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生物 高校生

(6)教えてください🙇‍♀️

100 酸素ヘモグロビンの割合% 50 酸素解離曲線 次の文章を読み、以下の問に答えよ。 赤血球中のヘモグロビンは、酸素と結合して酸素ヘモグロビ 80 ンとなり、全身の組織に酸素を運ぶ役割を担う。酸素ヘモグロ ビンの割合は,酸素濃度や二酸化炭素濃度によって変わる。 右 図は酸素濃度(相対値) に対する, 酸素ヘモグロビンの割合を グラフにしたもので,これを酸素解離曲線という。 曲線Aは 二酸化炭素濃度(相対値)が40のもので, 曲線Bは二酸化炭 素濃度が70 のものである。 肺胞中では酸素濃度が100 で 二 酸化炭素濃度は 40, ある組織中では酸素濃度が30で,二酸 化炭素濃度は 70 とする。 20 40 60 80 100 (1) 肺静脈中と肺動脈中の血液の状態を示す点を,図の酸素 酸素濃度(相対値) 解離曲線中点 a~ h からそれぞれ選び, 記号で答えよ。 60 割 40 [%] 201 [曲線A] g いろいろ [曲線B] 肺動脈〔X〕 ab 生 HF 肺静脈 (e〕 (2) 動脈血の酸素ヘモグロビンの割合を次から1つ選び, 番号で答えよ。 1 1 30% 2 62% 3 91% 4 96% (3)静脈血の酸素ヘモグロビンの割合を(2) の ①~③から1つ選び、番号で答えよ。 (○) (4) 全ヘモグロビンのうち,この組織中で酸素を解離するヘモグロビンの割合 〔%〕 を答えよ。 定期積の意血(⑥66%) (5) 動脈血の酸素ヘモグロビンのうち,この組織中で酸素を解離する割合 〔%〕 を答えよ。ただ し, 小数第1位を四捨五入せよ。 ×100=69% 96 ( 69%) (6) 動脈血 100mLあたり何mLの酸素がこの組織に供給されるか。 ただし,ヘモグロビンは 血液100mLあたり15g 存在し, すべてのヘモグロビンが酸素と結合すると、ヘモグロビン 1gに 1.3mLの酸素が結合できるとし, 小数第2位を四捨五入せよ。 (12.9mL) 2 し

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古文 高校生

これ答えないんですけど教えていただきたいです

11 本問題 1 次の文中の傍線部の敬語の種類を答えよ。 (源氏物語・桐壺) 1 かかる人も世にいでおはするものなりけり。 このような方もこの世に生まれておいでになるものなのだなあ。 ②翁のあらむ限りは、かうてもいますかりなむかし。 この翁の生きている間は、このようにしていらっしゃることもできましょうよ。 (竹取物語) (源氏物語・桐壺) ③ 光源氏ヲ) 世の人、光る君と聞こゆ。 光源氏を世の人は、光る君と申し上げる。 (徒然草・一四一) 4人の心劣りとは思ひはべらず。 都の人の心が関東の人に比べて劣っているとは思いません。 2 次の文中の「給へ」について、後の問いに答えよ。 さぞましきやうにおぼしつらむといとほしくて、 さぞかしきれてお思いになっているだろうと気の毒になって、 よる 「夜とともにもの思ふ人は夜とてもうちとけて目のあふ時 「これまでずっと毎晩もの思いをしている私は、夜といってもくつろいだ気持 もなし ちで目を合わせて眠ることなどできません。 めづらかにも思う給へず。」と聞こえつ。 (和泉式部日記) (私にとっては)珍しくも思われません。」と申し上げた。 文法的説明として適切なものを、次から選び記号で答えよ。 ア四段活用の動詞 イ 下二段活用の動詞 ウ四段活用の補助動詞 エ下二段活用の補助動詞 ( 敬語の種類を答えよ。 3 次の文中の傍線部「たてまつる」は、尊敬、謙譲のどちらか。 にほふみや 1 (匂宮ハ)それよりぞ御馬にはたてまつりける。(源氏物語・浮舟) (匂宮は)それからはお馬にお乗りになった。 ② 心づかひして、皇子をば止めたてまつりて、(源氏物語・桐壺) いろいろ気を配って、皇子をお引き止め申し上げて、 ③ きよげなる童などあまた出で来て、御奉り、 小ぎれいな女の子などが大勢出て来て、仏に水をお供え申し上げたり、 (源氏物語若紫) (竹取物語) 4④44 御送りの人々見奉り送りて帰りぬ。 見送りの人々は、(皇子を)お見送り申し上げて帰った。 (源氏物語・桐壺) ⑤ この君にたてまつらむの御心なりけり。 この光源氏の君に (姫君をさし上げようというお気持ちであった。 4 次の文中の傍線部「まゐる」は、尊敬、謙譲のどちらか。 しはす 1 師走になりて、またまゐる。 十二月になって、また参上する。 こけ ②岩がくれの苔の上に並みゐて、かはらけまゐる。 岩かげの苔の上に並んで座って、土器でお酒を召し上がる。 みこ おほみき 3 親王に馬の頭、大御酒参る。 親王に馬の頭が、お酒をさし上げる。 かち 44(聖光源氏ニ)加持などまゐるほど、 (聖光源氏に) 加持などしてさし上げるうち、 5 次の傍線部を口語訳せよ。 り 「いみじき折の言かな。」と上も宮も興ぜさせ給ふ。 「すばらしくこの場にふさわしい朗詠だなあ。」と帝も中宮様も こと とど 。 (更級日記) (源氏物語若紫) (伊勢物語・八二) (源氏物語若紫) (枕草子・二九三) 124

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理科 中学生

理科です 明日ミニテストあるのですが答えがなかったので答えをお願いしたいです! よろしくお願いしたいです。

!) Date 10.13 振り返りテスト 理科 (理科係からの挑戦状!) 液体のろうを冷やしたとき、質量と体積はどのように変 化するか。 それぞれ答えなさい。 201 2 液体が気体になるときの温度を何というか。 I 3 物質の状態が変わることを何というか。 塩化ナトリウム水溶液の飽和水溶液の温度を下げても塩 4 化ナトリウムの結晶はほとんど取り出せない。 このよう になるのはなぜか説明しなさい。 5 液体を加熱してできた気体を冷やし、 再び液体として取 り出す方法を何というか。 6 水に溶けにくい気体を集める方法を何というか。 7 酸素を発生させために使用する物質の組み合わせは何 か。 8 金や銀など種類の物質からできているものを何という か。 しょうゆ、 炭酸水などいろいろな物質が混ざっているも 9 のを何というか。 10 ある気体に火のついた線香を近づけたところ、 線香が炎 を上げて激しく燃えた。 この気体は何か。 11 空気の約8割を占めている気体は何か。 12 金属でない物質を何というか。 13 有機物以外の物質を何というか。 14 水溶液に溶けてい物質を何というか。 溶液に溶けている物質を温度変化などで再び結晶として 15 取り出す方法を何というか。 質量 体積 固体 液体

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現代文 高校生

この現代文の問題を教えてください 一つだけでも教えてくださると嬉しいです!

DELUC 四 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。(B) 見えない人が「見て」いる空間と、見える人が目でとらえている空間。それがどのように違うのかは、一緒に時間を過ごす中で、ふとした 瞬間に明らかになるものです。 たとえば、 *注木下路徳さんと一緒に歩いているとき。その日、私と木下さんは私の勤務先である東京工業大学大岡山キャンパスの私の研 究室でインタビューを行うことになっていました。 私と木下さんはまず大岡山駅の改札で待ち合わせて、交差点をわたってすぐの大学正門を抜け、私の研究室がある西9号館に向かって歩き はじめました。その途中、一五メートルほどの緩やかな坂道を下っていたときです。木下さんが言いました。 「大岡山はやっぱり山で、いま その斜面をおりているんですね」。 私はそれを聞いて、かなりびっくりしてしまいました。 ①なぜなら木下さんが、そこを「山の斜面」だと言ったからです。毎日のようにそ こを行き来していましたが、私にとってはそれはただの「坂道」でしかありませんでした。 つまり私にとってそれは、大岡山駅という「出発点」と、西9号館という「目的地」をつなぐ道順の一部でしかなく、曲がってしまえばも り忘れてしまうような、空間的にも意味的にも他の空間や道から分節化された「部分」でしかなかった。それに対して木下さんが口にしたの は、もっと俯瞰(ふかん)的で空間全体をとらえるイメージでした。 確かに言われてみれば、木下さんの言う通り、大岡山の南半分は駅の改札を「頂上」とするお椀(わん)をふせたような地形をしており、西 9号館はその「ふもと」に位置しています。その頂上からふもとに向かう斜面を、私たちは下っていました。 けれども、見える人にとって、そのような俯瞰的で三次元的なイメージを持つことはきわめて難しいことです。坂道の両側には、サークル 勧誘の立て看板が立ち並んでいます。 学校だから、知った顔とすれ違うかもしれません。前方には混雑した学食の入り口が見えます。目に飛 び込んでくるさまざまな情報が、見える人の意識を奪っていくのです。あるいはそれらをすべてシャットアウトしてスマホの画面に視線を落 とすか。そこを通る通行人には、自分がどんな地形のどのあたりを歩いているかなんて、想像する余裕はありません。 そう、私たちはまさに「通行人」なのだとそのとき思いました。 「通るべき場所」として定められ、方向性を持つ「道」に、いわば②ベル り開放的なものに思えます。 トコンベアのように運ばれている存在。それに比べて、まるでスキーヤーのように広い平面の上に自分で線を引く木下さんのイメージは、よ 物理的には同じ場所に立っていたのだとしても、その場所に与える意味次第では全く異なる経験をしていることになる。それが、木下さん の一言が私に与えた驚きでした。人は、物理的な空間を歩きながら、実は脳内に作り上げたイメージの中を歩いている。私と木下さんは、同 じ坂を並んで下りながら、実は全く違う世界を歩いていたわけです。 ③彼らは「道」から自由だと言えるのかもしれません。 道は、人が進むべき方向を示します。もちろん視覚障害者だって、個人差はあると しても、音の反響や白杖(はくじょう) の感触を利用して道の幅や向きを把握しています。 しかし、目が道のずっと先まで一瞬にして見通すこ とができるのに対し、音や感触で把握できる範囲は限定されている。道から自由であるとは、予測が立ちにくいという意味では特殊な慎重さ

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