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古文 高校生

平家物語、「小督」の文章です。 品詞分解が解らないので、品詞分解を教えていただきたいです

しげのり こう 主上恋慕の御思ひに沈ませおはします。申しなぐさめまゐらせんとて、*中宮の御方より、小督殿と申す女房をまゐらせらる。この女房は、 れいぜい *桜町の中納言重教の卿の御娘、宮中一の美人、琴の上手にておはしける。*冷泉大納言隆房卿いまだ少将なりし時、みそめたりし女房なり。少将 はじめは歌を詠み、文をつくし、恋ひかなしみたまへども、なびく気色もなかりしが、さすが情けによわる心にや、遂にはなびきたまひけり。さ れども今は君に召されまゐらせてせんかたもなく、かなしさに、*あかぬ別れの涙には袖しほたれてほしあへず。少将よそながらも小督殿見たてま つることもやと、常は参内せられけり。おはしける局の辺、御簾のあたりを、あなたこなたへ行き通りたたずみありきたまへども、小督殿、「われ 君に召されんうへは、少将いかに言ふとも、詞をも交はし、文を見るべきにもあらず」とて、*つての情けをだにもかけられず。 少将もしやと一首 の歌を詠うで、小督殿のおはしける御簾の内へ投げ入れたる。 さんだい ちが しほがま 思ひかね心はそらにみちのくの千賀の塩釜近きかひなし 小督殿、やがて返事もせばやと思はれけめども、君の御ため御うしろめたうや思はれけん、手にだに取っても見たまはず。*上童に取らせて*坪の うちへぞ投げ出だす。少将情けなう恨めしけれども、人もこそ見れとそらおそろしう思はれければ、急ぎこれを取って、ふところに入れてぞ出で られける。なほ立ちかへつて、 *たまづさを今は手にだに取らじとやさこそ心に思ひ捨つとも 今はこの世にてあひ見んこともかたければ、生きてものを思はんより、死なんとのみぞ願はれける。 しやうとう

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漢文 高校生

マーカーで引いてあるところの書き下し文を教えてください。

練習問題一 次の文章を読んで、後の問いに答えよ。(設問の都合で、送り仮名を省略したところがある。) がった 私はたくさんの人を殺した ☆重要語・基本形 ○相 スル おほシ ルニ くわじん 宋 其相 ますますおそれないその理由にどうしてか は いよいよ 鞅日、「寡 日、「寡人所殺 所殺戮者衆矣。而群臣 主が回ったのは、ふとごとくいく 「王之所罪、尽不善 〇寡人 「わたし」(王侯の自称) 衆 「多い」 カラ 愈不畏。 其故何也。」唐鞅対曰、 「ますます」 ないもの 人ほどのしてるのでしょうか おそねい 〇何也 シテルヲ カラ ルルや クシテ 者也。 罪不善、善者胡為畏。王欲群臣畏也、不若無 良い人と悪い人を区別しないときには? OK 「すっかり全部」 2 911 味はあってるでしょう、間もなく 〇胡為 カラ スニ クンバ レント ルコト ク 弁其善与不善而時罪之。 若此則群臣畏矣。」居無 11 OK # 官が笑えたのは りえないのがた いく ばくモ 〇弁 セリ 「弁別する区別する」 幾何、宋君 殺 鞅。唐鞅之対也 若無対 わきまえる 介 ごともかくノ トと OA与、B 「AとBと」 「このようである」 年 (理解している。 ている) (『呂氏春秋』) 弁別する こたうるねきにしかず (する) L) ○宋王春秋時代の宋の康王。 ぜっ 唐 弁する 人名康王の臣下。 ○居無幾何─間もなく。 (略)

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古文 高校生

古典文法についてです 問2について 「なむ」があるから連体形でア、イ、ウまで絞り、完了の意味のア、イまでは絞ることができたのですがなぜイが答えなのかわかりません。また、私の考え方は合っていますか?

(注4) (注) (注1) 次の文章を読んで、後の問いに答えよ。 (注2) (注3) また、この男、親近江なる人に、 いとしのびてすみけり。 さるあひだに、 この女の親、 気色をや見けむ、くぜち、まもり、いさかひて、日もすこ ついひぢ 暮れば、鎖して、うかがひければ、女は思ひさはり、男あふよしもなくて、かろうじて、 築地を越えて、この男入りにけり。つねに、 もの いひつたへさする人に、たまさかにあひにけり。 さて、それして、A「築地を越えてなむまゐり来 」といはせけるを、親、気色見て、いみじく 騒ぎののしりければ、B「さらに対面すべくもあらず。はや、帰りね」とぞ、 いひいだしたりければ、 C 「ゆく先はともかくもあれ、つゆにてもあ はれと思はるるものならば、今宵帰りね」と、せちにいひいだしたりける。帰るとて、男、 b 3 みるめなみたちやかへらむ近江路は名のみ海なる浦とうらみて とて、帰りぬ。また、女、返し、 (注5) 関山のあらしの風のさむければ君にあふみは浪のみぞ立つ す さりけれど、この男、いらへを = |せずなりにけり。 なにの身の高きにもあらず、 親 かく憎げにいふ、 めざまし。 女も親につつみければ、 てやみぬ。 さ ※『平中物語」(二四 近江守の女の全文。 この男この物語の主人公「平中」。 九世紀~十世紀の人物・平貞文であるといわれている。 2 親近江なる人 親が近江の守である人の娘。 3 すみけり女の家に通い、結婚生活をしていた。 4 みるめなみ「海 (み) 松) (め) 無み」すなわち「(淡水で) 海藻が無いので」。 関山 現在の京都府と滋賀県の境にある逢坂山。 かつては関所が設けられていた。

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歴史 中学生

歴史(古代ー中世)のプリントの確認をして欲しいです。 学校で配られたのですが、答えがなく怪しい所か分からないところもちょくちょくあります。 ぜひ教えてください。 空欄 743年 1221年 1297年 ... 続きを読む

[年代 |57年 |出来事 倭の(奴)国の王が漢に使いを送る 239年 (邪馬台国)の女王(卑弥呼)が魏に使いを送る 593年(聖徳太子が推古天皇の(摂政となる |607年 (小野妹子ら)を(隋)に送る (遣隋使) 630年・・・ 第一回遣唐使を送る 蘇我氏が独断的な政治を行う 不満が高まる (F) SE 645年 (中大兄皇子)と(中臣鎌足 )が蘇我氏を滅ぼす →豪族が支配していた土地を国家が直接支配する(公地・公民) 日本の最初の元号をとって(大化の改新)といわれる 蘇我氏を |668年 (白村江の戦い 倒そう! →新羅・高句麗の連合軍に大敗 |672年 (壬申 の乱 →(天智 天皇の後継ぎをめぐる戦い 大海人皇子(弟) VS大友皇子 (息子) 大海人皇子の勝利 701年(大宝律令・・・唐の律令にならう 律・・・刑罰の決まり 令・・・政治の行ううえでの決まり 1710年 都を(平城京)に移す 方 (町) 723年 税を納めれば一定期間土地を自由に使ってよい 三世一身法・・・ 743年 →開墾があまり進まず (墾田永年私財法)・・・開墾した土地は税を納めればいつまでも私有地 奈良時代の税 (租) 稲 (収穫量の3%) 天皇 太政官 (調)・・・絹糸、布、 特産物 (庸)布(労役10日のかわり) (雑)・・・地方での労役(年間60日まで) 200 )・・・3,4人に1人食料・武器を自分で負担し訓練を受ける 都1年、九州(防人 )3年・ 794年 京都の(平安京)に都を移す 1802年 (坂上田村麻呂)が胆沢城を築く 三 日本で最初の(征夷大将軍に任命される S 894年 菅原道真)が遣唐使を廃止する

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