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日本史 高校生

こたえ教えてほしいです。😭🙏😞

3 弥生時代の集落に関して述べた次の文a~dについて, 正しいものの組 合せを、下の0~0のうちから一つ選べ。 [09- 本] a 稲作によって集落の人々の生活が安定すると、 狩猟や漁労· 採集な どの食料採取はほとんど行われなくなった。 集落の祭りには銅録や銅剣 銅矛 銅などの青銅製祭器が用いら れ,共通の祭器を用いる地域的なまとまりも生まれた。 埋葬は集落から離れた共同墓地で行われ, その墓には、 鉄製の農具 や武具が大量に副葬された。 d 集落の共同作業や祭りを指揮していた指導者から, 集落を越えた地 域の政治的な支配者となる者が現れた。 b C 0 a.c 0 a.d 0 b.c 0 b-d 次の文を読んで、. 問いに答えよ。 『漢書』地理志によれば,紀元前1世紀ごろの倭は,100余の小国に分か れ、前漢が朝鮮半島に置いたア]郡に定期的に使者を派遣したという。 また、『後漢書』東夷伝にも.紀元57年に後漢に朝貢して金印を授かった |イ]国をはじめ、1世紀から2世紀における倭の様子が伝えられている。 問 空欄ア]イ]に入る語句の組合せとして正しいものを、次の0~ 0のうちから一つ選べ。 [04·追) 0 ア帯方 イ 狗奴 イ 狗奴 イ 奴 イ 奴 の ア 帯 方 0 ア 楽浪 0 ア 楽浪 5 年代が判明する列島内最古の文字資料の一つは、 福岡県の志賀島で発見 された金印である。そのことに関連して、この時代の遺跡について述べた 文として正しいものを, 次の①~0のうちから一つ選べ。 [08· 本) 0 温暖化のため海面が上昇していたので、 現在では海岸から離れた地 に貝塚が発見されている。 O 半地下式の窯を作り. 硬質で灰色の土器を焼成していた跡が見つか っている。 0 ナウマン象やオオツノジカの化石とともに. 狩猟や解体に用いられ たと考えられる石器が出土している。 0 集落には, 防衛的機能を備えていたと考えられる何重もの環濠や。 見張り用の建物の跡が見つかっている。 6 邪馬台国の卑弥呼に関して述べた文として誤っているものを、 次の①~ 0のうちから一つ選べ。 [04·追) 0 車弥呼は呪術を用い, 宗教的権威によって政治を行った。 0 卑弥呼の政治は, 「男弟」によって補佐されていた。 0 邪馬台国では, 身分は王族と大人に二分されていた。 0 邪馬台国では, 租税の制度があった。 じゃじゅつ 7 卑弥呼に関する次の史料について述べた文と して正しいものを, 下の① ~0のうちから一つ選べ。 [14.本] もとまた とど 其の国,本亦,男子を以て王と為す。往まること七, 八十年, 倭国乱 すなわ れ, 相攻伐すること歴年, 乃ち共に一女子を立てて王と為す。 名は卑弥 *せい 呼と日う。……年,己に長大なるも. 夫婿(注1)無し。男弟有りて. 国 たす を佐け治む。……景初二年(注2)六月, 倭の女王(注3), 大夫難升米(注 たい いた 4)等を遣わし、郡(注5)に詣らしめ. 天子に詣りて朝献せんことを求む。

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古文 高校生

古文の増鏡という話なのですが写真の現代語訳にある内容の意味がわからないので教えて頂きたいです まず上皇が素晴らしい戦果だと言ったのは武士が光季に自害させたことについてで合ってますか? あとその次の文の「鎌倉でもたいそうあわて騒ぐ」の文でなんで鎌倉が騒いでいるのかが分かり... 続きを読む

ますかがみ」 9増鏡 平藤 -||Hさ 名接尾 格助 係助一 本文分析 さても 院の 思し構ふる 事、忍ぶ と すれ ど、やうやう 漏れ聞こえ て、東 ざま にも 包み隠そうとはするが、しだいに漏れ聞こえて、 (弱一歳寺) 名 格助尊ハ下ニ·体名 バ四:終 格助 サ変·巳 接助一 鎌倉の方でも、 ところで上皇が計画なさることは 格助 ハ四:体 名 ラ変·終 その心づかひ す べかん めり。東 の 代官 に て伊賀判官 光季 といふ 者あり。かつが 京都守護で伊賀判官光季という者がいる 名 格助名 断·用 接助 サ変·終 当·体· 播定·終 代名 格助一 光季は (第一峠寺) 格助 謙ラ四:体 名 接尾一 その用意をするに違いないようだ。 サ下二·用 完:体 接助ラ下二·終 可·体一 つ彼 を 御勘事 の よし 仰せ らるれ ば、御方 に 参る 丘 ども押し寄せ たる に、逃る べき 逃げられる 上皇が](作者→院)(作者→院) 代名 格助 (ロ- ||は 於 素 それをお意らしめになるとお命じになるので、上皇の味方に参上する武士たちが(光季の邸に)押し寄せたので、 (部一峠寺) 名 係助尊サ四·用 過·体」 名 ラ四·用 完·用 過·終 形ク·終格助 係助一 やう なく て、腹 切り て けり。まづ いと めでたし と ぞ、院 は 思し召し ける。 方法がなくて、(自ら)腹を切ってしまった。まずとてもすばらしい(戦果だ)と、上皇はお思いになった や 名 形ク·用 接助 ラ変·体 当·用 接助 名 格助 サ下二·終 当·体 名 断·用 係助 ラ変·体·撮 定·巳 名 格助 係助 形シク·用·ウー 東 にも、いみじう あわて騒ぐ。「さる べくて、身 の 失す べき 時 に こそ あん なれ」 (義時は)「そうなるはずの運命で、我が身が滅びる時であるようだ」 (ヘ) たいそうあわて騒ぐ。 鎌倉でも、 形ク·体名 格助 名 格助 サ四·未 消意·終 格助 ハ四:体一 と思ふものから、「討手 の 攻め来 たり な む時 に、はかなき 様 にて 屍 を さらさ じ。 と思うが、 名 格助カ変用 完·用 完·未 腕·体 名 格助 討手が攻めて来た時に、 つまらない様子で死骸を(人目に)さらすまい (部一事端) 断·未 消·巳 接助一 副係助 代名 格助 名 格助名 格助 係助 マ上ー体副助 (第一部器) 名 格助 謙ヤ下ニ·終接助 公 と 聞こゆ とも、自ら し 給ふ こと なら ね ば、かつ は 我 が 身 の 宿世 を も 見る ばか」 上皇と申し上げても、(上皇)自身が(直接)なさることではないから、一つには我が身の運命を(確かめて)見るだけ 名 サ変·用 尊補 体 名 営 り」と思ひなりて、弟の 時房 と 泰時 と いふ一男 と、二人 を 頭 と し て、雲霞 の 兵を 要談 名格助名 格助 ハ四·体名 格助 名格助 名 格助 サ変·用 接助一 格助 名 格助 容 -回 て の時 と参済という長男とと、 11人を頭と して、 ン タくの軍 図 格助 代名 格助 名 名 格助 謙ラ四·未 (義時→院のいるところ) カ四·未使:用 接助名 格助 サ下二,終 名 格助 名 格助 ワ下ニ·用 接助 ハ四·体 たなびか せ て、都 に 上す。泰時 を 前 に す系 て言ふやう、「おのれ を この度都 に参ら 都に上らせる。(出立の前に)泰時を前に座らせて言うことは、「お前を今回都に参上さ 引き連れて、 [お前は 使,体 名 係助 ハ四:体 名格助 比·用 形ク·体 名 格助 サ変·終 命終 する 事 は、思ふ ところ 多し。本意 の ごとく よき 死に を す べし。人 に 後ろ 見え な む せることは、考えることが多い。希望どおりにりっぱな死に方をしろ。人に背中を見られたならば(=戦いに負けて逃げ出したならば)、 名 格助名 ヤ下二·用 完·未 仮·体 名 格助 名副マ上一終 命·未消·終 名 格助名格助 ハ四:命 形シク·己 名 格助 名」 親の顔を再び見てはならない 君の御 これを最後の別れと思え。身分は低いが、 (この)義時は、主君に対し」 に は、 親 の顔また 見る べから ず。今 を 限りと思へ。卑しけれ ども、義時 格助 名格助 サ変·未 腕 体 名 係助 ラ変·体当·未消·終 名 ため に 後ろめたき 心やは ある。されば、横様の死に を せむ事 は ある べから ず。心 森 理 てやましい心があるか(いやない)。 だから 惨めな死に方をすることはあるはずがない 格助 形ク:用 ハ四·命 を 猛く思へ。おのれ打ち勝つ なら ば、再び 足柄·箱根山 は 越ゆべし」など、泣く一 を勇猛に保て。 気持ち 常 *駅 お前が打ち勝つならば 常 ||Hさ 再び足柄·箱根山は越えて来い」などと、 泣く 言ひ聞かす。「まことに しか なり。また 親 の 顔拝ま む 事も いと危ふし」と 思ひ 泣く言い聞かせる。 常 副名 格助 名マ四·未 線:体 名 係助副形ク·終 へ降 本当にそうである 格助 ハ四·用一 再び親の顔を拝むこともとても危うい」と思っ 名係助 名 格助名 格助ラ四,終 泰時も 鎧 の袖を しぼる。かたみに 今 や限りと あはれに 心細げなり 泰時も鎧の袖(の涙)をしばる 格助 形動ナリ·用形動ナリ·終 たがいに今が最後だとしみじみ心細そうである いて腸

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