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地理 高校生

赤字で書いた所はどこから出てきたのでしょうか?特に北京の緯度にほぼ相当する北緯「40」度というのはどうやって求めたのでしょうか?それと、経緯度の差といのもなぜ20度と分かるのですか?

4 第1部 地理情報と地図、 図表の読解テクニック 実践 第1問 関 図1中の東京からみたペキンの方位とおよその 離との正しい組合せを,次の0~0のうちから 一つ選べ。 [2010 年地理 A本試) 0 2 3 方 位 距離(km) 北北西 西北西 西北西 5,000 北北西 2,000 5,000 2,000 東京 図1 ベキンラ1ピE 緯線·経線は15度間隔。 東京を中心とした正距方位図法による。 国境線は,設問にかかわる部分のみを記入した。 ■着眼点■ 次の文章の【 1に0~0の記号を,) )に下の語群から適当な語句を選び記入しなさい。 正距方位図法では,図1の(中iy)(ここでは東京)からの距離維と方位が正しく表示される。東京から みたペキンの方位は西よりもやや北になるので グ 102) 1のどちらかが正解になる。 正距方位図法で地球全体の地図を描いた場合,その形は円になる。中心から最も遠いところは,地球の 反対側の点=(°対藤系)に相当する。中心から円 )までの長さ= 半径は,地球の半周 ((20000) km に相当する。 教科書や地図帳で東京中心の正距方位図法をみると、東京ロンドン間の長さはほぼ半径の(°る に相当する。したがって両地点の距離は約(10000)) km である。東京ペキン間の距離は、東京 ロンドン間の距離の約(/5 にあたる。 距離を求める別の方法もある。緯度0°の緯線の地球一周の長さは("40O00 cos 0であるから, ペキンの緯度にほぼ相当する北緯(40)度の緯線の長さは約30,600kph である。東京とペキンの経 度の差は約(90 )度だから, 30600 × (" 200) /360 に近い値が両地点の距離になる。 A79ン(時差のにみ) ち 語群 円周 対瞭点(中心 20 40 10000/20000 40000 1/2 A/5] ☆ここがポイント☆ 正距方位図法=図の中心からの距離と方位が正しく表され, 半径が 20000km に相当する P 緯度0°の緯線の長さ3D 40000 × cos θ (km) a中心 6対聴点 ©円周 20000 1/2 10000 ③ 1/5 40000 ①40 ① 20 解答

解決済み 回答数: 1
日本史 高校生

カッコの穴埋めを教えてください!

金属器 a.鉄器 武器·工具·農具など実用具として使用された すず D.青銅器 銀と錫の合金で、主に祭器として使用された(日常は土中に埋納,祭りの時に掘り出す) 九州北部が中心 瀬戸内海中部が中心 近畿地方が中心 共通の祭器を用いる地域圏{? (3) 小国の分立 ① 争いの時代へ 農耕社会の成立 → 余剰生産物をめぐる争い → 集落の統合 →「クニ」(小国)の分立 争いの時代をあらわすもの a.軍事的集落 1集落 周囲に深い濠や土塁をめぐらせた防御的集落 いたプけ 福岡県板付遺跡、佐賀県(S 遺跡,奈良県(6 遺跡 しうでやま 戦争に備えた逃げ城的集落 瀬戸内海沿岸中心,香川県紫雲出山遺跡 b.支配者の墓 大量の副葬品をともなう獲棺墓,大きな墳丘をもつ墓(墳丘墓など)の存在 集落 3) 中国史書にみる小国の分立 前1世紀|倭は[° 頃の日本||朝鮮半島の[10 Jに分立 Jと定期的に通交 57年 倭の[12 ]が朝貢 )から印綬を授かる )の金印が志賀島で発見) 後1~2 →(13 ([14 107年 倭国王が後漢の安帝に[15 2世紀後半 倭国大乱 世紀頃の 日本 J160人を献上 (4) 邪馬台国連合 0 中国の動向後漢 → 三国時代(鍵· 真:) 2) 邪馬台国 30余国の小国連合, [ 社会 統治組織·租税 刑罰·市の制度が整う )を通じて魂に朝貢 身分社会(王一(18 J-下戸一生口) ひみこ 政治 女王卑弥呼が宗教的権威を背景に支配 祭政一致「[19 外交 239年 魂に朝貢→[20 248年頃 [21 →男王が立つも国内おさまらず 卑弥呼の宗女の(22 )を事とし能く衆を惑はす」 )の称号を得る Jとの抗争中に卑弥呼が死去 『三国志』の 3世紀頃 [16 の日本 )が女王に 266年 (22 )が晋に遣使 (以後約150年間中国史書から日本に関する記述が無くなる) )説(比較的小範囲の政治連合)…ヤマト政権は4世紀前半に別固に成立 ③ 所在地 [23 [24 説(近畿~九州にかけての政治連合)…のちのヤマト政権につながる

未解決 回答数: 1
地理 高校生

☆ここがポイント☆の赤字で書かれていることの意味が全く分かりません。また、i~Jまでなにを言っているのでしょうか? 教えて頂けると嬉しいです。

図表の読解テクニック 第1問 問1 図1中の東京からみたペキンの方位とおよその 距離との正しい組合せを,次の0~のうちから 一つ選べ。 [2010年地理A本試) 0 2 3 方 位 北北西 北北西 西北西 西北西 距離(km) 2,000 5,000 2,000 5,000 東京 来 36°N (40°E 緯線·経線は15度間隔。 東京を中心とした正距方位図法による。 国境線は、設問にかかわる部分のみを記入した。 図1 ペキン 39N 116°E ■着眼点■ 次の文章の【 に0~の記号を,( )に下の語群から適当な語句を選び記入しなさい。 正距方位図法では,図1の(Pl)(ここでは東京)からの距離と方位が正しく表示される。東京から みたペキンの方位は西よりもやや北になるので, 【() 1(2) 1のどちらかが正解になる。 正距方位図法で地球全体の地図を描いた場合,その形は円になる。中心から最も遠いところは,地球の 反対側の点=(°対麻点)に相当する。中心から(°円))までの長さ= 半径は,地球の半周。 ( 20000) km に相当する。 教科書や地図帳で東京中心の正距方位図法をみると,東京·ロンドン間の長さはほぼ半径の(°。 に相当する。したがって両地点の距離は約(°10000 ロンドン間の距離の約(/5 )にあたる。 距離を求める別の方法もある。緯度0°の緯線の地球一周の長さは("40000 )x cos0であるから、 ペキンの緯度にほぼ相当する北緯(°40 )度の緯線の長さは約 30,600km である。(東京とペキンの経 度の差は約(40 )度だから,30600 × (" Aつ9(時差のにH) km である。東京ペキン間の距離は,東京 /360 に近い値が両地点の距離になる。 語群 (円 対瞭点(中心ン 20 40 10000/20006 40000 1/2 ☆ここがポイント☆ 正距方位図法=図の中心からの距離と方位が正しく表され, 半径が20000km に相当する P 緯度0°の緯線の長さ=D 40000 × cos 0 (km) @ 1/2 10000 E 1/5 40000 ① 40 020 ③中心 6対臨点 ©円周 20000 ア(3

未解決 回答数: 1
現代文 高校生

⑶.⑷.⑺.⑻を教えてください

昨日、久しぶりに“梅雨の晴れ間に、大文字山を登った。先月の激しい雷雨で土砂が“クズれ、 足もとが悪いところもあって、散歩にしては 。ゲワしい道程である。そのぶん、登り切ったときの爽 快感も格別だ。山頂からの眺めを楽しみに登る人も多い。僕は大体、考えごとをしながら登るので、 山頂に着くとそのまま景色を °一督して引き返してしまうのだが、昨日は珍しく、しばらくぼうっと していた。 すると、遠く彼方に連なる山の緑の中に、キラッと光るものが見える。正体はいまひとつ。判然 としないが、山の中の何かが太陽の光を反射しているのだろうと思う。それが、キラッキラッと、繰 り返し光る。僕は遠くのその光が、遠くに見えるということが何とも不思議に思えて、ただ。ギョウ ふした。 太陽の光が何かに当たって跳ね返り、その光の粒子が空中を伝わって。フクザツな物理化学的過 程を引き起こし、結果として、脳内にある活動のパターンが生成していく。この脳の活動によって、 僕の「見える」という経験が生み出される。~大雑把に言えば、これが 科学的な説明になるだろうか。 しかし、だとしたら、なぜ山の風景は「目の前」にではなくて、遠くに、ずっと向こうに、「あ そこに」はっきり見えるのか。僕が見ているのが山の中の光そのものではなくて、そこから空中を伝 わり、目の中にまでやってきた光の粒子なのだとしたら、なぜ僕にいま「見える」のは、その到来し てきた日の前の粒子ではなくて、身体のずっと向こうの、遠くの、山の中の、まさに「あそこの」光 なのだろうか。考えれば考えるほど不思議になって、僕はただじっと、その光を見つめ続けた。 いま僕の手前の床の間に、花瓶に生けられたスターチスがある。花は、その花が生けられたまさ に「そこ」にあるように見える。僕は花から到来した光の粒子を見ているというより、その花を、 直に見ているように感じる。手の届かない、日で直接触れているわけではないその花が、その場所 森田真生「白紙」ワークシート*読んで考えたことを、話してみよう* ト (1)-7見える」ということの にありありと、はっきりと見える。 光の粒子と網膜の物理的接触というよりも、もっとはるかに親密な関係を、僕は花と結んでいる ように思える。花が「見える」ということは、どこか深いところで花と直に触れ合っていることだと いうふうに思える。花だけでなく、花瓶と、あるいは山と空と、つまりは環境のすべてと、いつの間 にか僕は心を通わせ合っていて、その「通い合う心」が「見える」「聞こえる」「わかる」ということ を、背景で支えているような気がしてくる。 「見える」ということは実際、今の人類にはとてもまだ言葉にできないような、不思議で奇跡的 な事態なのではないか。あまりに不思議で、あまりに大きな謎なので、(かんら)「当たり前」と いうことにされてしまう。 不思議なことを当たり前のこととして、(すなわて) は前に進めないところがある。 (下とんに)「見える」「聞ごえる」機械は作れないとしても、「見える」ことを前提として、そ の能力を拡張する眼鏡や望遠鏡や顕微鏡を作ることならできる。自力で「わかる」機械はなかなか作 れそうにないが、人の「わかる」力を前提として、それを延長することならコンピュータにできる。 そうして人は、最大の謎を、最奥の深秘をひとまず括弧にくくることにして、不思議の先に、広 大な知と実用の世界を構築してきた。いまや 前提の、すべてを支える原初の不思議の、不思議であることすら自覚されない。 「前提」とすることによってしか、人 い その構築された世界はあまりに壮麗で、足もとの

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