鎌倉幕府をたおした後醍醐天皇は、天皇中
けんむ
南北二つの朝廷
「心の新しい政治を始め(建武の新政),武士
の政治を否定し, 貴族を重視する政策を採りました。このため、
2 あしかがたかうじ 6
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武士の不満が高まり,足利尊氏が武士の政治の復活を呼びかけ
兵を挙げると,後醍醐天皇の政権は2年ほどでたおれました。
尊氏は京都に新たに天皇を立てましたが,後醍醐天皇も吉
(奈良県) にのがれて正統な天皇であると主張したので、二つの
ちょうてい
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朝廷が生まれ,それぞれが全国の武士に呼びかけて戦いました。
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京都の朝廷を北朝, 吉野の朝廷を南朝と呼び、二つの朝廷の争
いが続いた約60年を南北朝時代といいます。
せい い たいしょうぐん
尊氏は, 1338年に北朝から征夷大将軍に任命されて, 京都に
むろまち
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OP.47
室町幕府を開きました。 京都に足利氏の将軍を中心とする幕府
むろまち
が置かれた時代を, 室町時代といいます。