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国語 中学生

3番・4番・7番が分かりません。わかる方いましたら教えてください

10 10×2 配 10 10×2 10 20 読む力をのばそう】読む 字数指定のあるものは 句読点や記号も一字と数えなさい。 次の詩を読んで、下の問いに答えなさい。 V く 10の「ウソ」はそれぞれ何を表しているか。空欄 0には一字、@には二字のことばを書きなさい。 ウソ 自宮の名前 ではないこと ウソという鳥がいます ウソではありません ホントです ホントという鳥はいませんが 「ウソをつかない人はいない」を、意味を変え ずに、次の文の空欄に合うように書き換えなさい。 *誰でも、 Tン tn |ものである。 「涙ながらのウソ」の内容に合うものを次から 一つ選びなさい。 ァ明らかにウソとわかるウソ。 ウソをつくと エンマさまに舌を抜かれる なんてウソ まっかなウソ ィ まるで見てきたようなウソ。 ゥ たいそう真実味のあるウソ。 ウソをつかない人はいない というのはホントであり ホントだ というのはえてしてウソであり H ホントとウソがまざったウソ。 「なにがホントで/どれがウソゃら」のあとに 補えることばを、十字以内で考えて書きなさい。 冗談のようなホントがあり 涙ながら なにがホントで どれがウソやら 5°「自分でうなずくために」、「私」はどうするのか 次の空欄に入ることばを書きぬきなさい。 ソがあって 水をすくう |に両手のひらを重ね、 そと息を吹さかける そこで私はいつも 水をすくう形に両手のひらを重ね そっと息を吹きかけるのです 6この5連の詩を内容のうえで二つに分けるとした ら、どこで分けられるか。次から一つ選びなさい。 このあたたかさだけは ウソではない と ア 1-2345 ィ 12|345 自分でうなずくために 123|45 H 1234|5 記述式トレーニング書く 7この詩の中で、「私」が確かに「ホント」だと感 じているものは何か。詩の中のことばを使って、三 十字以内で書きなさい。 わ (川崎洋「ウソ」より)

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現代文 高校生

この問題の答えは5だったのですが全く意味がわかりません。教えてください。

(日点) |三 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。 ことばに寂しくなると、北原白秋の「桐の花」をひらく。白秋 自身の表現を借りるならば、「一寸触つても指に付いてくる六月 の標格の花粉のやうに」ことばの花がこぼれ落ちてくる。 春の島な鳴きそ鳴きそあがあかと外の面の草に日の入る夕 巻頭のこの一首は、白秋の歌に対する思いを、象徴しているかの ようだ。(春の鳥よ たはらはくしゃ しゅ ろ 私はおまえの鳴き声ではなく、おまえを包み、鳴かせようとする B_をこそ歌にしたいのだ。) ように思われる。「桐の花とカステラ」の中の「私には鳴いてる小 鳥のしらべよりもその小鳥をそそのかして鳴かしめるまでにいた る周囲のなんとなき空気の提へがたい色やにほひがなつかし だ」ということばとそれは響きあう。 。そんな短歌観を宣言している 昔、理科の時間に、空気の動きを観察する実験があった。どう やってその流れを追うかというと、透明な箱の中に煙をいれて、 その煙の動きを空気の動きとして観察するのである。煙とは物理 的に言うと固体で、細かい粒であるらしい。それを、気体である 空気にくっつける。 白秋の歌のことばも、その煙の粒のようなものではないだろう かと思う。目に見えない空気に、たくさんたくさんことばの粒を くっつけて、その流れを表現する。そしてそのことば自身も、煙 のように淡いことば。 返り、せきこんでしまうほどの煙がうずまいている。 D_文字という箱の中で、ときにはむせ それが私

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現代文 高校生

5番の問題が分からないので教えて下さい!

10 凝凝覆 :V G るソ性思自 ャ A この道をたどった議た わるいは言は、ある日の夕方、ふと空た ているのに気づく。浮く星に、風にかき消されそうだけど、僅かな輝きは失われ ることがない。でもその光は果てしなく遠くにある。君はその時の、そんな気持 てのくのを める時がある。ちぎれた行 ちを忘れないでいてほしい。それは時を経て、繰り返し君の上に現れる。それは いつか読んだ小説の中にもあったし、山崎まさよしの歌の中にもある。あるいは 一千二百年前の『万葉集』の中にでも。 調べる。行ってみる。確かめる。また調べる。可能性を考える。実験してみる。 失われてしまったものに思いをはせる。耳を澄ませる。目を凝らす。風に吹かれ る。その一つ一つが、君に世界の記述の仕方を教える。 私はたまたま虫好きが高じて生物学者になったけれど、今、君が好きなことが そのまま職業に通じる必要は全くないんだ。大切なのは、何か一つ好きなことが一 あること、そしてその好きなことがずっと好きであり続けられることの旅程が、 飛くほど豊かで、君を一瞬たりとも飽きさせることがないということ。そしてそ れは静かに君を励まし続ける。最後の最後まで励まし続ける。 SE …が高: (1墜) ルりポシカミキリの青。その青に震えた感触が、私自身のセンス·オブ·ロ 娘田 前a トン 凝らす 読

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現代文 高校生

問2教えてください!

-J 最瀬朋子「白いタンポホ| 敗女は何か不思議なものを見るように手のひらの上の野菜片」 を見つめ、そして一つつまんで金網の中に差し入れた。金網の一 中の住人は押し合いへし合いしながら、少女のもとへやってき」 た。女の子はそれきり私のほうを見ようともせず、ぼりぽりと」 音を立ててえさを食べるうさぎに、じっと見ほれていた。 ずいぶん人見知りする子だな、と思ったが、別にフユカイで」 はなかった。私自身、かつてそんな子供だったから。 今の私を知っている人は、きっとだれも信用しないに違いな一 いが、昔の私は、本当におとなしく「 的な子供だったのだ。 いつも本ばかり読んでいた。でなければ、文字どおり夢みた」 いなことばかり空想していた。何年生のときだったか、保健体 育の教科書の中で、それらの行為が(逃避〉という冷ややかな一 言葉で片づけられていることを知り、私は深く傷ついた。 そしてまた、算教で教わった「集合」のガイネンは、私を悲一 しくさせた。あるとき配られたプリントには、きれいな花が印一 刷してあった。さまざまな条件で、花たちを分類していくのだ。 花びらが四枚の青い花はずっと残り続け、最後に「花」とい う条件でひとくくりにされるまで放っておかれていた。 あの青い花が私には悲しかった。自分に似ているとも思った。 赤い花、黄色い花、花びらが五枚ある花……。 ([ななつのこ」) 海恋し「-|かぞへては少 165 m A

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現代文 高校生

問4教えてください!問5合ってますか?

もぎけんいちろう 茂木健一郎「どうすれば「ひらめく」のか」 京都の銀閣寺から南に下る「哲学の道」は、哲学者·西田幾 多郎が散歩をしながら思索にふけったことで有名である。 私も、京都に行くたびに、「哲学の道」を散歩する。ムズカシ イことをいろいろ考えようとするのだけれども、何もひらめか」 ない。やはり、私は西田に比べてアタマが悪いんだな、と思っ ていた 、私だって、ふだんから全くひらめきがないわけでは ない。歩いているときにひらめくことがヒカクテキ多いような一 気がする。それも、特別な道ではなく、毎日通っている家から 駅までの道を歩いているときに、ひらめきが訪れるようである。 なぜだろう、と考えているうちに、なるほど、と思った。 私が「哲学の道」を歩くと、周囲の景観についつい注意を奪わ れてしまう。脳が、今まさに見えている光景をニンシキするの に精いっぱいになって、その他のことをする暇がなくなってし まうのである。それに対して、毎日歩いている道ならば、もは や目新しいものもないから、思索に集中することができるとい うわけだ 西田幾多郎は、毎日のように「哲学の道」を歩いていたから」 こそ、さまざまな思索にふけることができたのではないか。京」 都のあの B明婚な道だけが、哲学の道なのではない。毎」 日の生活の中で歩いているありふれた道こそが、私たち一人一 人にとっての“哲学の道,なのである。 (居の中の人生」) あさのあつー メ 短想 /50|

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英語 高校生

問4分かりますか?教えてください🙇‍♂️

もぎ けんいちろう 茂木健一郎「どうすれば「ひらめく」KJ 京都の銀閣寺から南に下る「哲学の道」は、哲学者·西田幾 多郎が散歩をしながら思索にふけったことで有名である。 私も、京都に行くたびに、「哲学の道」を散歩する。ムズカシ」 イことをいろいろ考えようとするのだけれども、何もひらめか ない。やはり、私は西田に比べてアタマが悪いんだな、と思っ ていた 、私だって、ふだんから全くひらめきがないわけでは一 ない。歩いているときにひらめくことがヒカクテキ多いような 気がする。それも、特別な道ではなく、毎日通っている家から 駅までの道を歩いているときに、ひらめきが訪れるようである。 なぜだろう、と考えているうちに、なるほど、と思った。 私が「哲学の道」を歩くと、周囲の景観についつい注意を奪わ れてしまう。脳が、今まさに見えている光景をニンシキするの に精いっぱいになって、その他のことをする暇がなくなってし まうのである。それに対して、毎日歩いている道ならば、もは や目新しいものもないから、思索に集中することができるとい うわけだ こそ、さまざまな思索にふけることができたのではないか。京一 都のあの一B_明娼な道だけが、哲学の道なのではない。毎 日の生活の中で歩いているありふれた道こそが、私たち一人一 人にとっての“哲学の道,なのである。 西田幾多郎は、毎日のように「哲学の道」を歩いていたから SCS (脂の中の人生) あさのあ

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