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数学 高校生

(2)の (ab+1)+c>(a+b)+c が abc+2>a+b+c になったことの過程を教えてください

重要 例題 35 不等式の証明の拡張 一 Ca|<1,|6|<1, |c|<1 のとき,次の不等式が成り立つことを証明せよ。 (1) ab+1>a+b (2) abc+2> a+b+c C CHART @ OLUTION 似た問題 MOITUIO ① 結果を使う ② 方法をまねる (1) 大小比較は差を作る方針。 (2) (1) の2文字 (a,b)から3文字 (a,b,c) に拡張された問題。 1 の方針で、 (1) の結果を2回使って証明する。 |a|<1, |6|<1 から |ab|< 1 であることに注目。 解答 (1) (ab+1)-(a+b)=(6−1)a-(6-1)=(a-1)(b-1) |a|<1,|6|<1 であるから a-1<0, b-1<0 (a-1)(6-1)>0 すなわち (ab+1)-(a+b) > 0 よって したがって ab+1>a+6 lab/<1-1- (2) |a|<1,|6| <1 であるから |ab|<1, |c|<1 であるから, (1) を利用して (ab)c+1>ab+c 0=(xx+x(s よって abc+2>ab+c+1 +c) (1) から (ab+1)+c>(a+b)+c TOTED?< ゆえに abc+2>a+b+c 別解 (abc+2)-(a+b+c)=(bc-1)a+2-b-c |b|<1,|c|<1 であるから |bc|<1 よって bc-1<0 |a|<1 であるから a <1 ゆえに ( bc-1)a> (bc-1)・1 よって ( bc-1)a+2-b-c>bc-1+2-b-c =(6-1)(c-1) |6|<1, |c|<1 であるから 6-1<0, c-1<0 ゆえに (b-1)(c-1)>0 したがって abc+2>a+b+c LOWEE B612 大小比較差を付 XOMP-1<a<1, -k ① 結果を使う ( 1 ) の不等式で a を bをcにおき換え ab+1>a+bの cを加える。 ◆大小比較差を作 <>-1<bc<1 361006 α<1 の両辺に、 bc-1 を掛ける。 199 is Jeless

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現代文 高校生

⑶.⑷.⑺.⑻を教えてください

昨日、久しぶりに“梅雨の晴れ間に、大文字山を登った。先月の激しい雷雨で土砂が“クズれ、 足もとが悪いところもあって、散歩にしては 。ゲワしい道程である。そのぶん、登り切ったときの爽 快感も格別だ。山頂からの眺めを楽しみに登る人も多い。僕は大体、考えごとをしながら登るので、 山頂に着くとそのまま景色を °一督して引き返してしまうのだが、昨日は珍しく、しばらくぼうっと していた。 すると、遠く彼方に連なる山の緑の中に、キラッと光るものが見える。正体はいまひとつ。判然 としないが、山の中の何かが太陽の光を反射しているのだろうと思う。それが、キラッキラッと、繰 り返し光る。僕は遠くのその光が、遠くに見えるということが何とも不思議に思えて、ただ。ギョウ ふした。 太陽の光が何かに当たって跳ね返り、その光の粒子が空中を伝わって。フクザツな物理化学的過 程を引き起こし、結果として、脳内にある活動のパターンが生成していく。この脳の活動によって、 僕の「見える」という経験が生み出される。~大雑把に言えば、これが 科学的な説明になるだろうか。 しかし、だとしたら、なぜ山の風景は「目の前」にではなくて、遠くに、ずっと向こうに、「あ そこに」はっきり見えるのか。僕が見ているのが山の中の光そのものではなくて、そこから空中を伝 わり、目の中にまでやってきた光の粒子なのだとしたら、なぜ僕にいま「見える」のは、その到来し てきた日の前の粒子ではなくて、身体のずっと向こうの、遠くの、山の中の、まさに「あそこの」光 なのだろうか。考えれば考えるほど不思議になって、僕はただじっと、その光を見つめ続けた。 いま僕の手前の床の間に、花瓶に生けられたスターチスがある。花は、その花が生けられたまさ に「そこ」にあるように見える。僕は花から到来した光の粒子を見ているというより、その花を、 直に見ているように感じる。手の届かない、日で直接触れているわけではないその花が、その場所 森田真生「白紙」ワークシート*読んで考えたことを、話してみよう* ト (1)-7見える」ということの にありありと、はっきりと見える。 光の粒子と網膜の物理的接触というよりも、もっとはるかに親密な関係を、僕は花と結んでいる ように思える。花が「見える」ということは、どこか深いところで花と直に触れ合っていることだと いうふうに思える。花だけでなく、花瓶と、あるいは山と空と、つまりは環境のすべてと、いつの間 にか僕は心を通わせ合っていて、その「通い合う心」が「見える」「聞こえる」「わかる」ということ を、背景で支えているような気がしてくる。 「見える」ということは実際、今の人類にはとてもまだ言葉にできないような、不思議で奇跡的 な事態なのではないか。あまりに不思議で、あまりに大きな謎なので、(かんら)「当たり前」と いうことにされてしまう。 不思議なことを当たり前のこととして、(すなわて) は前に進めないところがある。 (下とんに)「見える」「聞ごえる」機械は作れないとしても、「見える」ことを前提として、そ の能力を拡張する眼鏡や望遠鏡や顕微鏡を作ることならできる。自力で「わかる」機械はなかなか作 れそうにないが、人の「わかる」力を前提として、それを延長することならコンピュータにできる。 そうして人は、最大の謎を、最奥の深秘をひとまず括弧にくくることにして、不思議の先に、広 大な知と実用の世界を構築してきた。いまや 前提の、すべてを支える原初の不思議の、不思議であることすら自覚されない。 「前提」とすることによってしか、人 い その構築された世界はあまりに壮麗で、足もとの

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世界史 高校生

答えは5になるのですがなぜ5になるのかわかる方教えてください。

(No.9) 第一次世界大戦前の各国の勢力抗争に関する次の文中の空欄ア~ウに当てはまる国名として、正しい ものはどれか。 00世紀初め、イギリス·フランスはすでにアジア·アフリカを植民地や勢力範囲として分割し、その支配権を確 米の一果お国 ャしていた。これに対して、急速に工業化を進めたドイツは、まずトルコへ勢力を伸ばそうとする( アO政策を実 出し、黒海:地中海への( イ)政策を進めていたロシアと対立した。バルカン半島では、ドイツおよびオーストリ とィとロシアが対立することとなり、ヨーロッパの火薬庫と呼ばれた。すでに地中海· スエズ運河インド洋に大き た勢力をもち(ウ )政策を展開していた、イギリスは、ドイツなどの動きに対抗するために、アフリカの植民地政 策で対立関係にあったフランスと衝突した( エ)事件の後にフランスの譲歩により、1904 年英仏協商を結び、 1907年にはロシアとも英露協商を結んだ。こうして各国は戦争に備え、軍備の拡張に全力を挙げ、対立はさらに深 まった。 ア イ ウ エト 1. 3B 3C 南下 ファショダ 2, 3B 南下 3C サラエボ 3. 3C 南下 3B ファショダ ーボボ トル 4. 3B 3C 南下 サラエボ 53B 南下 3C ファショダ

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