数学 高校生 4年以上前 この問題の最後の答えは有理化しなくていいんですか? 1 (2) 1+tan°0=- cos'e 1 1+6= cos'0 1 7=- cos'e 1900 傾きー/6 1 cos'0=- O 90°<0<180°で, 1 180° tan0=-V6 より -1 0 cos0<0なので 20- 17 COs0=-- 答え 1--1 sin e より COse tan 0= sin 0=tan0· cose い 80.28180円 自aia 6 7 答え 例題4-5 8 未解決 回答数: 1
数学 中学生 4年以上前 この問題の分母を有理化すると、なぜ 5√2 ━━ (8分の5ルート2) 8 この答えになるのか分かりません教えてください! @ 3 5 √32 Hla 回答募集中 回答数: 0
数学 高校生 4年以上前 大問63の(3)の途中式まで全て教えていただきたいです 答えは2+√14です *62 奴叩 √2-1 (1) a (2) 6 (3) a+b 例題7 2+√3-√5 の分母を有理化せよ。 √2-√3+√5 指針 (√2)+(√3)=(√5) であることを利用して有理化する。 √2+√3-√5__(√2+√3-√5)/(√2-√3-√5) 解答 == √2-√3+√5 (√2-√3+√5)(√2-√3-√5) (√2-√√5)²-(√3)²_4-2√10 2-√1 == == = (√2-√3)-(√5) -2√6 √6 ____10-26_60-2√62/15-2√6 √6.√6 = = 6 6 □ 63 次の式を計算せよ。 1 √5+√3+√ (1) (2) 1+√2-√3 √5+√3-√ √2+√5+√7√2-√5+√7 *(3) + √2+√5-√7 √2-√5-√7 例題 8 x<3のときx²-6x+9 をxの多項式で表せ。 |指針 va² = |a| であることに注意する。 [解答 x2-6x+9=√(x-3)^=|x-3| x<3のとき, x-3<0であるから 与式=-(x-3)=-x+ ✓ 64 次の各場合について -10x+25をxの多項式で表せ (1) x≧5 (2) x<5 未解決 回答数: 1
数学 高校生 4年以上前 ⑴の問題が分かりません。よろしくお願いします。 2 +V2-/3 を簡単にせよ。 1+/2 +/3 ( 実数a, b, 虚数単位iに対し,(a+bi)°=1+/3iが成り 未解決 回答数: 1
数学 高校生 4年以上前 問11で私の求め方は合っていますでしょうか? 15-/2 15-/2 ニ 5-2 3 58 次の式を計算せよ (1) 13 ×65 p.35 Training9 (3) 問10 次の式の分母を有理化せよ。 7+3 7-3 5 1 3+/2 77-/2 9 次の式の分母を有 1 と の大小関係を分母を有理化する。 問11 31ページのo Set Up の 75+/2 75 とによって比較せよ。 1 10 x= V5+2' (1) x°+xy+y 34 2 II 未解決 回答数: 1
数学 高校生 4年以上前 なぜ赤丸がこれになるのですか? 2) 直線1は +y-2=0 と表せるので, 円 C の中心(1, 3)と直線1との距離は 青線」はz+y-2=0 と表せるので, 円 C 【参 点 大値 V2 d 2 V2 V2 V2 =V2 のとき 2 未解決 回答数: 1
現代文 高校生 4年以上前 ⑶.⑷.⑺.⑻を教えてください 昨日、久しぶりに“梅雨の晴れ間に、大文字山を登った。先月の激しい雷雨で土砂が“クズれ、 足もとが悪いところもあって、散歩にしては 。ゲワしい道程である。そのぶん、登り切ったときの爽 快感も格別だ。山頂からの眺めを楽しみに登る人も多い。僕は大体、考えごとをしながら登るので、 山頂に着くとそのまま景色を °一督して引き返してしまうのだが、昨日は珍しく、しばらくぼうっと していた。 すると、遠く彼方に連なる山の緑の中に、キラッと光るものが見える。正体はいまひとつ。判然 としないが、山の中の何かが太陽の光を反射しているのだろうと思う。それが、キラッキラッと、繰 り返し光る。僕は遠くのその光が、遠くに見えるということが何とも不思議に思えて、ただ。ギョウ ふした。 太陽の光が何かに当たって跳ね返り、その光の粒子が空中を伝わって。フクザツな物理化学的過 程を引き起こし、結果として、脳内にある活動のパターンが生成していく。この脳の活動によって、 僕の「見える」という経験が生み出される。~大雑把に言えば、これが 科学的な説明になるだろうか。 しかし、だとしたら、なぜ山の風景は「目の前」にではなくて、遠くに、ずっと向こうに、「あ そこに」はっきり見えるのか。僕が見ているのが山の中の光そのものではなくて、そこから空中を伝 わり、目の中にまでやってきた光の粒子なのだとしたら、なぜ僕にいま「見える」のは、その到来し てきた日の前の粒子ではなくて、身体のずっと向こうの、遠くの、山の中の、まさに「あそこの」光 なのだろうか。考えれば考えるほど不思議になって、僕はただじっと、その光を見つめ続けた。 いま僕の手前の床の間に、花瓶に生けられたスターチスがある。花は、その花が生けられたまさ に「そこ」にあるように見える。僕は花から到来した光の粒子を見ているというより、その花を、 直に見ているように感じる。手の届かない、日で直接触れているわけではないその花が、その場所 森田真生「白紙」ワークシート*読んで考えたことを、話してみよう* ト (1)-7見える」ということの にありありと、はっきりと見える。 光の粒子と網膜の物理的接触というよりも、もっとはるかに親密な関係を、僕は花と結んでいる ように思える。花が「見える」ということは、どこか深いところで花と直に触れ合っていることだと いうふうに思える。花だけでなく、花瓶と、あるいは山と空と、つまりは環境のすべてと、いつの間 にか僕は心を通わせ合っていて、その「通い合う心」が「見える」「聞こえる」「わかる」ということ を、背景で支えているような気がしてくる。 「見える」ということは実際、今の人類にはとてもまだ言葉にできないような、不思議で奇跡的 な事態なのではないか。あまりに不思議で、あまりに大きな謎なので、(かんら)「当たり前」と いうことにされてしまう。 不思議なことを当たり前のこととして、(すなわて) は前に進めないところがある。 (下とんに)「見える」「聞ごえる」機械は作れないとしても、「見える」ことを前提として、そ の能力を拡張する眼鏡や望遠鏡や顕微鏡を作ることならできる。自力で「わかる」機械はなかなか作 れそうにないが、人の「わかる」力を前提として、それを延長することならコンピュータにできる。 そうして人は、最大の謎を、最奥の深秘をひとまず括弧にくくることにして、不思議の先に、広 大な知と実用の世界を構築してきた。いまや 前提の、すべてを支える原初の不思議の、不思議であることすら自覚されない。 「前提」とすることによってしか、人 い その構築された世界はあまりに壮麗で、足もとの 回答募集中 回答数: 0