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歴史 中学生

この答え分かるもの教えてほしいです!

わたしは、1192年に、 鎌倉に幕府を開いた。 22 さて、 わたしは、 だあれ? わたしは、22の妻で、夫の死後、尼将軍と呼ばれ、 政治の 23 実権を握った。さて、 わたしは、 だあれ? わたしは、承久の乱を起こし、敗れて隠岐へ流された。 24 さて、 わたしは、 だあれ? わたしは、執権政治の基礎を固め、 御成敗式目を制定した。 25 さて、わたしは、だあれ? わたしは、浄土宗を開き、一心に念仏を唱えれば、 誰でも極 26 楽浄土に往生できると説いた。さて、 わたしは、だあれ? わたしは、26の弟子で、 浄土真宗(一向宗)を開いた。 27 さて、わたしは、だあれ? わたしは、踊念仏で有名な時宗を開いた。 いっぺん聞いたら 28 忘れない名前だ。 さて、 わたしは、 だあれ? わたしは、法華経の題目を唱えれば、 人も国家も救われると 29 説いた。さて、わたしは、 だあれ? わたしは、中国から帰ってきて、 禅宗の一つである臨済宗を 30 開いた。さて、わたしは、 だあれ? わたしは、わたしは、 中国から帰ってきて、 禅宗の一つであ 31 る曹洞宗を開いた。 さて、 わたしは、 だあれ? わたしは、24の人物の命により「新古今和歌集」を編集し 32 た。さて、わたしは、 だあれ? わたしは、日本三大随筆の一つと言われている「方丈記」の作 33 者だ。さて、わたしは、 だあれ? わたしは、弟子の快慶とともに、 東大寺南大門の金剛カ士象 84 を作った。さて、 わたしは、 だあれ? わたしは、執権として元腐を防いだ。 また、 円覚寺を建てた 5 のもわたしだ。さて、 わたしは、 だあれ? わたしは、建武の新政を行なったが、 わずか2年で失敗し、 吉野に逃れた。 さて、 わたしは、 だあれ? わたしは、36の人物を京都から追い出し、 室町幕府を開い 00 7 た。さて、わたしは、 だあれ? わたしは、室町幕府の3代将軍で、 南北朝を統一し、 明と勘 合貿易を始め、金閣を建てた。 さて、 わたしは、 だあれ? わたしは、息子世阿弥とともに、 猿楽や田楽などを能として 大成した。さて、わたしは、 だあれ? わたしは、室町幕府の8代将軍で、京都の東山に銀閣を建て た。さて、わたしは、 だあれ? わたしは、中国に渡って、 新しい絵の技法を学び、 帰国後、 水墨画を大成した。 さて、 わたしは、 だあれ? わたしは、安土の城下町で楽市·楽座を行なった。本能寺で 家臣の明智光秀に殺された。さて、わたしは、 だあれ? わたしは、42の人物によって、 京都から追放された、室町 幕府最後の将軍だ。 さて、 わたしは、 だあれ? わたしは、全国を統一し、 太閤検地· 刀狩りなどを行なった。 ニックネームは “さる” だ。 さて、 わたしは、 だあれ? わたしは、42や44に仕え、 安土城や大阪城などに障壁画 を描いた。さて、わたしは、 だあれ? 歴史分野

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現代文 高校生

高階秀爾さんの『オブジェとイマージュ』において 右のページ16行目の「その最も平凡な、最も一般的な意味」とはどう言う意味ですか? 「しかしここでは」と言うことは「もちろん」以下の内容ではないと言うことですよね?

絵画とを決定的に分けるものなのである。 2 (現実の世界と深い関わり合いは持ちながら、現実の世界とはまったく別の、いわば実 で - 体を持たない「影」の世界としての絵画の特性;それを我々は「イマージュ」の世界と 1 イマージュ image (フランス語)。 呼ぶことにしたい。それに対し、先ほどから「実物」という言葉で表してきた現実のも N のの世界、それは「オブジェ」の世界と呼んでもよいものであろう。 2 2 オブジェobjet(フラー ンス語) 和ちろんイマージュとかオブジェという言葉は、人により、場合により、さまざまな 意味に使われる。現代美術においてオブジェといえば、普通、単にどこにでも転がって 3 ベルグソン Henri-Louis Bergson (1八五~1四1)。フランス の哲学者 4 サルトルJean-Paul Sartre(1504~一次0) 。 フランスの文学者,哲 いる「もの」ではなく、何らかの形で日常的価値を離れた造形的意味を持った「もの」 寸 けい じ じょうがく という特殊な存在を指す。また、ベルグソンやサルトルが、形而 上学ないしは心理学 の用語としてイマージュというとき、それは知覚の領域、ないしは想像力の領域におけ る特殊な存在を意味する。しかしここでは、オブジェもイマージュも、その最も平凡な、 最も一般的な意味で用いることとする。オブジェとは、その語源からも明らかなように、 我々の働きかけや運動に対して「投げ出されたもの」であり、我々を取り巻く外界のさ 5 ジャック·マリタン まざまの「対象」、「客観的存在」であり、ジャック·マリタンが「芸術と詩における創 Jacques Maritain(I<<) ~一聖三)。フランスの哲 学者。「芸術と詩にお ける創造的直観」は一 九五三年刊。 造的直観」の中で、芸術家の「自己」に対してその「自己」が働きかけるあらゆる存 o 在という意味で呼んだ文字どおりの「もの」の世界である。Cイマージュは、 ルネ·ユイ 6 ルネ·ユイグ René グが「見えるものとの対話」の中で二十世紀を「イマージュの文明」の時代と規定した Huyghe(150K~一九九モ)。 フランスの美術史家· 随筆家。「見えるもの との対話」は一九五五 ような意味での視覚的映像の世界であり、重さも、厚みも、質量も持たない二次元の色 と形の世界である。オブジェが人間の触覚的働きかけを受けとめるものとすれば、イマ 年刊。 ージュは人間の視覚的働きかけを受けとめるものであるといってもよい。 とすれば、我々人間は自己自身も含めて無数のオブジェのただ中にあって、それらの一 オブジェを主としてイマージュの形で把握している存在ということになる。もちろん、 っない。聴覚も、味 「オブジェを主として イマージュの形で把握 している」とは、どう いうことか。

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