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数学 高校生

下線部の式になる理由がわからないです 問題が長文で申し訳ないです🙇‍♀️

3[配点】(1) 10点 (2) 10点 (3)10点(4) 5点 計35点 「365日のマーチ」という歌がある。その中で「3歩進んで2歩下がる。j というフ レーズがある。そういう地道な動き方をするロボットを開発した。そのロボットの動作の 実験でポイント地点を1秒ごとに進ませた。 1秒後にポイント 1の地点にあり, 2秒後にポイント 2の地点, 3秒後にポイント 3の地点, 4秒後にポイント 2の地点に後退 ((ポイント1の地点から)2歩進み1歩下がる),5秒後 にポイント3の地点, 6秒後にボイント 4の地点… (3歩進み2歩下がる)つぎに(4歩進み3 歩下がる)…( m歩進んで(m-1)歩下がる ) といったように動く。この動きのn秒後の ポイントの数値を左からn番目に書いて数列{a,}を作ると下のようになる。 {a}:1,2,3, 2, 3, 4,5,4,3,4,5,6,7,6,5,4,5, …… 次の問いに答えよ。 (1) 初めてポイント11の地点にいくのは何秒後か答えよ。 (2) 初めてポイント100の地点にいくのは何秒後か答えよ。 (3) ポイント 2n-1 (mは正の整数)の地点を合計何回通るか答えよ。 (4) ポイント n (nは正の整数)の地点を合計何回通るか答えよ。 1|2,3,2 | 3,4,5,4,3 | 4,5,6,7,6,5,4 | 5,… というふうに第n群が(2n-1)個ある群数列と考えると初めて 2n -1が出るのが第 n群の第n項真ん中) よって11が初めて出るのは第6群の第6項 最初から数えて1+3+5+7+9+6=31(番目) 第31項 よって 31秒後 (答) 0 (2) 2n -1 が出るのが第 n群の第n項真ん中) なので 2n はその次の群 (第(n+1群)の第1n項(真ん中の1つ前) よって 100 が初めて出るのは第51 群の第50項 最初から数えて1+3+5+…+99+50= 50×(1+99) + 50=D 2550(番目) 2 第2550項 よって 2550 秒後…(答) (3) 2m-1が初めて出るのが第m群に1回第(m+1) 群から 2回ずつ出て, 最後が第(2m-1)群の最初と最後 よって出る回数は 1+{(2m-1)-m)×2=2m -1(回) よって(2m-1)回通る…· (答) (4) 2m (mは正の整数)のとき第(m+1)群から第 2m 群まで 2回ずつ出る。 よって出る回数は (2m-m)x2=D2m(回) よって2m 回通る (3)の結果も合わせて nは合計 n回出る よって 回通る…(答)

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国語 中学生

お話の最後の◻️には何が入りますか?教えてください。

鉄筋コンクリート三階建ての校舎は、そのころモダンで明るく健康的といわれていたが、像にとってはそれは、いつも暗く、重一 苦しく、陰気な感じのする建物であった 僕の行っていた中学校は九段の第国神社の隣にある。 僕は、全くとりえのない生徒であった。成績は悪いが絵や作文にはずば抜けたところがあるとか、模型飛行機や電気機関車の作 り方に長じているとか、ラッパかハーモニカがうまく吹けるとか、そんな特技らしいものは何一つなく、なかでも運動ときたら学 業以上の苦手だった。野球、テニス、水泳、鉄棒、などもだが、マラソンのように不器用でも誠実に頑張りさえすればなんとかな る競技でも、中途で休んで落伍してしまう。体操の時間にバスケットボールの試合でもあると、僕は最初からチームの外の四人の 邪魔にならぬよう、飛んでくる球をよけながら、両手をむやみに振り回して、「ドンマイ、ドンマイ。」などと、訳も分からず叫ん で、どかどかコートの周りを駆け回っていた。おまけに僕は、全く人好きのしないやつであった。地下室の食堂で、全校生徒が黒 い長いテーブルについて食事するとき、僕は独りでだれよりも先に、お汁の実のいちばんいいところをさらってしまう、そんなと きだけはだれよりもすばしこくなる性質だった。そのくせ食べ方は遅くてきたなく、ソースのついたキャベツの切れ端や飯粒など を担任の先生に調べられるのだが、他の連中は、たばこの粉や、喫茶店のマッチや、けんかの武器になる竹刀のつばを削った道具」 や、そんなもののか見つかりはしないかと心配するのに、僕ときたら同じびくびくするのでも、全く種が違うのだ。僕のポケット からは、折れた鉛筆や零点の数学の答案に交じって、チョークのでよごれた古靴下、パンの食いかけ、鼻くそだらけのハンカチ、 そういった種類の思いがけないものばかりが、ひょいひょいととび出して、担任の清川先生や僕自身を驚かせるのだ そんなとき、清川先生はもう怒りもせず、分厚い眼鏡の奥から冷たい目つきでじっと僕の顔を見る。すると僕は、悔しい気持ち にも、 悲しい気持ちにも、なることができず、ただ心の中をからっぽにしたくなって、目をそらせながら、(まあいいや、どうだっ て。)と、つぶやいてみるのである。 教室でも僕は、他の予習をしてこなかった生徒のようにそわそわと不安がりはしなかった。どうせ僕に当てたってできっこない と思っているので、先生は、めったに僕に指名したりはしない。しかし、たまに当てられると僕は必ず立たされた。教室にいては 邪魔だというわけか、しばしば廊下に出されて立たされることもあった。けれども僕は、教室の中にいるよりは、かえってだれも いない廊下に一人で出ているほうが好きだった。たまたまドアの内側で、先生がおもしろい冗談でも言っているのか、級友たちの一 「わっ」という笑い声の上がったりするのが気になることはあったけれど……。そんなとき、僕は窓の外に目をやって、やっぱり、 (まあいいや、どうだって。)と、つぶやいていた。 校庭は、一周四百メートルのトラックでいっぱいになって。樹木は一本も生えていなかったが、「小路」を一つ隔てた靖国神社の一 木立が見えた。朝、遅刻しそうになりながら人通りのないその「小路」を、急ぎ足に横切ろうとすると不意に、冷たい、甘いにお いがして、足下に黄色い粒々のくりの花が散っていた。 春と秋、靖国神社のお祭りがくると、辺りの様子は一変する。どこからともなく丸太の材木が運び込まれて、あちらこちら積み 上げてあるが、それが一日のうちに組み上げられて境内全体が大小さまざまの天幕の布に覆われてしまう。それは僕らにとって「休 み」のやってくる前ぶれだ。やがて、オートパイの曲乗りゃ、楽隊の音や、少女の合唱や、客を呼ぶ声が、参詣人の雑踏に交じっ て毎日、絶え間なく響き、それらの物音が、土ぼこりにまじった食べ物のにおいの漂う風に送られてくると、校庭で叫ぶ教官の号 令の声さえ闘き取れなくなってしまうのだ。そして、教室の校庭に面するすべての窓からは、そうしたテントの街の裏側をすっか り見渡すことができたのである。 いつか僕は、目立って大きいサーカス団のテントの陰に、一匹の赤茶色い馬がつながれているのを目に止めた。それは肋骨が透一 けて見えるほどやせた馬だった。年取っていれらしく、毛並みにもつやがなかった。けれどもその馬の一層大きな特徴は、背骨の一 ちょうどくらの当たる部分がたいそう湾曲してへこんでいることだった。一体、どうしてそんなに背骨がヘこんでしまうことにな ったのか、僕には見当もつかなかったが、それはみるからに、痛々しかった。 自分一人、廊下に立たされている僕に、その馬について、いろいろに考えることが好きになった。彼はたぶん、僕のように怠けて 何もできないものだから、曲馬団の親方にひどく殴られたのだろうか。殴った後で親方はきっと、死にそうになった自分の馬を見一 てびっくりしたに違いない。それで、ああやっと殺しもできないで毎年連れてきては、御客の目につかない裏の方へないでおくの一 0う。……そんなことを考えていると僕は黙ってときどき自分のつながれたくりの木のこずえの葉を、首を上げて食いちぎった」 りしているその馬が、やっぱり、(まあいいや、どうだって。)と、つぶやいているような気がした。 僕はまた、あの不良少年というものでさえなかった。朝礼の後などに、ときどき服装検査というものが行われ、ポケットの中身 が僕の立った跡にはいちばん多く残っていた。

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現代文 高校生

⑶.⑷.⑺.⑻を教えてください

昨日、久しぶりに“梅雨の晴れ間に、大文字山を登った。先月の激しい雷雨で土砂が“クズれ、 足もとが悪いところもあって、散歩にしては 。ゲワしい道程である。そのぶん、登り切ったときの爽 快感も格別だ。山頂からの眺めを楽しみに登る人も多い。僕は大体、考えごとをしながら登るので、 山頂に着くとそのまま景色を °一督して引き返してしまうのだが、昨日は珍しく、しばらくぼうっと していた。 すると、遠く彼方に連なる山の緑の中に、キラッと光るものが見える。正体はいまひとつ。判然 としないが、山の中の何かが太陽の光を反射しているのだろうと思う。それが、キラッキラッと、繰 り返し光る。僕は遠くのその光が、遠くに見えるということが何とも不思議に思えて、ただ。ギョウ ふした。 太陽の光が何かに当たって跳ね返り、その光の粒子が空中を伝わって。フクザツな物理化学的過 程を引き起こし、結果として、脳内にある活動のパターンが生成していく。この脳の活動によって、 僕の「見える」という経験が生み出される。~大雑把に言えば、これが 科学的な説明になるだろうか。 しかし、だとしたら、なぜ山の風景は「目の前」にではなくて、遠くに、ずっと向こうに、「あ そこに」はっきり見えるのか。僕が見ているのが山の中の光そのものではなくて、そこから空中を伝 わり、目の中にまでやってきた光の粒子なのだとしたら、なぜ僕にいま「見える」のは、その到来し てきた日の前の粒子ではなくて、身体のずっと向こうの、遠くの、山の中の、まさに「あそこの」光 なのだろうか。考えれば考えるほど不思議になって、僕はただじっと、その光を見つめ続けた。 いま僕の手前の床の間に、花瓶に生けられたスターチスがある。花は、その花が生けられたまさ に「そこ」にあるように見える。僕は花から到来した光の粒子を見ているというより、その花を、 直に見ているように感じる。手の届かない、日で直接触れているわけではないその花が、その場所 森田真生「白紙」ワークシート*読んで考えたことを、話してみよう* ト (1)-7見える」ということの にありありと、はっきりと見える。 光の粒子と網膜の物理的接触というよりも、もっとはるかに親密な関係を、僕は花と結んでいる ように思える。花が「見える」ということは、どこか深いところで花と直に触れ合っていることだと いうふうに思える。花だけでなく、花瓶と、あるいは山と空と、つまりは環境のすべてと、いつの間 にか僕は心を通わせ合っていて、その「通い合う心」が「見える」「聞こえる」「わかる」ということ を、背景で支えているような気がしてくる。 「見える」ということは実際、今の人類にはとてもまだ言葉にできないような、不思議で奇跡的 な事態なのではないか。あまりに不思議で、あまりに大きな謎なので、(かんら)「当たり前」と いうことにされてしまう。 不思議なことを当たり前のこととして、(すなわて) は前に進めないところがある。 (下とんに)「見える」「聞ごえる」機械は作れないとしても、「見える」ことを前提として、そ の能力を拡張する眼鏡や望遠鏡や顕微鏡を作ることならできる。自力で「わかる」機械はなかなか作 れそうにないが、人の「わかる」力を前提として、それを延長することならコンピュータにできる。 そうして人は、最大の謎を、最奥の深秘をひとまず括弧にくくることにして、不思議の先に、広 大な知と実用の世界を構築してきた。いまや 前提の、すべてを支える原初の不思議の、不思議であることすら自覚されない。 「前提」とすることによってしか、人 い その構築された世界はあまりに壮麗で、足もとの

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歴史 中学生

①から16を、教科書で調べてもわからなかったので教えて下さい。 お願いします🤲🤲

3日明貿易で用いられた証明書を何とよぶか。 の鎌倉幕府の滅亡後,後醍醐天皇が行った天皇中心の新たな政治を何というか。 の将軍のあとつぎ問題をめぐって細川氏と山名氏が対立し, 1467年に起こった戦 次の問いに当てはまる語句を語群から選んで答えなさい。 室町時代 めつぼう こだい かまくら にちみん むろまち あしかがたかうじ 2 きんゆう 3 めるようになった動きを何というか。 ほそかわ やま 乱を何というか。 の観阿弥,世阿弥親子が大成した芸能を何というか。 の雪舟らがえがいた,墨で自然などを表現する絵画を何というか。 ぜ あみ 6 かん あみ せっしゅう すみ 6 歌舞伎 惣 座 狂言 浮世絵 国司 大化の改新 南北朝の動乱 応仁の乱 執権 勘合 院政 朱印状 壬申の乱 水墨画 徳政令 語群 土一挨 守護大名 建武の新政 管領 能 地頭 安土桃山時代 次の問いに当てはまる語句を語群から選んで答えなさい。 9 0室町幕府をほろぼした人物はだれか。 10 の城下の商工業を発展させるために, ①の人物が行った, 営業の自由を認め,市で いち めんじょ の税を免除した政策を何というか。 とよとみひでよし きばん 2豊臣秀吉が経済的基盤を安定させるために, 全国の田畑の面積や土地のよしあし 12 を調べるなどした事業を何というか。 の豊臣秀吉が,農民や寺社から武器を取り上げた政策を何というか。 の豊臣秀吉に仕えた堺の商人で,わび茶を完成させた人物はだれか。 13 さかい ふうぞく 15安土桃山時代に,ヨーロッパの文化から影響を受けて成立した芸術や風俗などを 何とよぶか。 あづちももやま えいきょう 14 とくがわいえやす いしだ みつなり (15 61600年,徳川家康が石田三成らを破った戦いを何というか。 刀狩 一休 桶狭間の戦い 関ヶ原の戦い 天平文化 楽市·楽座 太閤検地 豊臣秀吉 明智光秀 株仲間 千利休 南蛮文化 長篠の戦い 織田信長 16) 語群

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