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国語 中学生

【3】まで解説込みで教えて頂きたいです。

1:27 ミクロ経済学 中間試験 注意 ミクロ経済学 中間試験 解答期間: 11月2日 (木) 18:00~11月9日 (木) 9:00 期限までに Moodle の解答欄に解答すること。 【2】 .l 【1】 アメリカのある都市における夏季のビール6缶セットの需要が以下のような需要曲線で表さ れるとする。 C Qp=80-4P + 4T, ただし、 QD はビールの需要量 (単位:1,000セット) Pはビール6缶セットの価格(単位:ド ル) T は夏季の平均気温 (単位: °C) である。 また供給は以下のような供給曲線で表される。 Qs = -80+16P ここで、 Qs はビールの供給量 (単位:1,000 セット) である。 (1) 昨年の夏季の平均気温が30℃ (T=30) であったという。 昨年のビール6缶セットの均衡 価格と均衡需給量を求めなさい。 2023-11-2 (2) 今年の夏季の平均気温が40°C (T=40) であったという。 今年のビール6缶セットの均衡 価格と均衡需給量を求めなさい。 (3) 今年の夏季を迎える前に、 政府がビール6缶セットに対して15ドルの上限価格 (15) を 設定したとする。その結果この市場ではどのようなことが起こると考えられるか。 (1) ある財の価格が4%上昇したときに、 この財に対する需要が3%減少したとする。このときの 需要の価格弾力性を求めなさい。 (2) 梨の市場において、 梨1個の価格が550円から660円に変化したとき、 梨の需要が1,250個 から 1,150個に変化したとする。 梨の需要の価格弾力性を求めなさい。 【3】 ある消費者が、 一定の所得の下で財と財の2種類の財のみを購入しようとしている状況 を考える。 ミクロ経済学 中間試験 (1) 当初、財の価格は200円 (P=200)、財の価格は100円 (Py=100) であったとしよう。 また、所得は5,000円 (I = 5,000) であったとする。 エ財の購入量をx、y財の購入を」とし てこのときの予算制約式を書きなさい。 1 (2) 5,000円の所得で財を20単位、財を30単位購入することは可能か答えなさい。 (3) 財の価格が100円に下落したとする(ただし、財価格の価格は100円、 所得は5,000円の ままである)。 このとき、 予算制約式を書きなさい。 (4) (3) のとき、 財を 20単位、財を30単位購入することは可能か答えなさい。 2023-11-2 (5) 財も財もともに正常財 (所得が増加すると需要が増加する財、 所得が減少すると需要が減 少する財) であるとして、財の価格下落の効果を、 代替効果と所得効果にわけた上で、 その 全体の効果も調べなさい すかわち以下の事において それぞれの効果が重増加させ moodle.tiu.ac.jp Ć 75

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看護 大学生・専門学校生・社会人

看護学校の過去問なのですが答えが無く、学校も既卒のため解答の入手が出来ません。助けて下さい🥹 漢字などの調べれば分かる箇所は自分でやりますので読解系のものをお願いします🙇‍♀️🙇‍♀️

国語 (解答はすべて解答用紙に記入すること) 埼玉医科大学附属総合医療センター看護専門学校 一次の文章を読んで、後の問いに答えなさい 概念を表す抽象的な言葉を扱うことが、苦手であること。これはどの言語を用いるどの国の人にとっても、同じことかもし れません。その上、明治維新を中心に一気に増えた近代の翻訳語が、いかにも新しい、先進的な、ありがたいものとして特別 な位置を与えられたことは、やはり日本人の言語に(1) 大きな影響を与え続けているように思います。その事情をもう少し解 きほぐしてみます。 抽象的なことばを前にすると、思考や判断の停止が起きやすい。 正しそうで権威あることばであればあるほど、その正しさ を、自分の熟知している具体ときっちり照らし合わせることを怠るわけです。 (2) 安心し油断して、その言葉を生煮えのまま 呑み込んでしまいます。その「正しい」理論や概念を自分の具体に下ろして何事か実践しようという時がくると、 「正しさ」 こそが更なる安心や油断を生みます。 具体化が確かに意味のあるものとなっているか、という検討が甘くなる。 概念語の空転 が起きるわけです。 歯車がきちんと噛み合わないまま、 不確かな震動だけが伝わる、というような状態です。 こうしたことを避ける方法の一つとして、大村はまは(3) 「やさしいことば」を大事にさせたわけです。 抽象度の高い議論、 複雑で難解なことでも、やさしい、ちゃんと身についたことばを介在させて、なんとか理解しようとし、表現し伝え合えるよ うに、と願ったのは、偉そうな顔をしたことばに飲み込まれないためでもあります。 偉そうな抽象語が空疎に使われている時 には、その空疎さに気づけるという力も育ちます。 これは話し言葉についても、書き言葉についても同じです。 「難しげ」な 抽象語が人の脳を空回りさせること、わかったようなわからないような、半端な状態に(a) オチイらせることを、大村は中学 生を教えながらいやというほど見続けていました。 その空転に気づかせることが、ことばの精度を上げるための第一の入り口 になっていたと思います。 「やさしいことば」で言えないことは、本当にはわかっていないことなのかもしれません。 ちなみに、私は比喩を多用していることは自覚がありますが、それも、抽象語がもたらす早すぎる納得と受容を破ろうと、 小さい爆弾を投げ込んでいるような気持ちなのです。 そして、元をたどれば、大村はま自身が比喩を巧みに用いる人でした。 使い古されて(A)並になってしまった比喩はたいして役に立ちませんが、表現力を伴った比喩は思考の空転を防いでいた のです。 理論と実践、抽象と具体の繋ぎの不確かさは、教育現場でもしばしば見ます。国から出た (b) シシンにも、さまざまな研究 者による論文にも、「なるほど、そうだ」と思う知見が確かにあります。 しかし、それが、生きた子どもたちがずらりと居並 ぶ日々の教室で、実際に、確かに、意味のある変革を生み成果をあげることに結びついているか…..……。 そこの(c) 脆弱性はか なり深刻だと思います。優れた理論が優れた実践と成果につながるという保証はない、ということ。 大村はまはその大いなる 弱点を現場人として痛感するからこそ、実践に徹するという姿勢を貫いたとも言えます。現実の厳しさを見切った結果でしょ う。 逆方向((B)から(C)する場合)でも、不確かさはつきまといます。たとえば話し合うことの大切さを子どもに知 らしめたいというのは、たいへん真っ当なことです。そのために日本中の教室でなにかにつけて話し合いをさせますが、その まとめとして「今日の話し合いはどうでしたか?」という教師の問いに、子どもはまず間違いなく「お友だちのいろいろな意 見を聞くことができて、良かったです」 というような返答をするわけです。 友だちのどの意見のどの部分を、どのように捉えた結果、「良かった」というのか、それは曖昧ですし、実はそんな実態な どまるでないという可能性もあります。話し合えて良かった、という着地点が最初からあって、それをなぞっているだけであ ることが多い。望ましい結論が最初から期待されていることを、子どもはかなり幼い頃から理解していて、目の前のあれこれ の具体的なものごとを自分の目で捉え理解する際に、知ってか知らずか、(4) 大きな圧力を受けているのだと思わずにはいら れません。期待された通りの抽象語を使って一般化するわけです。 そういう(5) 内実を伴わない発言は、言うだけ空疎さを深

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