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理科 中学生

この理科の問題教えてください。答えは、54度です。 天球の円周のながさとがよくわかりません。

あとの問いに答えなさい。 図1は、よく晴れた春分の日に, 方位を記入した 図1 次の観測について。 用紙の上に固定した透明半球を用いて天球上の 太陽の動きを表したものである。 透明半球の●は、 9時, 10時, 11時, 南中した時刻, 13時、14時, 15時に,それぞれ油性ペンの先端の影を透明半球 の中心0に合わせて、 太陽の位置を記録したもの である。 透明半球にかいた曲線は, 記録した●を なめらかな曲線で結び, その曲線を透明半球のふ ちまでのばしたものである。なお、9時に記録したと10時に記録したとの間の曲線の 長さは2.5cmであった。 画用紙 西 4.4 北南 南 東 東 答え 北南 3] 図2は、図1の透明半球のふちと画用紙の南北を 結んだ線との交点のうち南側との交点を S, 南中 した時刻に記録したをTとし, SとTの位置を 示したものである。 図2の点Sと点Tとの透明半 球上での最短距離は9.0cmであった。 観測した春 分の日における太陽の南中高度は何度か。ただし、 太陽は天球上を24時間で1周するものとする。 [1] 太陽は天球上を動いているように見えるが,これは見かけの動きである。この太陽の1日 の動きを何というか。 東 南 [2] この日から3か月後、 同じ観測地点で太陽の動きを透明半球に表すと,どのようになると 考えられるか,次のア~エから最も適当なものを1つ選べ。 ア ウ 図2 S、 西 0 9.0cm/ 東 答え 南 I 西 0 東 西 0 透明半球 東 答え <三重県 > 透明半球 【UNIT【28】 北 画用紙 at 123 地学編 太陽の1日の動きに関する問題

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国語 中学生

この文章の四角Cには「かわず」という言葉が入るんですが、なぜかわずなのか教えて欲しいです🙇‍♀️

あとの問い! 砂漠は私たちの住む日本の風土の反対の極と言ってもいいであろう。稀辻哲郎はあの有名な『風土』という書物の中で、世界の風土 をモンスーン型、牧場型、砂漠型の三つに分け、砂漠型を私たちの住むモンスーン型風土の対極に置いた。そして、モンスーン型の日 本人がインド洋を抜けてアラビア半島にたどりついたときの衝撃を記している。その衝撃とは、「人間いたるところに青山あり」など と考えているモンストン型日本人が、どこをどう見回しても青山など見あたらぬ乾ききった風土に直面した驚きだと言う。 *じんかん せいざん たしかに、砂漠は、青山的な私にとって衝撃そのものだった。そこにあるのはただ砂と空だけなのだから。けれど、そうした砂の世 界に何日か身を置いてみると、 砂は私に何事かをささやきはじめた。そして、不思議なことに、今度は自分が住んでいるモン スーン型の日本の風土や、そこにくり広げられている生活が〝世界〟のように思えてくるのである。 B 砂漠には何もない。何もないということが当然のようになってくると、逆に、なぜ日本の生活にはあんなにもたくさんのものがある のか、奇妙に思えてくる。あんなに多くのものに取り巻かれなければ暮らしていけないのだろうか、と。 それらのものは、 全部余計なものではないのか。余計なものに取り巻かれて暮らしているから、余計な心配ばかりが増え、肝心の生きる意味が見失われ てしまうのではないか・・・・・・。しかし、待てよ、と私は考える。生きていくのに必要なものだけしかないということは、文化がないとい うことではないか。 生きていくうえに必要なもの、それを上回る余分のものこそが、実は文化ではないのか。文化とは、言ってみれば、 余計なものの集積なのではないか。だとすれば、砂漠を肯定することは、文化を否定することになりはしまいか・・・・・・。 それにしても――と私はさらに考え直す。私たちはあまりにも余分なものを抱えこみすぎているのではなかろうか。 余分なものこそ 文化にはちがいないが、さりとて、余分なもののすべてが文化であるわけもなかろう。 余分なものの中で、どれが意味があり、何が無 価値であるか、それをもう一度考え直す必要がありはしまいか……。 砂漠とは、こうした反省を私にもたらす世界である。砂漠は現代の文明社会に生きる人びとにとって、一種の鏡の国と言ってもいい ような気がする。 私は砂漠に身を置くたびに、ある探検家がしみじみともらした次の言葉をかみしめる。 「砂漠とは、そこへ入りこむ 先には心配で、そこから出て行くときにはなんの名残もない、そういう地域である。 砂漠には何もない。ただ、その人自身の反省だけ があるのだ」私は、砂漠に自分自身の姿を見に行くのである。 3. 砂漠は、私たち日本人が考えがちなロマンチックな場所ではけっしてない。王子さまとお姫さまが月の光を浴びながら銀色の砂の上 を行く――などというメルヘンの世界ではない。 昼と夜とで温度は激変し、一瞬のうちに砂嵐が天地をおおってしまう、そういうおよ である私は、こうした砂の世界に足を踏み入れたとたん、いつも後悔する。よりに 非情な世界である。日本という井の中の よって、なんでこんなところへ来てしまったのか! だが、その後悔は、やがて反省へ変わり、さらに希望へと移っていく。生きるこ とへの希望へ。 この意味で、砂漠こそ最もロマンチックな場所であり、メルヘンの世界だと私は思う。なぜなら、そうした"世界"へ行こうとす ることこそが、現代ではいちばんロマンチックな行為のように思われるからだ。 メルヘンの世界とは、さかさまの国のことである。だ とすれば、砂漠行こそ、まさしくメルヘンの国への旅ではないか。 もりもとてつろう (森本哲郎「砂漠への旅」<『すばらしき旅』所収〉より) *モンスーン型=季節風に支配される湿度の高い地域の風土。 (骨を埋める場所)があるのだから、広い世間に出て

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理科 中学生

答え合わせと、空いている部分教えてください🙇‍♀️

とうめい 図は, 透明半球上に太陽の動きを1時間おきに記録しているときのようすであ る。 次の問いに答えなさい。 フェルトペン (1) 太陽の位置を記録するには, フェルトペンの 先のかげをどこに合わせるか。 図中の記号で答 えよ。 (2) 北の方位は, A~Dのうちどれか。 8 (3) 太陽の高さが最も高くなったときの角度は <PODであった。 この角度を何というか。 (4) 太陽は,東から西、西から東のどちらに動いていくように見えるか。 西 (5) 地球の自転による太陽の1日の見かけの動きを, 太陽の何運動というか。 (1) 図1に記入 自転 時 太陽の1日の動きを調べるため, 白い紙に透明半 図1 球と同じ直径の円をかき, 円の中心を通る2本の直角な線 を引いて, 透明半球を円に合わせて固定した。 そして, 福 岡県のA地点で、2本の線を東西南北に合わせて透明半球 を水平なところに置き, よく晴れた夏至 秋分, 冬至, そ れぞれの日の9時から15時まで, 1時間ごとに太陽の位置の印を透明半球上につけた。 図1のa~cの線は, その印を滑らかに結び, 透明半球の縁まで延長した太陽の道筋を 示しており,PとQは, bと透明半球の縁との交点である。 次の (1)~(3) に答えなさい。 (1) 透明半球を天球であると考えると、 観測者の位置は図1のどこになるか。 その位置 を×で示せ。 図2 P (2) P ① ② 透明半球 a C [10] 9時 10時 11時 12時 13時 14時 15時 (2) bにそってPからQまで紙テープ をあて, P, Q, 太陽の1時間ごと の位置の印を印で写しとり,印の間隔をはかった。 図2は, その模式図であり、 下の内は,図2から考察した内容の一部である。 文中の ( ① ) には,適切な語句 を入れ (②)には,適切な時刻を入れよ。 (3) b. |記号 11.0cm 4.0cm 4.0cm 4.0cm 4.0cm 4.0cm/4.0cm 1時間ごとの印の間隔が等しいので, 天球上を太陽が動く速さは一定だとわかる。 これは、地球が地軸を軸として一定の速さで1日に1回転しているからである。 この運 動を地球の(①) という。 また, 太陽の道筋がbのようになった日に, A地点で太陽の 高度が最も高くなった時刻は, (②) だとわかる。 B (3) 夏至の日の太陽の道筋を, 図1のa~cから1つ選び, 記号で答えよ。 また, そう 判断した理由を1つ, 簡潔に書け。 13.0cm ? イ C 理由 夏は昼が長く 南中高度が高いから。

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古文 高校生

青の線で引いたところなんですけど、主語が右近なのになぜ敬意の方向が作者から中宮になるんですか?

11 B ず向かひさぶらふに、さうざうしうこそあわ ぬる昼つ方、犬いみじう鳴く声のすれば、「何ぞの犬のかく久しう鳴くにか あらむ。」と聞くに、よろづの犬訪び見に行く。御殿んなる者走り来て、 「あないみじ。犬を蔵人二人して打ちたまふ。 死ぬべし。 犬を流させたまひ けるが、帰り参りたるとて、調じたまふ。」と言ふ。心憂のことや。翁丸な う 1986さねふさ り。 「忠隆、実房なんど打つ。」と言へば、制しにやるほどに、からうじて鳴 きやみ、「死にければ、岬の外に引き捨てつ。」と言へば、あはれがりなどす る夕方、いみじげに憧れ、あさましげなる犬のわびしげなるが、わななき ありけば、「翁丸か。このごろかかる犬やはありく。」と言ふに、「翁丸。」と 言へど、聞きも入れず。 「それ。」とも言ひ、「あらず。」とも口々申せば、 2005 こん 「右近ぞ見知りたる。 呼べ。」とて、召せば、参りたり。「これは翁丸か。」と 見せさせたまふ。「似てははべれど、これはゆゆしげにこそはべるめれ。ま た、『翁丸か。』とだに言へば、喜びてまうで来るものを、呼べど寄り来ず。 Ji

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