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数学 高校生

この問題が分かりません。明日に授業で発表しなくてはなりません。どなたか教えてください。お願いします。

36 難易度 ★★ 目標解答時間 15分 0 を原点とするxy 平面上において,最初、 点 (1,0) にある点Pと点(0, 2) にある点Qが,次の 規則にしたがって移動する。 E [規則] さいころを1回投げて は (a) 1または2の目が出たとき,点Pはx軸方向に +1進み, 点 Qは動かない。 Q₁ (b) 1と2以外の目が出たとき,点Qはy軸方向に +1進み, 点 Pは動かない。 2 S 0 この試行を何回か繰り返したときの点P,Qについて,二つの線 分OP, OQを隣り合う2辺とする長方形の面積をSとする。 (1) さいころを3回投げたとき, S9 になる確率は ア である。 (2) さいころを1回投げたとき, 1または2の目が出るという事象をAとする。 さいころを5回投げ たとき,5回ともAが起こる場合は S ウエ であり, 4回だけ A が起こる場合は S オカ 確 率 である。 (3) さいころを5回投げたときについて考える。 S= ウエ になる確率は キ ク であり, S=オカ ケコ になる確率は 。 である。 また, S≧ ウエ であるとき、点Pのx座標が4以下である条件 サシ 付き確率は [スセソ タチツ である。 (4) さいころを3回投げたときのSの値に対して得点を与える次の二つのゲームがある。 ゲームI: S= 9 であれば9点, その他のときは0点 ゲームII: S = 5 であればα点, その他のときは0点 ただし, αは自然数とする。 二つのゲームを比較し,正の得点を得る確率は テ 。 テ | の解答群 ⑩ ゲームIの方が大きい ① ゲームII の方が大きい ②どちらも同じである 得点の期待値が大きい方のゲームを選ぶことにする。 ゲームII が選ばれるようなαの値の範囲は a≥ である。 (配点 15 ) (公式・解法集 40 42 43 44

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理科 中学生

半円形ガラスの性質の問題が理解できません。解説もないので困ってます。教えてください🙇‍♀️ 問題はマーカー部の(2)です。

次の1,2の問いに答えなさい。 1. かれんさんは,ジュースを入れたコップの中のスト ローが曲がって見えることに気づいた。 このことに疑問 をもったかれんさんは,光の性質を調べるために,次の 実験を行った。 (1)~(3)の問いに答えなさい。 (各2点) [実験1] ① 水平な台の上に,図1のように,光源装置と半円 形ガラスを置いた。光源装置の光を半円形ガラスに 向けて入射させたところ,半円形ガラスの中を進む 光の道すじが観察できた。ただし,図1は実験のよ うすを真上から見たものである。 5 ン 1. t ② 水平な台の上に, 図2のように,半円形ガラスに 接するように鉛筆を立てて置き,矢印 の向きか ら鉛筆を観察した。 1 事の 図1 図2 半円形 半円形ガラス 光の 道すじ ガラス 鉛筆 B 光源装置 観察する向き (1)〔実験1] の① で, 光が折れ曲がる現象を何というか, その名称を書きなさい。 (2)〔実験1〕の②で,観察した鉛筆はどのように見えた と考えられるか,次のア~エから一つ選び、その記号 を書きなさい。 ア イ 半円形 ガラス 鉛筆 合 ウエ A N とと同じ

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古文 高校生

このページの答え教えて欲しいです🙇‍♀️🙏

/50 ・5番8番 思考力・判断力にかかわる問題1 思考・判断 〈P22~25> LO 玉勝間 しぶごぜん 問1 次は、上の歌(I)とその本歌(Ⅱ)である。これを読んで、後の問いに答えよ。 次の文章は、源義経の恋人、静御前に関する記述である。 兄頼朝 と対立し、追われる身となった義経は、雪山で静と別れる。 その後、 静は捕らえられ、鎌倉へと移送される。 しづやしづしづのをだまきくりかへし昔を今になすよしもがな しづかちょ くわいらう むかし物言ひける女に、年ごろありて、 品ならびに御台所、鶴岡の宮に参り給ふついでに、静女を廻廊にめ でて、舞曲を施さしめ給ふ。 去ぬるころより度々せらるといへど も、かたくいなみ申せり。 今日座に臨みても、 なほいなみ申しけるを、 さゑもん じょうすけ 貴命再三に及びければ、仰せにしたがひて、舞曲せり。左衛門の尉祐経 E いにしへのしづのをだまきくりかへし昔を今になすよしもがな と言へりけれど、何とも思はずやありけむ。 (伊勢物語・三十二段) ぎんしゅつ (注1) はたけやまちうしげただどびし つづみを打ち、畠山次郎重忠銅拍子たり。静まづ歌を吟出していく、 吉野山峰の白雪ふみ分けて入りにし人の跡ぞ恋しき 次に別物の曲をうたひて後、また和歌を吟じていはく、 (注2) しづやしづしづのをだまきくりかへし昔を今になすよしもがな はばか ばんぜい 二品仰せにいはく、「もつとも関東の万歳を祝すべきところに、聞こ しめすところを憚らず、反逆の義経をしたひ、別れの曲をうたふ事奇怪 なり。」とて、御けしきあしかりしに、御台所は、貞烈の心ばせを感じ給 ふによりて、二品も御けしき直りにけり。しばしありて、 れんちゅう 簾中より おんぞ (注3) てんとう 里ねの御衣をおし出だして、纏頭せられけり。 50 2 よしもがな方法があればなあ。 (注) 1 しづやしづしづのをだまき――「しづ」は古代の織物の名。 「だまき」は 紡いだ糸を丸く巻いたもの。「しづやしづ」は、自分の名の「静」を「静よ静 よ…」と詠み込んでいる。 歌の美を与えること。 8 蒙求 かん りゅうかん 次の文章は、後漢の時代の名臣劉寛に関するエピソードである。 ある時、劉寛が帝に謁見した際に、酒席が設けられた。 1 統合 次の文章は、ⅠとⅡの歌の共通点や相違点をまとめたものである。 その文章の空欄を補うのに適切な語句を、iは簡潔に書き、in畄は後の選 択肢から選んで書け。 ○どちらの歌も「 【i-7点・各5点】 」と詠んだものである。しかし、Iの歌が、 であり、同じ i であるのに対し、Iの歌は、 ように詠んでいても、その意味合いが異なっている。 ア昔から好きだった相手に思いを伝える歌 イ疎遠にしていた相手に復縁を望む歌 ウ 亡くなった恋人をなつかしむ歌 自分を置き去りにした恋人を恨む歌 いち オ 生き別れた恋人を一途に恋い慕う歌 E: ii iii 2 推論論理傍線部から、女はどのような対応をとったと推測できるか。 簡潔に書け。 <P34~3 問2 る。 言語活動 次の会話は、上の文章を読んで話し合ったときの内容の一部であ これを読んで、後の問いに答えよ。 【8 42

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現代文 高校生

問2が答えと解説を読んでも なんでそうなるのかも解説が言ってる意味も よく分かりません 問2の答えは「中央の出先機関の立場」だそうです

3 基礎編 1 →解答解説は本冊ムページ 評論①『まちづくりの実践』田村明 課題対比の箇所に注目し、その箇所に傍線を引いて読んでみよう。 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。 にぎ 戦国時代の権力者は、軍事要塞として城を築き、その近くに商人や職人たちを集めて町をつ くった。織田信長の楽市楽座はその典型で、都市を充実した賑わいの場にすることに成功した。 権力者が町をつくり住民を住まわせる城下町が日本の都市の主流になる。明治になってからも、 都市は「お上」がつくり、また「企業」がその城下町をつくってきた。 2 西欧では中世から、商工業者を中心にした市民が、権力者である領主から自立して、自治都 市あるいは自由都市という立場を勝ち取って町をつくることが多かったが、日本にはその例は ほとんどない。だから受動的な「住民」はいても、主体的に都市をつくろうという「市民」は 不在である。つい最近まで、都市や町をつくるのは行政権力や企業権力であり、住民はそこで 暮らすだけで、 自ら「まち」をつくるという意識は希薄なままであった。 一九一九年に制定された都市計画法では、計画は「内閣に諮って主務大臣が決定する」と規 定され、都市は国家という「お上」がつくることになっている。自治体は国家の決めたこと を実施する代官にすぎない。この状態が、戦前ばかりか戦後のごく最近まで続く。自治体は住 民代表の立場ではないから、住民から要望や提案が出ても取り上げられない。だから、できる だけ住民の意見を聞かないで、せいぜい説明だけですませたいという気持ちが強かった。 4 これではおかしい。日本は第二次大戦の敗戦によって民主主義国家に生まれ変わったはずだ。55 「地方分権」を言うまでもなく、自治体の自立性は現行憲法でうたわれている。それなのに固有 の風土と歴史のある地域が、全国画一的に各省庁バラバラな施策で振り回されていては、「よ 「い」「まち」はできない。住民から直接公選された首長たちには、法令はなくても自らの判断で 地域と市民のための施策を行う動きが出てきた。 ⑤ 一九六〇年代初頭から、先進自治体では、独自の方法で乱開発による崖崩れの防止、学校用 20 地の確保、排水の整備、あるいは工場の公害にたいする予防措置などを行い始める。また、民 主主義の実践の場としての市民参加のさまざまな試みを始めた。地域の個性や文化を求める地 域ごとの工夫も始まる。都市という複雑で総合的で個性的な計画をするには、国家という画一 的な「お上」では無理である。ようやく、自治体は国の出先機関ではなく、市民の側に立っ て、独自の立場で個性的な地域づくりを自覚するようになった。 9 一般的な自治体は、事態の変動に鈍感で、相変わらず中央の出先機関の立場に甘んじている ものが多かった。直接に生活を脅かされる住民の方が敏感に反応し、さまざまな反対運動がお きる。そのうちいくつかは、自発的な「まちづくり」運動へと発展していった。 7 一九六〇年代になると市民参加をはっきり打ち出す自治体も現れた。 議会や中央官庁から . 25 5 「企業」がその城下町を くって大企業とその 請けの中小企業が、 自 の主要な産業の中心と てかたまって存在する 比喩的に表現した 画一的個性や特徴 ないこと。 類語に「一様 「均一」がある。 一九六〇年代―一九五 年から一九七三年にかけて 「高度経済成長期」に会 まれる。

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