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生物 高校生

2枚目の写真の『図1は〜』のところなのですが、心臓のイラストの場合は私から見て左は右心房だと覚えているのですが、図1の場合も人の胸部が含まれているから、図でいうAは右心房だと考えるのですか? どなたかすみませんがよろしくお願いします🙇‍♀️

第3章 生物の体内環境 ★ 章末問題4 次の文章を読み, 下の問い (問1~3) に答えよ。 〔解答番号 1 3 ~ (配点 10) 【分】 リョウとカオリは、学校の帰り道に 近年設置場所が増えてきている AED(自 動体外式除細動器) について議論した。 リョウ: AEDって、 最近いろいろなところで見かけるようになってきたよね。病 院とか役所,大型商業施設以外に、コンビニや道端に設置されてることも あるし。 カオリ : そうだよね, 心臓が停止したときに使う機械だから、倒れた人の近くにあ ればすぐに使うことができて便利だよね。 リョウ:ところで,カオリはAED使ったことある?僕は学校の授業で説明された ことがあるけど,実際にはまだ使ったことないんだ。 カオリ:私もまだないよ。でも、使い方ははじめて使う人にも分かるように単純で、 AEDの機械を開けると音声で操作手順を教えてくれるんでしょ? リョウ:そうらしいね, 心臓に電気ショックを与えたり,心臓の拍動が起きている かを調べるためのバッドを2枚からだに貼るみたいだよ。 カオリ ヘー。となると, パッドを貼る位置は重要だよね。違う位置に貼ったらき ちんと作動しなさそうだし,ちょっとスマホで調べてみようかな。 リョウ: どう? AED の使い方書いてあった? カオリ: あったよ。 どうやら, パッドは心臓がないところに貼るみたい。 肺の上部 で洞房結節がある側の胸部の上側に1枚, もう1枚はさっき貼ったところ とは左右逆の腹部に貼るみたいだよ。 あと, AED は心臓マッサージと交 互に使用するみたいだよ。 リョウ:なるほど。心臓は確か、胸の左側にあるんだよね? じゃあ、心臓マッサー ジのときは左胸を強く圧迫すればいいのか。 ア カオリ:心臓は左胸ではなくて、胸の中央にあるよ。 大動脈につながる心臓の の筋肉が発達しているから,左胸にあると思う人は多いみたいだ けどね。あと,心臓のすぐ下には肋骨(アバラ骨)の分かれ目にある胸骨の すぐ下に小さい骨があるから,小さい骨のあるところから指3本分くらい 上を圧迫しないといけないんだよ。 リョウ 心臓の位置, 間違えていたか。 危なかった。 カオリはしっかりと学校の授 業を聞いているんだね。 僕が倒れたときは, カオリに蘇生してもらえば安 心だね。 是非頼むよ! 下の図1はヒトの前面から見た胸部, 腹部を模式的に示したものである 脊椎 図1 ヒトの胸部, 腹部を前面から見たとき 鎖骨 胸骨 ・肋骨 (アバラ骨)

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日本史 高校生

至急でお願いします。

答えはすべて解答欄に書きなさい。 [1] 近世社会の成熟と幕藩体制の動揺に関し、次の各問いに答えなさ [1] い。 [思・判・表] (1) 享保の改革と経済の発展について、 各文の空欄にふさわしい語句 を解答欄に書き入れなさい。 (教科書 P.166~P.168 参照) 1716年, 紀州藩主 (①) が8代将軍となり、 享保の改革が 始まった。 この時代は、 手工業生産にも変化が見られ, 京都の西 陣から高機が伝わると, 北関東では問屋商人が原料や資金を農家 前貸し 製品を受け取る (②)も現れた。 学問の世界では, 江戸の儒学者 (3) が中国古代言語を研究して古典の解釈を 試み、 また、政治・経済などへの造詣の深さから ( ① )の政治 顧問にも就任した。 彼の説く学問は経世論として確立され、幕藩 体制に動揺のきざしが見えるとさらに盛んになり、弟子の ( ① )は、 藩による商業活動や専売制の必要を論じるなど, 後世にも通じる 経済論を展開し、江戸の政治、経済思想上に名を残している。 (2) 近世社会の成熟と危機の始まりについて、各文の空欄にふさわしい 語句を解答欄に書き入れなさい。 (教科書 P.170~P.174 参照) (1) (2) e 2 ④ ① 3 © A (3点×12) 庶民の初等教育機関である(①)は, 18世紀半ばから19 世紀半ばにかけて増加・普及した。 文化面では、文人画の世界で 秀作を残しながら、 俳句の世界でも活躍した(②)が現れた。 同時代の画家には, 動植物を題材とする優れた作品を多く残した (③)もいる。 浮世絵の分野では, () が多くの美人画を描き人気を博した。 日本の古典を研究する (5)では、賀茂真淵や本居宣長が,文献学的な研究を発展させた。 政治の世界では、10代将軍家治の時代に老中を務めた (⑥) が, 商人の経済力に着目した財政再建に 取り組んだが、賄賂政治の批判を受けたり、相次ぐ天災や凶作で「(⑦) の大飢饉」が発生するなど, 社会 不安が広がる中, 失脚した。 農村でも変化が見られ、18世紀半ばには有力な百姓の中から農村工業や商業な どの多角的経営を始める (⑧)が各地に登場した。

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