貿易収支は大幅な ( 9 )に転じる さい む | 財政危機からの脱却: 長年の債務国から( 10 )に転換 各種工業の躍進で、 工業生産額が ( 11 ) 生産額を上回る ] 工場労働者数→大戦前の1.5倍=150万人余に急増 (とくに男性労働者の増加) *ただし労働人口全体では、依然として工業人口は農業人口の半数以下 好景気の光と影 1大戦景気 2 織物 3 左事坊 在華坊 4 生系 5 船成金 6 八幡 ドイツ 3 猪苗代 8 9 10 債権国 11 農業生産額 成金 ■ 急激な富裕者= ( 12 ) 誕生の一方、物価高騰で多くの民衆が生活困窮 こうとう 12 億円 第一次 25 世界大戦 輸入 ■ 農村から都市部への顕著な人口流出、 農産物と工業製品の価格差 の拡大 探究コーナー 問右のグラフは、大正期から昭和初期の日本の貿易額の推移 20 輸出 と、物価・賃金の変化を示したものである。 この2つグラフを もとに、第一次世界大戦およびそれ以後の日本経済や労働者 15 10 10 5 0 1912 14 16 18 20 22 日本の貿易額の推 第一次 賃金 1300 世界大戦 18年

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