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古文 高校生

11行目の戸口に御前を召してなんですが、前駆の者とはどういう意味ですか?また御前とは貴人に対して使うものでは無いのですか? すみません、見にくいかもしれませんが教えていただきたいです🙇‍♀️🙇‍

117 29 大鏡 (物語) ポイント 副詞の呼応〈打消〉(不可能) (語り手→栗田殿) 格 係 剛 ダ下二 未尊敬・用 補八四・未接助 尊(語り手→栗田殿前者 名格名 格 名格助サ四用接助 四 名 格助 ダ下二・未 病気の進行 20 名 殿上よりはえ出でさせたまはで、御湯殿の馬道の戸口に御前を召して、 懸かりて、北の陣より出で 北の陣からお出になったの 殿上の間からは退出なさることができないで、 御湯殿の 馬道の戸口に前の者をお呼びになって、前の者に寄りかかって、 謙(語り手→粟田殿) (頭) 謙(語り手→尊(語り手→ 粟田殿殿の人々) 気分が少しいつもと違う (語り手→栗田殿)▽ 尊敬・用檜ハ四体接助 名 格名 上一用補う四・終 名格助係助 名 格助 接助夕四用補ラ四用補八四・体 させたまふに、『こはいかに。」と人々 見奉る。 殿には、 つねよりもとり経営して待ち奉りたまふ で、 これはどうしたことか。」と人々は見申し上げる。(栗田殿の)お邸では、 いつもより ごちそうを用意してお待ち申し上げなさるが、 たいそう苦しくなる (語り 田殿が 援助 名四 接助 名係助 ク用 ラ四用 名 下二用接助 シク用ウ リ ラ上二・未尊敬・用 こ、 降りさせ だらしなくなり、(襟もとの)御ひもを解き払って、 人に懸かりて、御冠もしどけなくなり、御紐おしのけて、いといみじう苦しげにて 御冠も (栗田殿が)人に 寄りかかって、 手→栗田殿) 謙(語り手尊(語り手→家族) 上一→栗田殿)八四 (己) 体 四用 人に寄りかかって車から降りる状態 八四存続・ (己) 体格助 尊(語り手→栗田殿) ダ下二用補八四・用ウ完了・体名 格助 たいそうひどく苦しそうな様子で (お車から) お降りになって 家の者たちは ↓ 名 ・終 剛 15 たまるを見奉りたまへる御心地、出でたまうつる折に譬へなし。 されど、ただ、 『さりとも。」 横になったまま対面する状態 J いるのを 見申し上げなさる(ご家族のお気持ちは、(邸を)お出になった時と比べものにならない。 逆接 しかし、家の者たちは)ただ、「いくらなんでも (まさかとんでもないことにはなるまい)。」 接 名 格助 四係助 四 名 四 助 名 格 八四命(巳)存続・終 時間とともに悪化していく様子が描かれている。 ふたがりながら、心地良顔を作りあへり。 シク用 とささめきにこそささめけ、胸は と、ひたすらひそひそ話ばかりをするけれど、胸は(不安でいっぱいになりながら、 呼応 係 ヤ下二・未打消・終 おびただしくも聞こえず 楽しそうな顔を互いに装い合っていた。 だから、 されば、世にはいと 世間ではそれほど (容態について) 大げさにも伝わらなかった。 謙(語り手→栗田殿) 名格 格助 名 尊(語り手→右大臣) 格助四用補四・命(巳)存続用過去・体名 粟田殿は 謙 (語り手 →右大臣) 名名格助サ四用接助 ↓ラ ラ四用 お祝いに 今の小野宮の右大臣殿の御悦びに参りたまへりける折、 今の 小野宮の右大臣殿(実資)が 参上なさっていた折、 する (粟田殿は) 母屋の 母屋の御簾を下ろして、 呼び入れ 奉り 御簾を 下ろして、右大臣を呼び入れ申し上げな 尊(語り手→栗田殿) 噂(語り手→栗田殿) 神八四命(巳)完了・終 サ四・助 田殿は 名変用接助 栗田殿→右大臣) たまへり。伏しながら御対面ありて、 シク用ウ 補助 名格助 副詞の呼応〈打消〉(不可能) 謙(粟田殿→右大臣) ダ下二・未 打消・巳 さった。 横になったまま ご対面になって、 (粟田殿は)「病気が、 謙(粟田殿→右大臣) 丁(栗田殿→右大臣) +2 サ四・補ラ変体定終 ★ 接助 ク・体 「乱れ心地、いとあやしうはべりて、外にはえまかり出でね たいそう尋常ではない様子でして、(簾の)外には参上できませんので、 大臣に (栗田殿→右大臣) 丁(粟田殿→右大臣) 名格力下二用接助係助 名名格名 サ四・体名 助ラ変用 20ば、かくて このまま(の格好)で申し上げるのです。 →(流れ) 長年、 ちょっとしたことに 申しべるなり。 年ごろ、はかなきことにつけても、心の内に喜び申すことなむはべり つけても、 副詞の呼応〈打消)(不可能) 栗田殿→右大臣)丁(粟田殿→右大臣) 心の中で(あなたに) お礼を申し上げることがございま 完了 連体 名体 名 格 四 つづれど、させることなきほどは、ことごとにも →(流れ) (栗田殿→右大臣) 未 接 上二・用補う四・用完了・体接助 え申し したけれど、 たいしたことのない(身分である)間は、 一つ一つのことにも(お礼を申し上げることができませんで はべらでなむ過ぎまかりつるを、今は 名 聞き手敬意の謙譲語。 過ぎて参りましたが、 今は 謙(栗田殿→右大臣)丁(粟田殿→右大臣) 四用 援助 補う変巳 接 カ下二 謙(栗田殿→右大臣) 名格 (省略)はべる) 接 サ変用サ四・終意志・体断定用係助 かくまかりなりてはべれば、公私につけて、報じ申すべきになむ。 名名格関係助 謙(栗田殿→右大臣) サ下二 未 このように(関白になっておりますから、 私に つけて、 い申し上げるつもりです。 また、 また、大小のことをも申し合はせ 聞き手の謙譲語。 大小のことも 何かとご相談申し上げ (粟田殿→右大臣) 意志・終格助八四用ウ 補八下二・ 助 名格 呼応〈打消〉(不可能)↓ 四・酒・ シク・体 むと思う たまふれば、 無礼をもはばからず、かく 名格助 謙(粟田殿→右大臣) 名サ四用完了体断定終 ようと 思いますので、 無礼をも はばかることができず、 このように乱れている所に らうがはしき方に案内申しつるなり。』 ご案内申し上げたのです。 尊(語り手→栗田殿) 四 名 動力四・未打酒・ ナリ など、こまやかにのたまへど、 ことばも続かず。」 などと、 ねんごろに おっしゃるけれど、 苦しさで)ことぼも続かない

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現代文 高校生

急ぎです!! 村上春樹さんの「夜中の汽笛について、あるいは物語の効用について」で、最後に少女が自分の物語を語り始めるという文があって授業で400字その続きを考えるらしくて。案だけでもいいので考えてくれませんか...! ⚠️冒頭部分が乗らなかったので載せます 夜中の汽笛... 続きを読む

「あるとき、 夜中にふと目が覚める。」 と彼は話 し始める。 「正確な時刻はわからない。 たぶん 二時か三時か、 そんなものだと思う。 でも何 時かというのはそれほど重要なことじゃない。 とにかくそれは真夜中で、僕はまったくのひと りぼっちで、まわりには誰もいない。 いいか い、 想像してみてほしい。 あたりは真っ暗で、 何も見えない。物音ひとつ聞こえない。時計 の針が時刻を刻む音だって聞こえない一時計は とまってしまったのかもしれないな。 そして僕 は突然、 自分が知っている誰からも、自分が 知っているどこの場所からも、信じられないく らい遠く隔てられ、 引き離されているんだと感 じる。 自分が、この広い世界の中で誰からも愛 されず、誰からも声をかけられず、 誰にも思い 出してもらえない存在になってしまっているこ とがわかる。 たとえ僕がそのまま消えてしまっ たとしても誰も気づかないだろう。 それはまる で厚い鉄の箱に詰められて、 深い海の底に沈め られたような気持ちなんだよ。 気圧のせいで心 臓が痛くて、そのままふたつにびりびりと張り 裂けてしまいそうな―そういう気持ちってわか るかな?」

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歴史 中学生

④〜教えてもらえると嬉しいです

仏教の力によって国家を守ろうと, 国ごとに国分寺と国分尼寺をつくらせたの こくぶんじ こくぶんにじ ④ 5 はだれか。 とうだいじ しょうそういん えいきょう ⑤東大寺や正倉院に代表される, 唐と仏教の影響が強い文化を何というか。 へいあんきょう ⑥794年, 政治を立て直そうと都を平安京に移した天皇はだれか へいあん むすめ ①平安時代に、娘を天皇のきさきにし, その子を次の天皇に立てることで政治の ふじわら 実権をにぎった藤原氏の政治を何というか。 ひえいざんえんりゃくじ てんだいしゅう ⑧比叡山延暦寺を建て, 天台宗を広めた僧はだれか。 次の年表中のア~ウは,AからBの間に起こったできごとである。 ⑨ア~ウを年代順に正しく並べたものを ⑥6 ⑦ 次の(1)~(4)から一つ選んで,記号で答 えなさい。 794 A 都を京都 (平安京) に移す (1) ア イ ウ (2) イ→ウ→ア ア 平清盛が太政大臣になる イ 藤原道長が摂政になる ウ 遣唐使が停止される (9) 1185 B 平氏がほろびる (3) ウ→イ→ア (4) アウ→イ 10 鎌倉時代 11 次の問いに当てはまる語句を答えなさい。 みなもとのよりとも ちょうてい しょうえん ⑩ 源頼朝が朝廷にせまって, 荘園や公領ごとに置くことを認めさせた役職は何 か。 ほうじょう どくせん ① 北条氏が独占した, 将軍にかわり政治を行う役職を何というか。 ごとば ⑩ 1221年, 後鳥羽上皇が幕府をたおそうと起こした戦いを何というか。 かん し きょうと 112ののち、幕府が朝廷を監視するために京都に置いた役所を何というか。 やすとき ごけにん ⑩ 1232年に, 北条泰時が定めた,御家人に対する法律は何か。 かまくら 15鎌倉時代に始まった, 米の裏作に麦をつくる農法を何というか。 ⑩ 幕府が御家人の生活を救うために出した借金を帳消しにする命令を何という か。 げんぺい びわ ⑦ 源平の戦いがえがかれ, 琵琶法師によって語り伝えられた軍記物を何という か。 げん 18 チンギス・ハンの孫で、国号を元と定め、 二度にわたり日本に軍を送ってきた 人物はだれか。 しゅうらい 19元軍の二度にわたる日本への襲来をまとめて何というか。 (13) (14

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日本史 高校生

教えてください🙇‍♀️

中華人民共和国 令和 昭和時代 平成時代 中華民国 明治時代 江戸時代 安土桃山時代 (4)時代 明 10 歴史 縄文時代・弥生時代~古墳時代 ・ 飛鳥時代 日本と中国の時代区分 次の表中の①~⑩ に当てはまる語句を答えなさい。 日本の時代区分 (5) 時代 縄文時代 ( 1 ) (3)時代 金 宋(南宋) 朱 宋 (北宋) 平安時代 五代 奈良時代 飛鳥時代 (@) (2) |南北朝 晋(西晋) 五胡十六国東晋 (②) 時代 魏蜀 呉 (1)時代 新後漢 前漢 ① 長江 (3) ④ (5) *時代区分についてはさまざまな分け方、考え方がある。 ここでの日本の時代区分は、おもに政治の中心地による分け方にもとづく。 ■世界の古代文明 右の地図中の① ~ 14 に当てはまる文明 分 戦国 中国の時代区分 春秋 殷周 東周 と15の川の名前を答えなさい。 11 ■縄文時代・弥生時代 次の問いに当てはまる語句を答えなさい。 じょうもん ⑦ ⑩6 地面を掘ってつくられた, 縄文時代の住居を何というか。 8 17 紀元前4世紀ごろ, 大陸から伝わり, 生活を大きく変えた農業技術は何か。 9) だいせんこふん ひみこ 13世紀ごろ、倭の女王卑弥呼が治めていた国を何というか。 |古墳時代・飛鳥時代」 次の問いに当てはまる語句を答えなさい。 19 大仙古墳に代表される, 独特の形をした古墳を何というか。 10 11 12 13 じゅがく ② 日本列島に一族で移り住み、 漢字や儒学, 仏教など, 大陸の技術や文化を伝え 14 た人々を何というか。 すいこ おおきみ ② 推古天皇のおいで 大王 (天皇) を中心とする政治のしくみをつくろうとした (15) 人物はだれか。 16 なかのおおえのおうじ なかとみのかまたり そが ② 中大兄皇子や中臣鎌足が蘇我氏をたおして進めた改革を何というか。 17 てんじ ②3 天智天皇の死後, 皇位をめぐって起こった戦いを何というか。 18 19 聖徳太子の国づくり しょうとくたいし けんずいし ②20 聖徳太子が遣隋使を送った目的を, 簡単に説明しなさい。 記述 (21)

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日本史 高校生

大問2️⃣(1)資料4 東寺百合文書って寄進地系荘園の資料で、山城国一揆の資料は大乗院寺社雑事記だと思うのですが、 なぜ資料4の解答は④になるんですか?

2庶民の台頭 次の史料について,下の問いに答えよ。 史料 1 薪・すみは,惣のをたくべし。 〔22 同志社大 改〕 史料 2 /草武家社会の成長 63 こんしん 他所の人を地下に請人候はで、置くべからず候事。 惣の地と私の地と,さいめ相論は,金にてすますべし。 家売る人の方より,百文には三文ずつ, 壱貫文に (長享2年6月25日) 今晨, 香厳院に於いて叔 和西堂語りて云く。 今月五日越前府中に行く。 其れ以前越前の各力勢賀州に赴く。蒸りと難 いえど とがし とりま (三十) は卅文ずつ, 惣へ出すべき者なり。此旨を背く村人は, 座をぬくべきなり。 このむね せめおと も、一揆衆二十万人、富樫城を取回く。 故を以 て,同九日城を攻落さる。 皆生害す。而して 富樫一家の者一人これを取立つ。 「しょうがい しか とりた 史料3 史料 4 はりま (正長2年1月29日) 播磨国の土民, ごと ◎旧冬の京辺の如く蜂起す。 国中の侍 (文明17年12月11日) 今日, 山城国人集会す。 上八六十歳下八十五歳ト云々。 同 じく一国中の土民等群衆す。 今度両陣の時宜を申し定めんが為と ため ことごと しかのみ げくじょう いたり を悉く攻むるの間、諸庄園代官 加 云々。然るべきか。 但し又下極上の至なり。 ならず ある おのおの 之守護方の軍兵,彼らのために或い (同17日) 両陣 の武家衆,各引き退き了んぬ。山城一国中の国人等申し合わす故 ***** おいおと じ こん おい はたけやま は命を失い,或いは追落さる。 一国の なり。自今以後に於ては ② 両畠山方は国中に入るべからず。 本所 きだい おのおのもと 騒動希代の非法なりと云々。 凡そ土民 の申す所, 侍をして国中にあらしむべ 領共は各々本の如くたるべし。 新関等一切これを立つべからずと ちんちょう 云々。 珍重のことなり。 (文明18年2月13日) 今日山城国人,平等 じょうほうなお からずと云々。乱世の至なり。仍て はっこう おわ てり ⑥ 赤松入道発向しんぬ者。 ごう 院に会合す。国中の掟法猶以て之を定むべしと云々。 凡そ神妙なり。 但し、興成せしめば天下のため然るべからざる事か。 (1) 史料 1.24の出典を,それぞれ選べ。 ひ ① 『今堀日吉神社文書』 ② 『蔭涼軒日録』 ③『善隣国宝記』 ←対中 1470頃成 ⑤『大乗院寺社雑事記』 の「東寺百合文書』 (2)史料2・3・4が説明している出来事は、室町 A B D |2 7 (1) 史料 1 ① 章 史料 2 2 ⑤ではないのか。 史料 4 (4)

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国語 中学生

7について質問です。 右側が自分の考えなんですが、 この書き方で大丈夫ですか?

本誌 130 10 A その日の思い出 (SII) 0001 「またエーミールの部屋の中に立っていた。」 「僕」が再びエーミールの部屋に行ったのは、何のためです か。書き出しに続けて書きなさい。 人に見つからないうちに、 壊れたならと机に置くため 元に 720 「僕の心を苦しめた。」とありますが、自分がしてしまったどん なことが、「僕」の心を苦しめたのですか。二十五字以内で書きなさい。 1447 遺 見し て 直前の20④「自分が潰してしまった美しい珍しいチョウを 見ているほうが」という部分を設問に合わせてまとめる。 ま Y い コムラサキを評された し量ることなどしない人間 303 「またエーミールの部屋の中に立っていた。」とあります→23「あの少年でなくて が、「僕」が再びエーミールの部屋に行ったのは、何のためです 書き出しに続けて書きなさい。 人に見つからないうちに、 チョウを元に返しておくため、 70 「僕の心を苦しめた。」とありますが、自分がしてしまったどん なことが、「僕」の心を苦しめたのですか。二十五字以内で書きなさい。 美し 珍 い て珍 潰してしまった ウを 87の苦しみが「僕」にとってとても大きいことがわかる一 を探し、初めの五字を書き抜きなさい。 する気になれただろう。」とあ 「涙」は「あの少年」 間だと考えていたと思われた 人の言うことを語りだ 人の弱さを認めずに、 人の点をすぐに見抜 自分の収集をねらって 「僕」が「そうする気」に がどんな態度をとると感じ きなさい。 ( )に入る 「後」が「あの様 する (2) ウイア間 (1) す が + 間それをす あやまりに行ったときの「僕」と母の心情を捉える ・209 「おまえは………頼まねばなりません。 部分からわかる母 つ

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国語 中学生

問一の答えがウなのですが、なぜそうなるのか教えてほしいです🥲💧よろしくお願いします😭🙏🏻🙇🏻‍♀️

二 かみ 【文章Ⅰ】 ばこく こうてう 次の四つの文章【I〜W】を読んで、あとの問いに答えよ。(設問の都合上、【文章Ⅰ】には改変・省略した箇所がある。また、設問に 字数制限がある場合、句読点は字数に含むが、漢字の読み仮名は含まない。) えちぜん 恋の話の前に、私が越前に下った経緯を説明しなければならない。長徳二(九九六)年、父が十年の無職状態から浮上して、大国越前の 守という官職をえたいきさつだ。 (注1)め もく あわせ この年正月二十五日、地方官の人事異動 「県召し除目」が行われて、父は淡路守に任ぜられた。一条天皇への代替わり以来、役人としての 資格のみで仕事なしという状態に甘んじていたのが、ようやく定職にありついたのだ。だが父は喜ばなかった。淡路は、国の等級では最低の 「下国」なのだ。 ふみ 父は「申し文」を書いた。申し文とは、人事異動を希望する者が書く自己推薦状のようなものだ。朝廷に提出するのだから、もちろん 漢文で記す。仰々しい言い回しや故事を連ねて、何とか目指す官職にありつきたい気持ちを表す。異動の季節には多くの官人がこれを書い で、天皇の、また朝廷のお恵みにすがるのだ。父はといえば、人に頭を下げるのが苦手なのだろう、まだそれを書いていなかったと思う。 だがこの時は、重い腰ならぬ重い筆をあげたのだ。十年日干しになった挙句に淡路国の守ごときかと、よほど歯噛みする思いだったのでは ないだろうか。 父の申し文の一節は、いつの間にか世に流れ出て今も知られている。 あずぐ こうい うる 苦学の夜、紅涙襟をす 苦学に励んだ寒い夜は、つらさのあまり血の涙を濡らした。 除目の後朝、蒼天眼に在り 除目のあった翌朝は、 X のあまり真っ青な空が目にしみる。 うてんまなこ ③は いったい何が起こったのか、私には分からない。だが除目の三日後、突然朝廷から言い渡しがあって、父は淡路から越前の守へと転ぜら れた。越前は北陸道の大国だ。話によると、藤原道長殿がそのように指示されたのだという。除目では源国盛が越前守に決まっていたのを 急遽停止させて、父にその官を回されたのだ。あの申し文に効果があったのだろうか。 父が越前守に任ぜられたことは、私の将来にも陽がさしたということを意味した。冬の時代から春の時代へ、人生が変わる予感。それが 本当になったのが、翌正月の恋だった。 まんこ (山本淳子「私が源氏物語を書いたわけ A 「ひとり語り」による) (注)1 県召し除目―京都)の官職を任命する秋の行事(司召し)に対して、地方官を任命する春の行事。 9

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