学年

質問の種類

物理 大学生・専門学校生・社会人

物理の問題です。 解説してもらいたいのですが、なぜ積分をするのですか?高校物理取ってなくて分からないところだらけなのです。解説お願いします。

[1] 図のように、斜面方向下向きにX軸 (単位:m) をとり,傾斜角0 (単位: rad) の斜面上の最下点からの距離 (単位:m) 最下点を通る基準水平面か らの高さん (単位:m) に原点Oをとる。 半径R (単位:m), 質量M (単位: kg) の剛体球が,時刻 t0Bに点Oから初速0m/sで降下する。 重力加速度 の大きさを(単位:m/') とし, この運動において、力学的エネルギー保存則 が成り立つものとする。 このとき, (1)~(6)に答えよ。 X 剛体球 h まず,剛体球と斜面との間の摩擦が無視できる場合について考える。 (1) 剛体球と斜面との間の摩擦が無視できて、剛体球が回転することなく滑って斜面上を降下するとき、この剛体球の並進運動 の運動方程式を書け。 (4) 斜面上を滑ることなく転がる剛体球の角速度の大きさ : w= であることを説明せよ。 次に, 球と斜面との間の摩擦が無視できない場合について考える。 剛体球と斜面との間の摩擦が無視できないとき,剛体球は 滑ることなく転がって斜面上を降下した。 1=MR² -MR2 であることを示せ。 (2) 半径R (単位:m) 質量M (単位:kg) の剛体球の慣性モーメントⅠ (単位:kg'm') が, I = ただし, 半径r (単位:m), 質量m (単位:kg) の薄い球殻の慣性モーメントが -mr² (単位:kg・m) であること, 半径r (単位:m) の球の表面積が 4πr2 (単位:m') であり、体積が -TTT" (単位:m) であることを、 それぞれ用いてよい。 3 4 3 (3) 剛体球が点Oで静止している状態からの剛体球の質量中心Cの周りの回転角をゆ (単位 : rad) とする。 剛体球と斜面との間 の摩擦力の大きさを F (単位:N) として,この剛体球の運動方程式を並進運動と回転運動に分けてそれぞれ書け。 de のとき、この剛体球の斜面方向の速さ : v=Rw (単位:m/s) dt (5) (3)の並進運動の運動方程式と回転運動の運動方程式を連立して, この剛体球の斜面方向の並進運動の加速度の大きさが gsin0 (単位:m/s) で与えられることを示せ。 5 (6) この剛体球が斜面上を滑ることなく転がるとき, 最下点におけるこの剛体球の斜面方向の並進運動の速さ V(単位:m/s) が V = -gh (単位:m/s) で与えられることを示せ。 10 7

回答募集中 回答数: 0
国語 中学生

お話の最後の◻️には何が入りますか?教えてください。

鉄筋コンクリート三階建ての校舎は、そのころモダンで明るく健康的といわれていたが、像にとってはそれは、いつも暗く、重一 苦しく、陰気な感じのする建物であった 僕の行っていた中学校は九段の第国神社の隣にある。 僕は、全くとりえのない生徒であった。成績は悪いが絵や作文にはずば抜けたところがあるとか、模型飛行機や電気機関車の作 り方に長じているとか、ラッパかハーモニカがうまく吹けるとか、そんな特技らしいものは何一つなく、なかでも運動ときたら学 業以上の苦手だった。野球、テニス、水泳、鉄棒、などもだが、マラソンのように不器用でも誠実に頑張りさえすればなんとかな る競技でも、中途で休んで落伍してしまう。体操の時間にバスケットボールの試合でもあると、僕は最初からチームの外の四人の 邪魔にならぬよう、飛んでくる球をよけながら、両手をむやみに振り回して、「ドンマイ、ドンマイ。」などと、訳も分からず叫ん で、どかどかコートの周りを駆け回っていた。おまけに僕は、全く人好きのしないやつであった。地下室の食堂で、全校生徒が黒 い長いテーブルについて食事するとき、僕は独りでだれよりも先に、お汁の実のいちばんいいところをさらってしまう、そんなと きだけはだれよりもすばしこくなる性質だった。そのくせ食べ方は遅くてきたなく、ソースのついたキャベツの切れ端や飯粒など を担任の先生に調べられるのだが、他の連中は、たばこの粉や、喫茶店のマッチや、けんかの武器になる竹刀のつばを削った道具」 や、そんなもののか見つかりはしないかと心配するのに、僕ときたら同じびくびくするのでも、全く種が違うのだ。僕のポケット からは、折れた鉛筆や零点の数学の答案に交じって、チョークのでよごれた古靴下、パンの食いかけ、鼻くそだらけのハンカチ、 そういった種類の思いがけないものばかりが、ひょいひょいととび出して、担任の清川先生や僕自身を驚かせるのだ そんなとき、清川先生はもう怒りもせず、分厚い眼鏡の奥から冷たい目つきでじっと僕の顔を見る。すると僕は、悔しい気持ち にも、 悲しい気持ちにも、なることができず、ただ心の中をからっぽにしたくなって、目をそらせながら、(まあいいや、どうだっ て。)と、つぶやいてみるのである。 教室でも僕は、他の予習をしてこなかった生徒のようにそわそわと不安がりはしなかった。どうせ僕に当てたってできっこない と思っているので、先生は、めったに僕に指名したりはしない。しかし、たまに当てられると僕は必ず立たされた。教室にいては 邪魔だというわけか、しばしば廊下に出されて立たされることもあった。けれども僕は、教室の中にいるよりは、かえってだれも いない廊下に一人で出ているほうが好きだった。たまたまドアの内側で、先生がおもしろい冗談でも言っているのか、級友たちの一 「わっ」という笑い声の上がったりするのが気になることはあったけれど……。そんなとき、僕は窓の外に目をやって、やっぱり、 (まあいいや、どうだって。)と、つぶやいていた。 校庭は、一周四百メートルのトラックでいっぱいになって。樹木は一本も生えていなかったが、「小路」を一つ隔てた靖国神社の一 木立が見えた。朝、遅刻しそうになりながら人通りのないその「小路」を、急ぎ足に横切ろうとすると不意に、冷たい、甘いにお いがして、足下に黄色い粒々のくりの花が散っていた。 春と秋、靖国神社のお祭りがくると、辺りの様子は一変する。どこからともなく丸太の材木が運び込まれて、あちらこちら積み 上げてあるが、それが一日のうちに組み上げられて境内全体が大小さまざまの天幕の布に覆われてしまう。それは僕らにとって「休 み」のやってくる前ぶれだ。やがて、オートパイの曲乗りゃ、楽隊の音や、少女の合唱や、客を呼ぶ声が、参詣人の雑踏に交じっ て毎日、絶え間なく響き、それらの物音が、土ぼこりにまじった食べ物のにおいの漂う風に送られてくると、校庭で叫ぶ教官の号 令の声さえ闘き取れなくなってしまうのだ。そして、教室の校庭に面するすべての窓からは、そうしたテントの街の裏側をすっか り見渡すことができたのである。 いつか僕は、目立って大きいサーカス団のテントの陰に、一匹の赤茶色い馬がつながれているのを目に止めた。それは肋骨が透一 けて見えるほどやせた馬だった。年取っていれらしく、毛並みにもつやがなかった。けれどもその馬の一層大きな特徴は、背骨の一 ちょうどくらの当たる部分がたいそう湾曲してへこんでいることだった。一体、どうしてそんなに背骨がヘこんでしまうことにな ったのか、僕には見当もつかなかったが、それはみるからに、痛々しかった。 自分一人、廊下に立たされている僕に、その馬について、いろいろに考えることが好きになった。彼はたぶん、僕のように怠けて 何もできないものだから、曲馬団の親方にひどく殴られたのだろうか。殴った後で親方はきっと、死にそうになった自分の馬を見一 てびっくりしたに違いない。それで、ああやっと殺しもできないで毎年連れてきては、御客の目につかない裏の方へないでおくの一 0う。……そんなことを考えていると僕は黙ってときどき自分のつながれたくりの木のこずえの葉を、首を上げて食いちぎった」 りしているその馬が、やっぱり、(まあいいや、どうだって。)と、つぶやいているような気がした。 僕はまた、あの不良少年というものでさえなかった。朝礼の後などに、ときどき服装検査というものが行われ、ポケットの中身 が僕の立った跡にはいちばん多く残っていた。

未解決 回答数: 1