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日本史 高校生

鎌倉時代のところなのですが、空欄の部分がまだ習っていなくて分からないので教えてください🙏

3御家人の窮乏と幕府の衰退(因果を流れ図で〉4 鎌倉時代の蝦夷地.琉球 十三議の 氏が交易 (窮乏の背景) 37分関相続による所領の細分化 (100年)3 456 7 8 9 10 11 12 13 14 15 1275 蝦夷地 オホーツク文化 アイヌ文化 ぞく とつもん 続縄文文化 38 1276 (2 の進展で支出増大 擦文文化 『スこう ③ 元窓で武器食料を自弁 → 対外戦のため恩賞地が不足 1279 グスク時代 44 琉球 文化 公武の支配層に従わない 地頭·荘官·新興武上ら グスク(城)を拠点に豪族 が割拠 きゅうぼう はくぎん ちゅうぎん なんぎん 武士の窮乏 北山 *中山·南山の三山に収束 一→ (御家人·非御家人とも) 439 の非道な動き 「紀伊国阿氏河荘百姓等訴状」 ランサイモクノコト, アルイワチ トウノキヤウシヤウ, …ミュヲキ リ,ハナヲソキ,カミヲキリテ… ちゃく 所領の質入·売却 嫡子の-円相続への移行 まず女性を一代限りの いちこぶん 永仁の絶政金 (1297年) “一期分”の相続とし, 次に相続対象から外す 1292 庶子との紛争 惣頭制の崩壊 (「高野山文書」) 質券売買地の事 右,所領を以て或は質券に入れ流し,或は売買せしむるの条, 御家人 等能僚の基なり。向後に於いては,停止に従ふべし。以前活却の分に至 りては,本主領挙せしむべし。 但し,或は御下文·下知状を成し給ひ, 或は知行廿箇年を過ぐるは, 公私の領を論ぜず,今更相違有るべからず。… 次に非御家人·凡下の輩の質券買得地の事。年紀を過ぐると難も、 売主知行せしむべし。 武士の窮乏や治安の悪化な どを専制政治の強化で対処 →幕府の求心力が一層低下 あるい 1294 あ ちょうし きゃく たてい もとい きょうこう くだしぶみ ち 1297 りょうしょう ただ いまら ち『ょうにじゅうかねん 金融の道が閉ざされ不人気 →翌年一部を除き撤回 ぼんげ ともがっ (『東寺百合文書)

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歴史 中学生

問4教えて欲しいです(´TωT`)

1919 の五·四運動がおこる。 普通選挙法が成立する。 1929 の世界恐慌がおこる。 日本国憲法が施行される。 こあじょう いもん ア 五箇条の御整文が発布された。 1925 みんぼんし ィ 吉野作造が民本主義を唱えた。 よしのきくぞう いたがきたいすけ ウ 板垣退助らを中心に自由党が結成された。 ェ 幸徳秋水らを中心に社会民主党が結成さ 1947 こうとくしゅうすい R れた。 1989 ベルリンの壁が崩壊する。 問4 下線部のは、パリ講和会議で決定した内容に不満をもつ学生たちの抗 議運動をきっかけとしておこった。この抗議運動がおこった都市は、右 下の地図のア~エのどれか。 写真 問5 右下のグラフは、Qの期間におけるわが国の軍事費と、軍事費を含む 歳出総額の推移を示したものである。次の文を読んで、 費がどのように変化したのか、当時の国際情勢にふれながら簡潔に書け。 著作権者への配慮から、 現時点での掲載を差し 控えております。 X に軍事 なお、具体的な数値を示す必要はない。 地図 グラフをみると、わが国も参戦した第一次世界大戦が1919 年のパリ講和会議で終結すると X ことがわかる。 ア 問6 下線部ののあとに、イギリスやフランスは本国と植民地との 間で経済圏をつくり貿易を拡大する一方、その他の国の商品に は高い関税をかけて輸入を制限する等の政策をとった。これを 何というか。 問7 Rの期間におけるわが国の国際関係について述べたア~ウを な の キ その

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現代文 高校生

国分功一郎さんの消費と浪費の違いという文なのですが、第五段落の意味がよくわかりません。 シャーペンで線を引いてある部分が消費社会において商品から記号を受け取ることを通して得る「贅沢」はおかしい!(=贅沢批判)と解釈したのですが、そうしたときこの贅沢批判の問題点〜と続く意味が... 続きを読む

消費全しおいて商 第7章 現代 2 部誕6ャンム 消費と浪費の違いー|画分功一郎 「民主主義を政感するために」 a" 記号 を消費するとはどういうことだろうか? たとえばどんな食事でも食べ られる量は限られている。しばしば腹人分が勤められるがたまには復一杯、十二 ホ YSeのだ。これが護費である°察は に創会 もたらし、 そし P-リ条PKトップする。 閣では消費とは何か?_グルメブームというものを思い起こして欲しい。ある店」 館 が美味しいとか、有名人が利用しているなどと宣伝されると、その店に人が殺到 する。もちろん「あの店、行ったことがあるよ」と他の人に言うためである。そ JP Rめに他の空が されれば、今度はそこに行かねばならなSS だ。こうやって「おすすめ」の店を延々と回り続ける人々が受け取るのは、「そ の店に行ったことがある」という意味である。店は完全な記号になっている。そ JP がで°るの足をもた い 号の消費はいつまでも終わらない。 別の例を挙げよう。現代では基本的に商品はどんなにいいものであっても、モ アルチェンジしないと売れない。推携帝獲話がいい例である。致年前の機種が今で も使えないわけがない。しかし、半年もたたないうちに「新しい」モデルが発売さ れる。なぜだろうか?人々はモデルなどみていないからである。「チェンジ」 ロ 係 再じ悪底か0Jい U246要 国 =警沢批判 JSや華撃-樹味だけを受け取ている°距車中人はモ(=中デル)を士 PPSRSPはない。 や配 (= 「ホHA た)を士盛ている。 日消費と浪費の違いは明白である。浪費は目の前にあるモノを受け取る。消費は モノに付与された意味,。観念 を受け取る。このことは 「消費社会 の魔法そのも のを説明してくれる。消費は満足をもたらさない。しかし消費者は足を求めて 消費している。消費しても満足が得られないから、更に消費を続ける。こうして、 消費と不満足との悪循乗が生まれる。二十世紀に爆発的に広まった消費社会とは この悪循環を利用したものである。消費しても満足が得られないから消費して e というサイクルをうまく利用することで、爽大な量のモノを売ることができ た。その結果、大量生産·大量消費大量投楽の経済が生まれた。 タバブル崩壊後に開後の竹の子のように現れた「豊かさ」論、そしてまた、ほと んどの消費社会奨判は、この大量生産·大量消費·大量投棄の経済を眺めながら、 その『沢」を繰強したものである。このような賛沢批判の問題点は明らかであ る。消費社会の中に糞沢などない。逆だ。消費社会とは我々から賢沢を奪うもの である。浪費家であろうとする我々を消費者に仕立て上げ、論足することが決し でない清費のサイクルに投げこむのが消費社会である。 「々から質沢を奪う」Jは、 梶段製聴いにいというJJ° 回以船e「悪載しても満足が 悪山にゆS世戦味や P 度関地撃山れないた (部田K) 徳線部のように言えるのはなぜか。わかりやすく説明しなさい。

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物理 高校生

?のところがなぜそのような運動方程式がたてられるのか教えていただけないでしょうか。

第23章原子と原子核 147 基本例題 90 放射性崩壊 > 165,166 Po は安定な原子核Pbになるまで一連の放射性系列に従って崩壊する。 Po - a崩壊 0 B崩壊 ② B崩壊 ③ Pb Bi → Po → Pb (1)Po の原子核に含まれる陽子数と中性子数を求めよ。 (2) 0のPB, 2の Bi の原子番号と質量数をそれぞれ求めよ。 (4)Po がPbになるまでにα崩壊, β崩壊をそれぞれ何回行うか。 (静止したPO から放出されたα粒子の運動エネルギーK。と, @のPbの運動エネルギーKeの比 K。:K。 を求めよ。 (3) 3の Po の同位体を上記の中から選べ。 α崩壊はZ→-2, A→-4。 B崩壊はZ→+1, A→±0。 (5) 分裂の際, 運動量が保存することから,速さの比 Da: D が求められる。質量比=質量数の比 圏(1)陽子数=原子番号 Z=84 中性子数=A(買量数)-Z=218-84=134 (2) α 崩壊は Z→-2, A→-4 なので 0Z=84-2=82 A=218-4=214 B崩壊は Z→+1, A→±0 なので 2 Z=82+1=83 A=214±0=214 (3) 同位体とは原子番号Zが同じ(元素記号も同じ)で質量 数Aが異なる原子核のこと。したがって Po (4) それぞれa回, B回とおくと A→218-4a=206 α=3回 Z→84-2a+B=82 B=4回 (5) α粒子は He, ①の PbはPbなので、 Ma:mpo=4:214=2:107 分裂の前後で運動量保存より Ve= 2 0=maVa-MpoUFo Va: Un三mPs:Ma Ka:K= -MPOUP6 2 MaVa =mam:mpoMa=mpo :ma=107: 2

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現代文 高校生

現代文の100字要約の問題です。 上手くまとまらず、悩んでいるのでわかる方教えていただきたいです。

現代文の文章ですが、松尾芭蕉以降の近世の世界観を逃 さてここで、「山吹や蛙飛びこむ水の音」に戻ろう。このようにかはづの和 歌の歴史を見てくると、「山吹」「かはづ」「水」という組み合わせはさほど不 思議ではない。しかしここにはすでに、和歌の観点から見た場合、重大な欠落 がある。それは「鳴く」という言葉の欠落だ。連歌集である『蒐玖波 集』の 歌でさえ、「なにごとのあらそひか有る鳴く蛙」と、かはづは鳴くことになっ ている。しかし芭蕉はかはづを鳴かせなかった。「蛙飛びこむ水の音」という 着想だけでも、これは和歌の言葉を通して見た自然ではなく、その隙間を縫っ て芭蕉自身が発見した新しい自然だった。かはづは鳴かない。なんと、ぶざま にも水に飛び込んだのである。そして山吹の問題だ。其角は和歌の歴史から 言って当然のように山吹をつけた。なにしろかはづが鳴かないのだから、せめ て山吹でもないことには歌の道に連なることができない。しかし(芭蕉は即座 にそれを退け、やがて「古池や」に至ったという。結果としてここに、「山吹」 も「清流」も「鳴く」も無い、無いものだらけのかはづの句ができた。千年の あいだ続いたかはづの自然は、ここにあとかたも無く崩壊したのである。 それにしても、このような和歌の歴史の中で考えてくると、なんと革命的な 句なのだろう。単に和歌で必須とされる要素が無い、というばかりではない。 鳴く」に対して「 I」が対時され、「声」に対して「 Ⅱ 時され、「清い」に対して「一 D の文章を読み、あとの設問に答えよ。 芭蕉は「松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ」と言ったという。『三冊子』 はこの言葉について、「X私意をはなれよといふ事也」と書きとめている。魔 末保は、このようなことが言われるには、「松が、まさにそこにある松、つま り、 即物的に接することのできる松として出現しはじめた時代だという前提が なければならない」と論じた。これは「江戸時代にとって自然とは何であった か」という問題を考える上での根幹である。我々の時代はすでにそういう時代 が始まってから久しく、物は「即物的に」物でしかないのが当たり前になって しまった。そうでなければ、これほど環境は悪化しないし、これほど多くの物 が平然と消費され捨てられたりはしない。それゆえに、近世という時代が始 まって間もなく、芭蕉や西鶴や近松に何が起こっていたか、よほビ自夏刀b かせなければ理解できないのである。(中略) A自然はすでに近世において、ただの樹木や石や水という「物」になってし まった、と考えられる。それまでは表現するだけで自然の力を感じさせた雅語 (たとえば和歌の言葉)や雅の絵画(中世山水画など)さえももはや力を持た ず、貨幣経済の中でひたすら自然が消費されていくようになった。遊山を描く 扉風絵や旅を書きつける旅行記などは、まさにそのような消費対象としての 自然(自然の俗化)を調歌しているわけだが、同時に、このような「物」とし ての自然の出現は、新しい文学をもたらすことにもなったのである。 芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」の句は、作られた時のことが「葛の松 原』に書かれている。『野ざらし紀行』の旅を終えて江戸に戻って一年ほど後 のことだ。旧暦三月の暮れ、江戸の郊外に遊んだ。雨が静かに降り、風柔らか に吹き、ときたま蛙が水に飛び込む。芭蕉は「言外の0フゼイこの筋にうかび て、蛙飛びこむ水の音 といへる七五は得給へりけり」という。このとき芭蕉 は七五のみ想い浮かんで、上の言葉は浮かばなかった。するとそこにいた其角 小、上を付けた。それが「山吹や」である。ここに、「山吹や蛙飛びこむ水の 昔」という発句ができあがった。この其角の案はもっともで、まさに和歌に連 なる句の世界としては、まっとうな作だった。そしてそこには、Bまだ近世の 俳人たちを支配していた自然観がかいま見える。 『万葉集』にいう。「かはづ鳴く清き川原を今日見ては何時か越え来て見つつ 偲はむ」||かはづは必ず清い川、澄んだ水にいる。そしてかはづは必ず「鳴 く」。澄んだ水でないと生息しない蛙のうち、和歌の世界でその美しい鳴き声 が詠まれるのはたった一種類、かじか蛙だけである。『万葉集』に始まった 「かはづ」の歌は、つまりかじか蛙だけのための歌であり、そうであるからに は「澄んだ水、清流」そして「鳴く」という二つの言葉が不可欠だったのであ る。「かはづ鳴く神名火川に影見えて今か咲くらむ山吹の花」 は、神社のある場所の川のことをいう。ここでは飛鳥川か竜田川だ。この歌に は山吹の花が出現する。「清流」「鳴く」「山吹」の三つの言葉がこうして、「か はづ」とセットになって現れるようになる。「かはづなくるでの山吹ちりにけ り花のさかりにあはまし物を」 |これは『古今和歌集』の歌だ。井出の玉川 は山城の国の川のことだが、「玉川」は清流を意味する。川は清流でなくては ならず、水は、常に流れて水を入れ替える=でよくてはよう!よい。「匹こよく pv しゅう が対 日 」が対時され、「流れる川」に対して 」が対時されたのである。古池とはどんな池だろうか。まず流れな い。水が入れ替わらない。澄んでいない。その底には、枯れ葉や木の残骸や動 物の死体が腐って堆積し、間違いなく濁っている。その周辺には苔や菌類や古 木や下草がいつも濡れてじっとりと生きていて、数え切れないほどの生命が地 を這っている。古池とは歴史の堆積であり、生命のるつぼなのだ。そこに蛙が 飛び込めば底の堆積物は一気に舞い上がり、水はさらに濁るだろう。かじか性 がそういう環境に暮らせるはずがなく、ここに登場する蛙はがま蛙や殿様蛙 牛蛙など、そのあたりで庶民が日常的にみかける生命力旺盛な蛙に違いない。 Vト さらに言えば、古池が川と違うところは、ふだんはじっと動かないところ だ。まるで川は我々人間の意識の流れのようであり、古池は我々人間の無意識 の堆積物のようである。みじろぎもしないその濁り水に突然一匹の蛙が飛び込 む、というその一瞬に起こるハモンのざわめきは、記憶の堆積と無意識に起 こるざわめきのようだ。何が起こったのか。周知のように禅では、座禅の際に このざわめきを意図的に起こす。p意識によって隠された連関への目覚めをも たらすためである。 芭蕉はこの句から、風雅の道を見つけたと言われている。すなわち、蕉風の 確立である。蕉焦風では、言葉の革命と新しい境地の創造が、確かにあった。そ トトキA+ -神名火川と れは、和歌の言葉の背後に隠された自然を、詩の言葉として発掘するというこ とだった。「木のもとに汁もなますも桜かな」 ーごく日常的な食べ物の出現。 J るャ 了東風々に糞のいきれを吹きまはし」 ふがん人のうしろむき」 -排池物も詠まれる。「団扇もて -まるで浮世絵のように、俗世の人の姿を捉える。 うぐひす、みづにすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれか うたをよまざりける」と、『古今和歌集·仮名序』にも言う。もはやかはづは 驚と同じくらい、和歌の世界のスターとなった。それもその美声ゆえであっ た。いったんスターとなったからには、代表的な和歌の集に登場し続ける。 海くれて鴨のこゑほのかに白し」||思い切りのいい不定形。声が色とL て眼に見える。和歌の言葉の繰り返しの中で日本人の脳裏に形成された定型E 自然観は、このように次第に崩れてゆき、江戸時代になってそれは新たな自 世界を構成することになった。私たちの今日の自然観は、和歌のそれではな~ 俳譜の自然観にずっと近い。 傍線部 a.bの漢字の読みを記せ。 (日留) (田中優子『江戸の自然,

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