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数学 中学生

明日(04/15)の朝までに回答して頂きたいです…!! 【新しい数学1】の初めのページにあるものです。 ①九九の決まりと、④ゆうなの決まりが成り立つ理由を教えて頂きたいです。

ATT かける数も 表を 見ると、 倍数が並んでいます。 たとえば・・・ 私も表を横に見て、 数の増え方のきまりを 見つけました。 表を斜めに見ました。 1 81を結ぶと、 向かい合う数が・・・ 友だちの 考えを知ろう そうたさん |2 3369 2:46.8 34-5 4 5 6 7 8 st 4 5 6 7 8 aa 9 9 8 1012141618 12 15 18 212427 12 16 20 24 28 32 36 10 15 20 25 30 35 40 45 12 18 24 30 36 42 4854 14 21 28 35 42 49 56 63 16 24 32 40 48 56 6472 ひろとさん はるかさん ゆうなさんは,縦2 ます横2ますの正方形で囲んだ数の きまりを見つけて、 発表しています。 くゆうなさんの見つけたきまり> 九九を縦2ます横2ますの正方形で囲むと, 斜めの数どうしの積が等しくなる。 ax b 1 1 2 12 3 4 5 6 7 7 8 6-7 280円 かけられる数 整数の性質 9 18 27 36 45 54 63 7281 よう 九九表には、どんなきまりがかくれている でしょうか。 ひろとさん {8] 見通し 表の数を横に 見ると・・・ ① 九九表のきまりを見つけてみましょう。 問題を 解決する 1つ見つけたら, ほかのきまりを考えてみましょう。 axb 1 2 1 2 4 6 23456789 123456789 かけられる数 α a 33 69 かける数 4 6 5 7 8 9 8 9 4 56 7 8 1012141618 9 12 15 18 21 24 27 8 12 16 20 24 28 32:36 10 15 20 25 30 35 40 45 6 12 18 24 30 36 42 48 54 14 21 28 35 42 49 56 63 16 24 32 40 48 56 64:72 9 18 27 36 45 54 637281 8×15 = 120 10×12=120 だから、 等しくなります。 ゆうなさん ② ほかのところを囲んで, ゆうなさんの見つけた きまりが成り立つことを確かめてみましょう。 ③ 学習をふり返ってまとめをしましょう。 ④ ゆうなさんの見つけたきまりが、いつでも 成り立つ理由を考えてみましょう。 きまりを見つ ほかの場合 ことが大切 自分で 10 考えてみよう

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国語 中学生

1.2枚目は問題文で3枚目が問いです。 答えはウなんですけど、なぜウになるか教えて欲しいです。 急ぎでお願いします!

狩猟採集民は、自然の造った動物や植物のおこぼれにあずかって生きている人々である。自然を意のままに制 御するとか、征服しようとかの考えは最初から考慮の外にある。自然は圧倒的に強く、畏怖する以外に仕方のな はな い対象である。人間より圧倒的に強く、畏怖する対象を神と呼ぶならば、自然物にはすべて神が宿っている。従 ってアニミズムは必然的に多神教的になる。 狩猟採集民が、自然の意味づけをアニミズム的なやり方で行ったのは、けだし当然であろう。そこでは自我も また、自然の中の神々とつながっており、死後の自我の平安と永続性は、このような自然観の下で保証された。 もちろん、このような自然観は、個々人がそのつど考えたものではない。言語や自然観は、ある集団に人間が 生まれついた時から、すでに与えられたものとしてある。すなわち、文化と伝統である。強固な文化と伝統の下 では、人はわざわざ、自己とは何かなどと考える必要はない。 文化と伝統に従うのは、心安らかなことであり、人々はこの中で成長し、老い、心安らかに死んでゆく。 ②よ ほどのことがない限り、これを引っくり返すのは難しい。 現代人の自然観は科学技術文明に支配されている。科学技術の中心思想はコントロールである。人々はこの思 想を忠実に生きている。しかし不幸にもこの思想は、死後の自我の平穏も存在も保証しないので、人々は刹那的 に生きざるを得ないのかも知れない。私がいくら「科学は錯覚である」(私は一九九三年に宝島社から同名の本 を出版した)と言っても、さしあたってどうしようもないのである。 何が人々の自然観を変えるのか。様々な要因を述べることができるだろうし、ある場合には無根拠に変わるの かも知れない。しかし、③技術の発明が少なくとも大きなきっかけになることはまちがいなさそうである。 狩猟採集民に起こった最初の重要な技術は、採集物の貯蔵技術である。 貯蔵技術は定住をうながす。大量の貯 蔵物を携帯して移動することは困難だからである。ひとたび定住すれば、食糧ばかりでなく、それ以外の財狩 猟道具、衣服、装飾具)を保持することも容易になるため、持つ者と持たざる者の格差が発生する。 定住は不平 等を産み出すのである。たくさんの貯蔵食糧と財を所有すれば、当然これらを管理する必要が生ずる。 ここに、 コントロールという思考が芽生える。 貯蔵技術の次に人間が発明したのは農耕技術である。農耕は自然との変革管理なしには行えない。 野原や森林 を切り拓いて、田や畑にする。田畑は放っておくと、原野に戻ろうとするから手入れをしなければならない。自 然のコントロールという思想は、ここに確かなものとなる。しかし、自然は簡単にコントロールできるものでは ない。洪水、ひでり、大地震。 これらは現在でも手に負えない。コントロールしたいが、コントロールできない 自然。農耕民は、自然をコントロールしたいという願望と、コントロール不能な自然とのギャップにはさまれ、 ④非定住狩猟採集民とは少し違った自然観をもつようになる。 定住・農耕は自然の上に立つ神の出現と関係があるように思う。関係があるというのは、もちろん、因果関係 があるという意味ではない。 ⑤定住・農耕は、自然の上に立つ神という考えを受け入れやすい精神状態を作った のではないかということである。 アニミズム的な考えでは、自然はそれ自体が神々であった。一方、自然の上に立つ神は、自然を創造し、自然 を制御する。 ⑥このような神は、自然に対する人々のコントロール願望の反映なのではないだろうか。自分たち が制御できない自然を神に託して、神を崇拝することで、自然を間接的にコントロールしたい。 アニミズムにはおそらく真理という観念はない。多数の神々すなわち自然は、自分勝手に好きなことをして、 人間を楽しませたり、困らせたり、殺したりする。人間もまた神々のネットワークの一部であり、死ねば神々と 同化する。 それに対し自然の上に立つ神では、神の行いと考えが自然現象を決定するわけだから、すなわち、これが真理

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数学 中学生

線を引いたところが質問で、矢印を引いたところが答えです!なぜ小さくなるのかわかりません。中1の水溶液の性質の範囲です。

原料 4 力をのばそう! 水溶液の性質 4 80本100gに砂糖をとけるだけとかした。 (1) 水に砂糖がとけた直後ののようすを表す なものは、次のアーエのどれか。 I (2)砂糖の水溶液をしばらく80℃に保ったときの株式 図として適当なものは、(1)のアーエのどれか。 (3)水の温度を下げるととける砂糖の量は減る。こ のときの水溶液の質量パーセント濃度はどうなるか (4)20℃の砂糖の水溶液の濃度は67%であった。この 水溶液200g中にとけている砂糖は何か I 小さくなる。 134g 濃度 溶質の質量=溶液の質量 × 100 2 下の表は、水の温度と100gの水にとける物質の 量との関係を表している。 (0) 88.8g 水の温度(℃) 20 40 60 80 硝酸カリウム(g) 31.6 63.9 109.2 168.8 (2) 104.9g 食塩(g) 35.8 36.3 37.1 38.0 再結晶 (1) 80℃の水100gに80gの硝酸カリウムをとかした。3 あと何gの硝酸カリウムがとけるか。 (2) 80℃の水100gに限度までとかした硝酸カリウム の水溶液を40℃にすると、 何gの固体が出てくるか。 (4) (3)(2)のようにして、水溶液中の固体をとり出すこと を何というか。 出てきた固体と水溶液を分けるときのピーカーを 17.

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国語 中学生

定期考査の直しで、答えはイなんですけど、なぜいいになるかわかりますか? 急いでます。本当にお願いします

狩猟採集民は、自然の造った動物や植物のおこぼれにあずかって生きている人々である。自然を意のままに制 はな 御するとか、征服しようとかの考えは最初から考慮の外にある。自然は圧倒的に強く、畏怖する以外に仕方のな い対象である。人間より圧倒的に強く、畏怖する対象を神と呼ぶならば、自然物にはすべて神が宿っている。従 ってアニミズムは必然的に多神教的になる。 狩猟採集民が、自然の意味づけをアニミズム的なやり方で行ったのは、けだし当然であろう。 そこでは自我も また、自然の中の神々とつながっており、死後の自我の平安と永続性は、このような自然観の下で保証された。 もちろん、このような自然観は、個々人がそのつど考えたものではない。言語や自然観は、ある集団に人間が 生まれついた時から、すでに与えられたものとしてある。すなわち、文化と伝統である。強固な文化と伝統の下 では、人はわざわざ、自己とは何かなどと考える必要はない。 文化と伝統に従うのは、心安らかなことであり、人々はこの中で成長し、老い、心安らかに死んでゆく。 ②よ ほどのことがない限り、これを引っくり返すのは難しい。 現代人の自然観は科学技術文明に支配されている。科学技術の中心思想はコントロールである。人々はこの思 想を忠実に生きている。しかし不幸にもこの思想は、死後の自我の平穏も存在も保証しないので、人々は刹那的 に生きざるを得ないのかも知れない。私がいくら「科学は錯覚である」(私は一九九三年に宝島社から同名の本 を出版した)と言っても、さしあたってどうしようもないのである。 何が人々の自然観を変えるのか。 様々な要因を述べることができるだろうし、ある場合には無根拠に変わるの かも知れない。しかし、③技術の発明が少なくとも大きなきっかけになることはまちがいなさそうである。 狩猟採集民に起こった最初の重要な技術は、採集物の貯蔵技術である。貯蔵技術は定住をうながす。 大量の貯 蔵物を携帯して移動することは困難だからである。ひとたび定住すれば、食糧ばかりでなく、それ以外の財(狩 猟道具、衣服、装飾具)を保持することも容易になるため、持つ者と持たざる者の格差が発生する。 定住は不平 等を産み出すのである。たくさんの貯蔵食糧と財を所有すれば、当然これらを管理する必要が生ずる。ここに、 コントロールという思考が芽生える。 貯蔵技術の次に人間が発明したのは農耕技術である。農耕は自然との変革管理なしには行えない。 野原や森林 を切り拓いて、田や畑にする。田畑は放っておくと、原野に戻ろうとするから手入れをしなければならない。自 然のコントロールという思想は、ここに確かなものとなる。しかし、自然は簡単にコントロールできるものでは ない。洪水、ひでり、大地震。 これらは現在でも手に負えない。コントロールしたいが、コントロールできない 自然。農耕民は、自然をコントロールしたいという願望と、コントロール不能な自然とのギャップにはさまれ、 ⑨非定住狩猟採集民とは少し違った自然観をもつようになる。 定住・農耕は自然の上に立つ神の出現と関係があるように思う。関係があるというのは、もちろん、因果関係 があるという意味ではない。⑤定住・農耕は、自然の上に立つ神という考えを受け入れやすい精神状態を作った のではないかということである。 アニミズム的な考えでは、自然はそれ自体が神々であった。一方、自然の上に立つ神は、自然を創造し、自然 を制御する。 ⑥このような神は、自然に対する人々のコントロール願望の反映なのではないだろうか。自分たち が制御できない自然を神に託して、神を崇拝することで、自然を間接的にコントロールしたい。 アニミズムにはおそらく真理という観念はない。多数の神々すなわち自然は、自分勝手に好きなことをして、 同化する。 人間を楽しませたり、困らせたり、殺したりする。 人間もまた神々のネットワークの一部であり、死ねば神々と それに対し自然の上に立つ神では、神の行いと考えが自然現象を決定するわけだから、すなわち、これが真理

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