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数学 高校生

至急❗️❗️❗️❗️ (4)がわかりません。解答の反応式の補足説明をお願いします🤲

°165.〈カルシウムの化合物) の図は、カルシウムの化合物に関する反応を示したものである。下の問いに答えよ。 酸化、 Ca H-O H-SO。 CaO Ca(OH)。 |物質A」 0|CO2 Cl2 物質B 加熱 HCI 「物質E」 物質D 物質C CO2+H2O HCI (1) 物質A~Cは, 一般にどのような用途に用いられているか。最も適当なものを, 次の(ア)~(カ)から一つ選べ。 (ア)医療用ギプス (2) 物質A~Eのうち, 水にほとんど溶けない物質をすべて選べ。 (3) (i) ①の変化を化学反応式で書け。また,(i)鍾乳洞ができる反応を図から選び化学 反応式で書け。 (4) 物質Dを強熱し,さらにコークスとともに加熱するとカルシウムの化合物Xが生 じる。Xに水を加えると,工業的に重要な気体 Yが生じる。Yの分子式を記せ。 (5) 次の記述の中で正しいものをすべて選べ。 (ア) Na, Ca の炭酸塩を強く熱すると,どちらも分解して CO2が発生する。 (イ) Mg, Ba の硫酸塩はどちらも水に溶けにくい。 (ウ) Ca は機色,Srは紅色, Naは黄色の炎色反応を示す。 (エ) ドライアイスの入ったびんの中に燃えている Mg を入れると, 火はすぐに消える。 (イ)乾燥剤 (ウ)造影剤 (エ) 電池 (オ)漂白剤 (カ)冷却剤 [08 関西大 改)

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世界史 高校生

流れが分かりません。流れを教えてください

「帝国主義の時代-5:ビスマルク時代」 帝国の成立:国内市場の統一 ドイツ資本主義の本格的発展 2ンカー保護 工業製品と農産物への関税賦課 *優塗資本主義国: 国家による保護 1878年 と物の同盟」 *社会主義運動の本格化: 1875年会主義労働党の結成 1877年総選挙 義労働党が 12議席(50万票)獲得 1878年帝狙撃事件→極会主義者領国法の制定 社会政策……医療保険法 (83) ·災害保険法(84)·養老保険法(89) ク外交: 「フランス、 ロシアに囲まれているのが中間にあるわが帝国なのだ」 フランスによる対独復讐戦争を防ぐ=Dランスの孤立化(封じ込め) と の結合阻止+露壊対立の緩和(バルカン問題) 植民地獲得によるイギリスとの対立回避 1873年 10月帝庫 明 ドイツ·オーストジア· シャ=「再版神聖同盟」 1878年 サン会議 ロシアのバルカン半島進出の阻止 1879年 ストサアニ同盟(対露共同防衛) 1881年帝務 .……アレキサンドル世暗殺事件 (1881年) 孤立化 1882年 地球規模での要露対立→露提携の必要性 同盟 イツ·オーストジア· (対仏共同防衛) フランスによるュニジア保護国化へのイタジアの 軍命とテロの 時代 反発(1881年) 1887年保障条約 ドイツ·ロシア フランスの

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現代文 高校生

最後の方丈記で結局何か言いたいのかわかりません… 教えてください!🙇‍♂️

合計 … 山(野門 …百字要約部 本文分析 『R ー) : H 企 の二角 な日 S 生命工学の現状 電亜で 生物と文学のあいだ 文章I】は生物学者福岡伸一による生物の「動的平衡」についての文章、【文章=】はそれを読んだ作家の川上未映子と福岡伸一の対談である。 [文章I] 1日本が太平洋戦争への道を進もうとしていた頃、ナチスから逃れたひとりのユダヤ人科学者が米国に来た。ルドルフ·シェーンハイマーで ある。彼は、アイソトープ(同位体)を使ってアミノ酸に標識をつけた。そして、これをネズ"に三日間、食べさせてみたのである。アミノ 酸は体内で燃やされてエネルギーとなり、燃えかすは呼気や尿となって速やかに排池されるだろうと彼は予想した。アイソトープ標識は分子 の行方をトレースするのに好都合な目印となる。結果は予想を鮮やかに裏切っていた。食べた標識アミノ酸は瞬く間に全身に散らばり、そ の半分以上が、脳、筋肉、消化管、肝臓、膝臓、牌臓、血液などありとあらゆる臓器や組織を構成するタンパク質の一部となっていた。三日 の間、ネズミの体重は増えていない。 すいぞう」 2これは一体何を意味しているのか。ネズミの身体を構成していたタンパク質は、三日間のうちにその約半分が食事由来のアミノ酸によって がらりと置き換えられ、もとあった半分は捨て去られた、ということである。標識アミノ酸は、インクを川に落としたごとく、流れの存在 と速さを目に見えるものにした。つまり、私たちの生命を構成している分子は、プラモデルのような静的なパーツではなく、例外なく絶え間 ない分解と再構成のダイナミズムの中にあるという画期的な大発見がこのときなされたのだった。全く比除ではなく生命は行く川のごとく流 れの中にある。そして、さらに重要なことは、この分子の流れは、流れながらも全体としで秩序を維持するため相互に関係性を保っていると いうことだった。シェーンハイマーは、この生命の特異な在すょうに「動的な平衡」という素敵な名前をつけた。 3それまでのデカルト的な機械論的生命観に対して、還元論的な分子レベルの解像度を保ちながら、コペルニクス的転換をもたらしたこの シェーンハイマーの業績は、ある意味で二十世紀最大の科学的発見と呼ぶことができると私は思う。しかし、皮肉にも、当時彼のすぐ近くに いたエイブリーによる遺伝物質としての核酸の発見、ついでそれが二重らせんをとっていることが明らかにされ、分子生物学時代の幕が切っ て落とされると、シェーンハイマーの名は次第に歴史の澱に沈んでいった。それと軌を一にして、再び、生命はミクロな分子パーツからなる 精巧なプラモデルとして捉えられ、それを操作対象として扱いうるという考え方が支配的になっていく。 4ひるがえって今日、臓器を入れ換え、細胞の分化をリセットし、遺伝子を切り貼りして生命操作をするレベルまで至った科学·技術,医療 の在り方を目の当たりにし、私たちは現在、なかば立ちす 極端なまでに捨象されている。それゆえにこそ、シェーンハイマーの動的平衡論に立ち返ってこれらの諸問題をいま一度見直してみることは、" 閉塞しがちな私たちの生命観·環境観に新しい示唆を与えてくれるのではないだろうか。 こいる。ここでは、流れながらも関係性を保つ動的な平衡系としての生命観は

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