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英語 高校生

どちらかだけでもいいので教えてください! わからないです💦

総選挙が終わった。私は以前から投票に行くのがあまり好きではない。その根本にあるのは、「致」で はないかと思う。多数決というが、私は数を信用していない。マイナンパーとか「清き一際」とか、白一 分が敷になるのは、できれば勘弁してもらいたい。数は抽象的なもので、投票行動はそれをいわば現実」 化する。そこに何か詐欺めいたものがあるような気がする。お金もその奥型である。お金が抽象だと意一 識している人は、どれくらいいるだろうか 早くネット投票ができるようにならないかと思う。ネットのほうが投票行為の抽象性が明難になるか らである。役票所にわざわざ出掛けていくのは、「現に何かしていますよ」という結を強めるためでは うっかりすると、コンピュータがすべてを置き換える時代が来る。そんな議論が始まった。私自身は そんなことは信じていない。私の子供時代は、鎌倉の街中を牛馬が開歩していた。若い人にそう言って も、ほとんど信じてもらえない。でも、そうだったのである。その牛馬に取って代わったのは車である。 それならコンピュータが人に取って代わっても、べつに不思識はないでしょうが、車とコンピューター の違いは何か、車は運動系としての身体に取って代わった。だからタクシーの運転手さんはつねに運動 不足である。でもコンピュータに取って代わるのは、身体ではない。人の意識活動である 都市とは意識活動の政果である。その世界がコンピュータに置き換えられるのは、ごく自然である。 新聞や雑誌などは、意識活動そのものというしかない。だからネットで置き換えられる。それなら、紙」 操体はなくなるのかというと、なくならない。バソコンが導人されたころ、いまにペーパーレス時代が一 来ると言われた。いまは紙なしどころか、紙だちけである。人はある種の具体性から離れられない。 コンピュータはヒトに取って代わらない。意識活動の一部に取って代わるだけである。社会システム は意識的であることが多いから、それをコンピュータが取って代わる。では社会システム外の人間活動 とは何か。あらためて、それが間われる時代になった 養老孟司『遺言』より 間いちばん重要な二項対立を挙げよ Eそれぞれの具体例を三つずつ挙げよ ないのか

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現代文 高校生

なぜ写真の答えになるのかがわかりません。

5 10 第三語 社会 六山崎 正和『日本文化と個人主義』 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 明治から大正の前半にかけて、日本の知的社会の構造は単純であって、ひと握りのエリートと 大多数の大衆に二分されるだけであった。もちろん、知的な階層性は経済的な階級性とは異なり、 上下の差は漸層的なものであって、かなりの程度に主観的な要素によって作り出される。経済的 な力とは違って、知的な優越性は個人の努力によって達成されやすいし、実際、日本の近代化の 過程で知的なエリート、あるいはエリートだと自認する人間の数は着実に増えて来た。しかし、 この過程を支配していたのはあくまでも二極対立的な価値観であり、一方に エリート、他方に大 衆、いいかえれば「学界」と草の根層を対置する単純な社会の構図であった。 これにたいして、大正後期に始まった知識社会の急激な膨張、いいかえれば、知的な階層性の こ州。 急速な暖味化は、ム皮肉なことに、知識人のあいだにかえって主観的な階層性の意識を増大した。 本来、エリートとは定義上、選ばれた少数者のことであるから、その数が膨張することは一 そのさい膨張したエリート階層のなかに新たな区別の意識が芽ばえ、純粋なエリートとそれに準 ずる人間を階層化しようとするのは、自然な心理の動きであろう。その結果、昭和初年の日本に 現れたのは、エリートとそれに準ずる知的な中間階層、ならびに旧来の大衆層からなる、いわば 1三層構造を持った知的社会であった。 Mどんな場合にも、社会の階層的な区別は、区別によって下積みに置かれた側によってまず鋭く 5 意識される。新たな階層化の出現を意識したのは、いうまでもなく であり、それとともに 急成長を見せた新聞、出版ジャーナリズムであった。一九一七年、ロシアに起った革命は、その なかで活躍した仮体制説な知識人、いわゆるインテリゲンチャの存在を世界に知らしめた。日本 でもこの言葉が輸入され、やがてその短縮型「インテリ」が流行語になるにつれて、これは新し い知的な中間階層がみずからを同定し、呼びならわすための恰好の用語となった。昭和初期の知 識社会は、主として学界に生きる専門研究者と、主としてジャーナリズムに拠るインテリのあい だで、しだいに目に見えるかたちで分裂を深めて行った。新興のインテリの複雑な『自悔の感情 と学界人への反抗心は、昭和二年(一九二七)七月の日付を持つ、「岩波文庫」の発刊の辞にじつ にみごとに要約されている。 の真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。 、もる S かつては民を愚味ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と 美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文一 庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある(フキュウの書を少数者の書斎 と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。 ら流行の社会主義用語をちりばめながら、ここで筆者が直接の敵としているのは、「少数者の書斎8 と研究室」である。はたして、知識と美が特権階級に独占されうるものかどうか疑わしいし、そ れが物質のように奪い返せるかどうかもっと疑わしいが、ともかく、この筆者の眼にある種の知 識人が特権階級のように見えていたことは、確実である。 そして、さらに確実なことは、この将権階級が社会的にどういう地位にあるかは問わず、少な

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現代文 高校生

なぜ、写真の答えになるのかがわかりません!

10 第三調 社会 六山崎 正和『日本文化と個人主義』 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 明治から大正の前半にかけて、日本の知的社会の構造は単純であって、ひと握りのエリートと 大多数の大衆に二分されるだけであった。もちろん、知的な階層性は経済的な階級性とは異なり、 上下の差は漸層的なものであって、かなりの程度に主観的な要素によって作り出される。経済的 な力とは違って、知的な優越性は個人の努力によって達成されやすいし、実際、日本の近代化の 過程で知的なエリート、あるいはエリートだと自認する人間の数は着実に増えて来た。しかし、 この過程を支配していたのはあくまでも二極対立的な価値観であり、一方にエリート、他方に大 衆、いいかえれば「学界」と草の根層を対置する単純な社会の構図であった。 )これにたいして、大正後期に始まった知識社会の急激な膨張、いいかえれば、知的な階層性の 二州。 急速な暖味化は、“皮肉なことに、知識人のあいだにかえって主観的な階層性の意識を増大した。 本来、エリートとは定義上、選ばれた少数者のことであるから、その数が膨張することは一 そのさい膨張したエリート階層のなかに新たな区別の意識が芽ばえ、純粋なエリートとそれに準 ずる人間を階層化しようとするのは、自然な心理の動きであろう。その結果、昭和初年の日本に 現れたのは、エリートとそれに準ずる知的な中間階層、ならびに旧来の大衆層からなる、いわば 三層構造を持った知的社会であった。 Mどんな場合にも、社会の階層的な区別は、区別によって下積みに置かれた側によってまず鋭く6 意識される。新たな階層化の出現を意識したのは、いうまでもなく一 であり、それとともに 急成長を見せた新聞、出版ジャーナリズムであった。一九一七年、ロシアに起った革命は、その なかで活躍した仮体制誘な知識人、いわゆるインテリゲンチャの存在を世界に知らしめた。日本 でもこの言葉が輸入され、やがてその短縮型「インテリ」が流行語になるにつれて、これは新し い知的な中間階層がみずからを同定し、呼びならわすための恰好の用語となった。昭和初期の知 0 識社会は、主として学界に生きる専門研究者と、主としてジャーナリズムに拠るインテリのあい だで、しだいに目に見えるかたちで分裂を深めて行った。新興のインテリの複雑な王自侍の感情 と学界人への反抗心は、昭和二年(一九二七)七月の日付を持つ、「岩波文庫」の発刊の辞にじつ にみごとに要約されている。 I真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。 S。 かつては民を愚味ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と 美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文 庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある(フキュウの書を少数者の書斎 と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。 5流行の社会主義用語をちりばめながら、ここで筆者が直接の敵としているのは、「少数者の書斎s と研究室」である。はたして、知識と美が特権階級に独占されうるものかどうか疑わしいし、そ れが物質のように奪い返せるかどうかもっと疑わしいが、ともかく、この筆者の眼にある種の知 識人が特権階級のように見えていたことは、確実である。 宅して、さらに確実なことは、この将権階級が社会的にどういう地位にあるかは問わず、少な

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現代文 高校生

問5,6解答根拠が全くわかりません。 教えてください!

第三講 社会 六山崎正和『日本文化と個人主義』 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 明治から大正の前半にかけて、日本の知的社会の構造は単純であって、ひと握りのエリートと 大多数の大衆に二分されるだけであった。もちろん、知的な階層性は経済的な階級性とは異なり、 上下の差は漸層的なものであって、かなりの程度に主観的な要素によって作り出される。経済的 な力とは違って、知的な優越性は個人の努力によって達成されやすいし、実際、日本の近代化の LG 過程で知的なエリート、あるいはエリートだと自認する人間の数は着実に増えて来た。しかし、 この過程を支配していたのはあくまでも二極対立的な価値観であり、一方に エリート、他方に大 衆、いいかえれば「学界」と草の根層を対置する単純な社会の構図であった。 これにたいして、大正後期に始まった知識社会の急激な膨張、いいかえれば、知的な階層性の 急速な暖味化は、“皮肉なことに、知識人のあいだにかえって主観的な階層性の意識を増大した。 本来、エリートとは定義上、選ばれた少数者のことであるから、その数が膨張することは 1_ そのさい膨張したエリート階層のなかに新たな区別の意識が芽ばえ、純粋なエリートとそれに準 ずる人間を階層化しようとするのは、自然な心理の動きであろう。その結果、昭和初年の日本に 現れたのは、エリートとそれに準ずる知的な中間階層、ならびに旧来の大衆層からなる、いわげば 1三層構造を持った知的社会であった。 mどんな場合にも、社会の階層的な区別は、区別によって下積みに置かれた側によってまず鋭く 5 意識される。新たな階層化の出現を意識したのは、いうまでもなく一 であり、それとともに N 急成長を見せた新聞、出版ジャーナリズムであった。一九一七年、ロシアに起った革命は、その一 なかで活躍した食体制誘な知識人、いわゆるインテリゲンチャの存在を世界に知らしめた。日本 でもこの言葉が輸入され、やがてその短縮型「インテリ」が流行語になるにつれて、これは新し るリの い知的な中間階層がみずからを同定し、呼びならわすための恰好の用語となった。昭和初期の知 識社会は、主として学界に生きる専門研究者と、主としてジャーナリズムに拠るインテリのあい だで、しだいに目に見えるかたちで分裂を深めて行った。新興のインテリの複雑な「自侍 と学界人への反抗心は、昭和二年(一九二七)七月の日付を持つ、「岩波文庫」の発刊の辞にじつ にみごとに要約されている。 I真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。 S かつては民を愚味ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と 美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文 庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある。フキュウの書を少数者の書斎 と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。 5 流行の社会主義用語をちりばめながら、ここで筆者が直接の敵としているのは、「少数者の書斎0 と研究室」である。はたして、知識と美が特権階級に独占されうるものかどうか疑わしいし、そ れが物質のように奪い返せるかどうかもっと疑わしいが、ともかく、この筆者の眼にある種の知 職人が特権階級のように見えていたことは、確実である。 Caして、さらに確実なことは、この将権階級が社会的にどういう地位にあるかは問わず、少な

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現代文 高校生

なぜ、ハではないのでしょうか?

10 15 25 N ロN P ーU ー T 罪 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 明治から大正の前半にかけて、日本の知的社会の構造は単純であって、ひと撮りのエリートと 大多数の大衆に二分されるだけであった。もちろん、知的な階層性は経済的な階級性とは異なり 上下の差は漸層的なものであって、かなりの程度に主観的な要素によって作り出される。経済的 な力とは違って、知的な優越性は個人の努力によって達成されやすいし、実際、日本の近代化の 過程で知的なエリート、あるいはエリートだと自認する人間の数は着実に増えて来た。しかし、 LO この過程を支配していたのはあくまでも二極対立的な価値観であり、一方にエリート、他方に大」 衆、いいかえれば「学界」と草の根層を対置する単純な社会の構図であった ごれにたいして、大正後期に始まった知識社会の急激な膨張、いいかえれば、知的な階層性の ニに 急速な暖味化は、“皮肉なことに、知識人のあいだにかえって主観的な階層性の意識を増大した 本来、エリートとは定義上、選ばれた少数者のことであるから、その数が膨張することは一 1 そのさい膨張したエリート階層のなかに新たな区別の意識が芽ばえ、純粋なエリートとそれに準 ずる人間を階層化しようとするのは、自然な心理の動きであろう。その結果、昭和初年の日本に 現れたのは、エリートとそれに準ずる知的な中間階層、ならびに旧来の大衆層からなる、いわば 1三層構造を持った知的社会であった。 Mどんな場合にも、社会の階層的な区別は、区別によって下積みに置かれた側によってまず鋭く 意識される。 新たな階層化の出現を意識したのは、いうまでもなく であり、それとともに」 急成長を見せた新聞、出版ジャーナリズムであった。一九一七年、ロシアに起った革命は、その なかで活躍した食体制詞な知識人、いわゆるインテリゲンチャの存在を世界に知らしめた。日本 でもこの言葉が輸入され、やがてその短縮型「インテリ」が流行語になるにつれて、これは新し かっこう い知的な中間階層がみずからを同定し、呼びならわすための恰好の用語となった。昭和初期の知 識社会は、主として学界に生きる専門研究者と、主としてジャーナリズムに拠るインテリのあい だで、しだいに目に見えるかたちで分裂を深めて行った。新興のインテリの複雑な。E自侍の感情一 と学界人への反抗心は、昭和二年(一九二七)七月の日付を持つ、「岩波文庫」の発刊の辞にじつ にみごとに要約されている。 9真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。 かつては民を愚味ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と 美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文 庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある(フキュウの書を少数者の書斎 と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。 流行の社会主義用語をちりばめながら、ここで筆者が直接の敵としているのは、「少数者の書斎 0 と研究室」である。はたして、知識と美が特権階級に独占されうるものかどうか疑わしいし、そ れが物質のように奪い返せるかどうかもっと疑わしいが、ともかく、この筆者の眼にある種の知 識人が特権階級のように見えていたことは、 が確送である。 Capして、さらに確実なことは、この将権階級が社会的にどういう地位にあるかは間わず、少な

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現代文 高校生

わからないぐらいがちょうどいい (最果 夕ヒ:著) この文章 筆者は何を言いいたいのかが明確にはわかりません。 丁寧に教えていただけないでしょうか🙇‍♀️

いが ち ょ うど い い わからないぐ どんなにシェアされたって、私が聞きたいのはそれじゃない、と思う。SNSで教えてもら みに会いたいとも思わない。SNSはつながるだけで「友達」だなんて言うけれど、でも他人 がかき集めた「好きなもの」を見ただけで、その人のことを知ったつもりになるわけに、いか った好きな食べ物、好きな音楽、そんなものを知ったところで私はまだまだきみを知らず、き ないんだ。失礼だろう。 共有したいっていう感情が、ずっとずっと邪魔だった。わからないものは怖くて、みんなが」 避けてしまうから、だから「わかる人だよ」と伝えるためにも、たくさんの自分の事柄を他人」 と共有しなくちゃいけない。みんなの知っているものが私は好きで、みんなの知っているよう」 な友達がいて、みんなの知っているような服を着る。そうやって自分をデフォルメして、他人」 に伝える、理解してもらうという、そういう作業が気持ち悪くて仕方がない。自分のことを伝 えているつもりで、実際には自分をどんどん打ち消して、もうまったく別物にしてしまう。他 人と同じふりをしないと他人といられないのなら、それは、その人はそこにいる必要がないっ てことだ。そんな生き方は悲しすぎる。 言葉は簡単に、すべてを簡略化して、まったく違うものにしてしまう。クラスメイトと毎日 昼食を食べて、音楽の話をするようになった、それだけでよかったのに、その関係性に「親 友」と名付けてしまう。それだけで、きっとなにかが失われていた。自分だけの感情や関係を、 他人に伝えるため、共有するため、たった一つの不思議な形をしていたそれらを、既存の概念」 心押し込んで、余計なものを削り落とした。そうでもしないと他人に伝えられないから。伝え られなかったら、「意味不明な子」って切り捨てられちゃうから。そう必死になっていた。け れど、実際のところ切り捨てたそれらは本当に(「余計なもの」だったのか? 懸命に他人にわ かってもらおうとしている一方で、自分の存在を否定し続けていた。そして、そうやって捨て一 てきたものを、人は永遠に思い出せない。

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生物 高校生

24ページの自然浄化、活性汚泥、 25ページのバイオレメディエーション 3つの違いが分かりません... 全て微生物によって分解されるはたらきなのですか?

D 水中の微生物のはたらき 下水処理場で活性汚泥を用いて汚水を浄化する方法のように, 微生 物などを用いて環境を浄化することを,バイオレメディエーションと いう。バイオレメディエーションには,汚染された場所に外部で培養 した微生物を与えて浄化を行う方法と,浄化させたい場所に養分など を加え,その場所に生息している徴生物を活性化する方法などがある。 タンカー事故などで流出した油によって汚染された海洋を,微生物 の分解作用で浄化することも行われている。 微生物を用いた環境の浄化 は せいぶつ かんきとう 物と同じように分解者としてはたらいている。 [図]富栄養化により微生物が大発 生した川 水中の微生物は,分解者としてどのような役割を果た しているのだろうか。 |図5]原油に汚染された海岸の浄化 作業(アメリカアラスカ州) この原油汚染では、広範囲の海岸にバ イオレメディエーショ 熟品。 水の浄化 川や湖沼,海の中の有機物は,沈殿したり,化学的な作用を受けたり、 微生物によって分解されたりしている。このようなはたらきを自然浄 化という。しかし,家庭や工場から排出された有機物を多く含む汚水 (考2D パイオレメディエーションには、このほかにどのような例があるか,新聞 や図書館,インターネットなどで調べてみよう。また,環境を浄化する際 に化学的な薬品を用いずに微生物を利用することの利点は何だろうか。 した。 ちんでん |いぜんじょう が、川や湖沼,海の中に大量に流れ込むと,水中の硝酸塩やリン酸塩 しょうさんえん えいよう か などの栄養塩類が増加する。この現象を富栄養化という。富栄養化し 工場 た川や湖沼などでは,毒素をつくるシアノバクテリアの一種が大発生 微生物を活性化する ため,養分を注入 することがあり,魚介類などが生息しにくくなる。 (図4の方法なら 地下深く掘って土壌 を取り除く必要が 汚染物質 地表付近の土壌 土壌に生息する 微生物 土壌に生息する 微生物の活性化 かっせい お でい 下水処理場では,活性汚泥を用いて家庭や工場から排出された下水 (有機物を多く含む汚水)を浄化している。活性汚泥は, さまざまな微 水を通しやすい層 (図2]活性汚泥に含まれる微生物 上はボルティケラ(ツリガネムシ,約 350倍),下はマクロビオツス(クマ ムシ,約50倍)。 ないね。 「汚染物質の分解 (浄化) どろじょう 地下水の流れ 生物を多く含む泥状のかたまりで,これを汚水に加えて空気を送り込 み,有機物を分解してから,水を川や海などに戻している。 水を通しにくい層 (図4]バイオレメディエーションの例 土壌に生息する微生物を活性化することで、汚染物質の分解を促進している。 下水に含まれる汚れを |沈殿させる。 活性汚泥を加えて空気を送り込み、下水に 含まれる有機物を微生物に分解させる。 活性汚泥のかたまりを沈殿させ。 上澄み(処理水)と分離する。 最終沈殿池 消毒設備 持続可能な社会)とのつながり 最初沈殿池 生物反応槽 処理水を消毒してから 川や海に流す。 *ビ SDGS 消毒剤」 微生物の浄化作用 空気 まんちょう。 千潟は、満潮時には海面下で,干潮時には陸地となる砂泥地帯で ある。干潟の泥は、活性汚泥と同様のはたらきをしており, 千潟は 水の浄化の場となっている。 千潟では、泥に含まれる有機物や微生物を食料として、カニや貝, 魚などが育つ。さらに,これらを求めて、水鳥などが集まってくる。 微生物が水を浄化することで,干潟には多くの生物が生息できる環 境がつくられている。 かんょう。 下水 (汚水) |図a]谷津干潟(千葉県習志野市) 汚泥」 1. 一部の活性汚泥はもう一度 |生物反応槽で利用する。 まとめ 川や湖沼,海に生息する微生物は,水中の有機物を分解し,自然浄化にかかわってい る。この微生物のはたらきを利用した環境の浄化は,バイオレメディエーションと呼 ばれ,下水処理などで活用されている。 汚泥処理施設へ |図3活性汚泥を用いた下水処理場のしくみ > の 24 1編●1章| 微生物とその利用 25

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情報:IT 高校生

解答と解説お願いします🙇‍♀️

2情報の信頼性 次の情報のうち,「誤っていることがないと考えられる もの」を2つ選べ。 (a) NTT のダイヤル117 の時報 (b) 気象庁発表の天気予報 (d) 学校の先生の意見 (e)雑誌に載っているお店の紹介記事(f) テレビニュースの内容 (C) 友達の意見 (g) 新聞記事 (i) インターネットのウェブページに書かれていること (h)警察のマスコミへの発表 (j) テレビで生中継されている高校野球の試合の映像 3情報の信頼度 情報の信頼度について述べた次の文章の空欄にあてはま る語句を,下の語群から選べ。 情報のまちがいや意図的に操作された情報は,別の情報源からの情報とつき あわせることでとり除くことができる。これを相互確認または( a )という。 このように,ある情報を別の情報で評価することを,情報の( b )とよぶ。 相互確認は,社会のあらゆる場所で作業手順の中に組みこまれている。銀行 窓口で別々の行員がお金を勘定したり,航空機の計器を機長と副操縦士の2 人が確認したりするというのもその一例である。これにより情報の( c )が 格段に向上する。 はじめて利用する情報源の信頼度を判断するときは,政府や公共団体など信 頼できる( d )から保証されている,昔からある商店や出版社などのように 長い期間( e)に使われている,などの観点から見るとよい。 語群)多くの利用者 信頼度 クロスチェック 他の情報源 検証 4情報の種類 次の(1)~(4)の情報を一次情報と二次情報に分類せよ。 (1)自分で見たり,直接調べたりした情報 (2)他の人から聞いた情報 (3)自分がインターネットで調べた情報 (4) ガイドブックに書いてあった情報

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