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数学 高校生

2枚目の問題を教えてください!お願いします🙇‍♀️

次の文章を読んで、ト キルケゴールは、近代の客観的真理を重視するあり方を批判し, 主体的真理を追求するこ と説いた。それによって人間本来の存在の仕方である 「実存」の現出を訴えた。 客観的真 理は理性によってとらえられる、万人にとって普遍的に認識される真理であるのに対して, 主体的真理はAである。 キリスト教的な世界観に強く依拠した生涯を送った彼にとって, そのような実存は、世俗的な人間的集団やそのような集団において共有される倫理感からは 決別し、自身を神の前に一人立つ ( 1 ) として獲得されるものであった。 彼は、それに いたる三つの段階を想定した。 それは(a) 美的実存,倫理的実存, 宗教的実存である。 一方、ニーチェによると, (b) キリスト教の禁欲主義的で平等主義的な倫理観は,自己を より高め、強くなろうとする衝動をもち得ない, または実現し得ない弱者が、そういった衝 動をもち、または実現しうる強者に対していだく怨恨感情である ( 2 )に依拠している という。彼はキリスト教的倫理観や世界観を否定する際に「神の死」 (「神は死んだ」)と いう表現を用いる。 神の死によって, キリスト教的世界観の直線的時間軸は崩れ, 円環上の

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現代文 高校生

何故問5の回答が間違えなのか分かりません

■ 第三問 100| 11 10 =HE] 〔著 第三問 次の文章を読んで、後の問に答えよ。 たとえば、匂いのユートピアといったものがありうるだろうか。 r そもそも匂いというものがそう簡単に馴致されたり管理されたり、ユートピアのような 理想社会の体系のなかにとじこめられたりするものだろうか。 20 5 自然界のあらゆるものは、多かれ少なかれ匂いをもつ。その自然界を脱し、みずからの 自然をつくりなしてきた人間というものもまた、時々刻々、さまざまな匂いを発している 存在である。人間の社会生活そのものが、多種多様な匂いの発生源である。食品や塵芥や 肥料や家畜や乗物や隣人や、家事や産業やゴラクや宗教やイリョウや美容や風俗や、そ の他あらゆるものやことがらの発散する匂いのなかで、人間は人間であることを実現し実 感しているのだともいえる。匂いとは、人間の個と社会につきまといつづける見えない自 然、生理のようなものであろう。 一 的自然とのあ とすれば、いったいどのようにして、このつきまといはびこる奇妙な生理 いだに、人間は、ユートピア的な防御壁を設けることができるのだろうか。 S ユートピアとは何か。文明が、いやすくなくともヨーロッパの都市文明が、成立このか たエイエイとして追いもとめつづけてきた、ただひとつの完璧な社会制度の夢想であり、 A である。ほとんど強迫観念のようなもの、といってよいかもしれない。 人間はかつて森を出て自然を対象化して以来、人間自身をふくむ自然を徐々に改変する ことによって、都市を、文明を、かたちづくってきた。そんな過程がいわゆる〈進歩〉で あったとすれば、その目標、その最終段階がつまり、ユートピアである。 プラトンの『国家』以来、さまざまな時代にさまざまな作品がこの社会形態をものがた り、ユートピアは文学の一ジャンルとして生きつづけることになった。 典型的なユートピストたちの思いえがいた理想社会は、 だがおどろくほどに似たりよっ たりで、かわりばえがしなかった。 千年、二千年をへても、プラトンの『国家』からほと んど〈進歩〉していないように見えるのだ。なるほど各時代にいくらかの独創や逸脱もな いことはなかった。けれども、基本はいつもおなじだったのだ。 四方に防御壁をめぐらし た自己完結的な都市空間。 人工の美や清潔さや便利さや合理性や技術改良やキカ学や統 2 制への愛。人間とその生活は、自動機械のように画一化されている。自由などはない。い や、自由がないということを感じなくなるほどまでに、ユートピアの住民は幸せである。 ユートピストたちはいつも自然を矯正しようとしてきた。彼らは自然の体現する偶然 2 や無秩序やアナーキーを、もっぱら排除しようとしてきた。こうした統制と画一化への意 志は、当然、人間とその社会につきまとう生理的自然にまでおよぶことになる。 いわゆる五感もまた、彼らのユートピア的再構築の対象となるだろう。 まず視覚。これならなんとかなる、とユートピストたちは考えるらしい。完璧にととの えられている理想都市の景観は、すみからすみまで、自然の乱脈さを極力おおいかくした ものである。

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世界史 高校生

穴埋め問題です 分かる方回答お願いします😭😭

"T 1800 10 (2) アヘン戦争 ①経緯 ・ [4 20 30 1790 40 ○清朝はアヘンを取り締まるため、 [ 1 ○イギリスが艦隊を派遣 →→ (2 [3 〕 の締結 (1842) ]の割譲、5港の開港 (上海、広州など)、 自由貿易の実施、賠償金 ※ロシアには沿海州割譲 (3) 太平天国と洋務運動 ① [8 ②戦後 ○領事裁判権、 協定関税 (関税自主権ナシ)、 一方的な [5 ○アメリカ、フランスとも同様の条約 ○イギリスがフランスとともに清と戦い、勝利 ○天津条約 (1858) ○ [7 1800 50 →対清外交に大きな変化がなく、 貿易も思うように伸びず・ (第2次アヘン戦争)〕 (1856) ③ [6 10 60 ) (1860) ・天津など11港開港、 外国公使の北京常駐、 キリスト教布教の自由、アヘン貿易の公 認 九龍半島の南部のイギリスへの割譲 20 70 30 (背景) 増税等の負担に対する民衆の不満 [9 O "10 ○曽国藩・李鴻章が組織した郷勇が外国軍と協力して鎮圧 [11 ] ( 欧米の技術を導入した近代化運動) [12 ]の理念 (技術は欧米より、政治体制 ・ 思想は中国伝統のまま) 総理各国事務衙門の設置 (外交・技術導入担当) . 十分な効果上がらず (4) 日本への通商の要求と対応 18世紀末 1792 1804 80 〕 (キリスト教的宗教結社) の反乱 ( 1851~64) 40 90 1900 [] が広西省で挙兵し太平天国を樹立 (1851) 南京占領(1853) (清朝打倒をめざすスローガン) 50 〕を広州に派遣→アヘンの没収・処分 〕 (1840) 60 天保の [14 ※国内で尊王攘夷論の高まり 70 歴史総合14-① 教p59~60 80 ロシアが毛皮獲得などのために蝦夷地周辺に進出 ラクスマン(ロシア) が根室に来航・ 通商要求 レザノフ(ロシア) が長崎に来航・ ・・・通商要求 ・幕府は拒否→ ロシアは樺太択捉島を襲撃 1820年代~ アメリカの捕鯨船が日本近海で活動、 水・食料を要求 1825 幕府による [13 1842 ] ( 幕府の方針転換) 90 太平洋岸に到達したアメリカは、 中国への往復の途中にある日本に、 石炭・水の補給を認めさせようとして・... 教p61~62 背景にあったのは

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