学年

質問の種類

国語 中学生

どんな感じで書けばいいかわからないです 例文を載せて欲しいです🙇🏻‍♀️

⑤ 次の【課題文1】【課題文2】を読んで、後の問いに答えなさい。 【課題文1】 私が体験したフィンランドの教育の良さは、何よりそのシンプルさにある。入学式や始業式、終業式、運動会などの学校行事がない。 授業時間は少なく、学力テストも受験も塾も偏差値もない。統一テストは、高校卒業時だけだ。服装や髪型に関する校則も制服もない。 部活も教員の長時間労働もない。日本では、「学校、家庭、地域」と言うが、フィンランドには教育に関して地域という考えはなく、さ まざまな連絡協議会、青少年育成委員会など、学校を取り巻く煩雑な組織がない。 (岩竹美加子『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』) 【課題文2】 自由と民主主義社会に生きていく”良き市民〟を育成することが教育に課せられた重要な使命です。このために、学校社会が一般社会 と異なってはならないのです。 われわれ一般のふつうの市民は、相当に細かい法律や規則の中で生活しています。しかし、一般の善良な市民は、それらをほとんど意 識して生活してはいません。よく考えてみれば、これらの法律や規則があってこそ、われわれ一般市民の快適な生活が守られているので (加藤十八『ゼロトレランス 規範意識をどう育てるか』 問傍線部「私が体験したフィンランドの教育の良さは、何よりそのシンプルさにある」とあるが、「フィンランドの教育」が「シンプ ル」になる要因として考えられることを【課題文1】の中から一つ取り上げ、 解答欄①に書きなさい。また、解答欄①で答えたことに ついて、【課題文2】の内容に触れながら、あなたの考えを解答欄 ② に百字以上、百五十字以内で書きなさい。 条件 原稿用紙の正しい使い方に沿って書くこと。 10

解決済み 回答数: 1
理科 中学生

2枚目の問題を解くために質量パーセント濃度を求めるのは分かるんですけど、物質がaは17.0でbは15.8で考えるのかがよく分からないです💦

9 (1) エタノール500 水 15cm を混ぜて、混合物の質量を 3 身のまわりの物質について調べるため、次の 〔実験1〕と〔実験2] を行った。 測定したら19.0gであった。これを図のように枝つきフラ スコの中に入れて加熱し、出てきた液体を3cmずつ3 試験管に集めた。 それぞれの試験管にふくまれるエ タノールと水の割合を調べたところ、1本目の試験管の 液体にふくまれるエタノールの割合が最も大きかった。 0 17.9 7.0 40 60 80 20 18.0 18.3 18.7 19.1 19.6 15.8 30.7 53.0 83.5 122.5 [実験2] ① いろいろな温度で水50.0gに溶ける物質A, B の最大量を調べたところ、 表のように なった。 (2) 物質 A,Bを17.0gずつとり、別々のピーカーに入れ,それぞれに50.0gの水を加え て水溶液の温度を20℃にした。 このとき, 物質Aは全部溶けたが,物質Bは溶け残り が生じた。 3 ②の物質Aのビーカーを加熱し、水溶液の体積が半分ぐらいになるまで水分を蒸発 させたところ, 水溶液の中に細かい結晶ができた。 ④物質Bを80.0g とってビーカーに入れ, 50.0gの水を加えて水溶液の温度を80℃にした。 濃度 このとき、 物質Bは全部溶けた。 表 0.8 [温度 [℃] 5 (4.0 物質 A [ g] 物質B[g] 100 A B 17.0 17.0 とけた 280 INV PIDE 15g 次の (1) から (4) までの問いに答えなさい。 [実験1]に用いたエタノールの密度は何g/cm か。 最も適当なものを,次のアからエまでの中か ら選んで, そのかな符号を書きなさい。 ただし, 水の密度を1.0g/cm とする。 ア 0.8g/cm3 イ1.0g/cm3 1.3 g/cm³ エ 1.5g/cm3 ・温度計 たけのこり 20€ 110 X 15 (2)〔実験1], 1本目の試験管の液体にふくまれるエタノールの割合が最も大きいことを確認した 方法として最も適当なものを、 次のアからエまでの中から選んで、 そのかな符号を書きなさい。 ア/3本の試験管から, それぞれの液体を同量ずつ蒸発皿にとり、火を近づけて燃え方を調べる。 イ3本の試験管の後ろに白い紙を置き, 色がついているかどうかを調べる。 3本の試験管にスチールウールを入れて, 気体が発生するかどうかを調べる。 3本の試験管に息をふきこみ, 白くにごるかどうかを調べる。 枝つき フラスコ -水 17.0 190 to

回答募集中 回答数: 0
数学 中学生

解説お願いします!

えなさい わたしたちを揺さぶり動かす力をもちつづけてきた映像の世界が、ここにきて急速に、デジタル映像の世界へ 変わってきました。そのデジタル映像への転換は、思いがけないことに、いままで映像が日常的につくってきた、 わたしたちの物の見方、感じ方、考え方を変えていく方向を指しているように、わたしには思えます。 映像の世界にデジタル技術が導いたのは、驚くほどの大画面と、驚くほど精緻な映像がもたらした、新たな「風 景」の発見です。遠くの遠くまでも、細部の細部までも、きわめて鮮明な映像が感得させるのは、これまではずっと、 背景でしかなかった「風景」こそが、実はこの世界の主人公であるということです。 おおざっぱ 映像がわたしたちの物の見方、感じ方、考え方を動かすようになったのは、大雑把に言えば、二十世紀の百年 の時代です。モノクロからカラーへ、写真、映画、テレビ、ビデオとつづいてきた、アナログによる映像の世界 において、主人公だったのは、有名無名を問わずつねに人であり、人間が世界の主人公でした。 もっぱら人が世界の主人公としてとらえられてきた時代は、逆に言えば、人もまた「風景」の一部にほかなら ないということが忘れられてきた、そういう時代でもあります。そうしてそれは、アナログによる映像の世界で、 極端なまでに凝縮した部分に雄弁に語らせる、クローズアップという手法が多用されてきた、そういう時代です。 クローズアップされた人の映像は、ぬきさしならないほどわたしたちの物の見方、感じ方、考え方に影響をあ たえてきました。 ニュースでも、ドラマでも、映画でも、スポーツでも、あるいはごく個人的な写真やビデオでも、 まず求められてきたのは、つねに効果的なクローズアップの映像であり、忘れがたいクローズアップの映像が、 わたしたちの物の見方、感じ方、考え方にのこした影響は少なくありません。 そのクローズアップの魔術は、しかし、遠くの遠くまでも細部の細部までもきわめて鮮明なデジタルの映像で は、すでに全能ではなくなってきているのではないでしょうか。 クローズアップではなく、その逆に、たとえば空撮のように、「風景」全体をイッキョにとらえるときにもっ とも効果的な映像を、デジタル映像はもたらします。 そうして、「風景」 に対しての、広がりをもったきわめて 鮮明な感覚をよびさます力を、デジタル映像の視覚は秘めています。 まなざ 全体と細部を、同時に見わたすような、「風景」に対しての、広がりをもった鮮明な感覚をよびさますというのは、 しかし、実は、新しい技術の魔術というものなどではなくて、むしろ「風景」への眼差しを遠ざけてきたクロー ズアップの時代以前の視覚を、原初的なまなざしというものを、いまここに取り戻してゆくということだと、わ たし自身は思っています。 (長田弘「なつかしい時間」による) おさだ ひろし (注) ○ 精緻=きわめてくわしく細かいこと。 ○ 空撮 =空中から地上を撮影すること。

回答募集中 回答数: 0
数学 中学生

解説お願いします!

えなさい わたしたちを揺さぶり動かす力をもちつづけてきた映像の世界が、ここにきて急速に、デジタル映像の世界へ 変わってきました。そのデジタル映像への転換は、思いがけないことに、いままで映像が日常的につくってきた、 わたしたちの物の見方、感じ方、考え方を変えていく方向を指しているように、わたしには思えます。 映像の世界にデジタル技術が導いたのは、驚くほどの大画面と、驚くほど精緻な映像がもたらした、新たな「風 景」の発見です。遠くの遠くまでも、細部の細部までも、きわめて鮮明な映像が感得させるのは、これまではずっと、 背景でしかなかった「風景」こそが、実はこの世界の主人公であるということです。 おおざっぱ 映像がわたしたちの物の見方、感じ方、考え方を動かすようになったのは、大雑把に言えば、二十世紀の百年 の時代です。モノクロからカラーへ、写真、映画、テレビ、ビデオとつづいてきた、アナログによる映像の世界 において、主人公だったのは、有名無名を問わずつねに人であり、人間が世界の主人公でした。 もっぱら人が世界の主人公としてとらえられてきた時代は、逆に言えば、人もまた「風景」の一部にほかなら ないということが忘れられてきた、そういう時代でもあります。そうしてそれは、アナログによる映像の世界で、 極端なまでに凝縮した部分に雄弁に語らせる、クローズアップという手法が多用されてきた、そういう時代です。 クローズアップされた人の映像は、ぬきさしならないほどわたしたちの物の見方、感じ方、考え方に影響をあ たえてきました。 ニュースでも、ドラマでも、映画でも、スポーツでも、あるいはごく個人的な写真やビデオでも、 まず求められてきたのは、つねに効果的なクローズアップの映像であり、忘れがたいクローズアップの映像が、 わたしたちの物の見方、感じ方、考え方にのこした影響は少なくありません。 そのクローズアップの魔術は、しかし、遠くの遠くまでも細部の細部までもきわめて鮮明なデジタルの映像で は、すでに全能ではなくなってきているのではないでしょうか。 クローズアップではなく、その逆に、たとえば空撮のように、「風景」全体をイッキョにとらえるときにもっ とも効果的な映像を、デジタル映像はもたらします。 そうして、「風景」 に対しての、広がりをもったきわめて 鮮明な感覚をよびさます力を、デジタル映像の視覚は秘めています。 まなざ 全体と細部を、同時に見わたすような、「風景」に対しての、広がりをもった鮮明な感覚をよびさますというのは、 しかし、実は、新しい技術の魔術というものなどではなくて、むしろ「風景」への眼差しを遠ざけてきたクロー ズアップの時代以前の視覚を、原初的なまなざしというものを、いまここに取り戻してゆくということだと、わ たし自身は思っています。 (長田弘「なつかしい時間」による) おさだ ひろし (注) ○ 精緻=きわめてくわしく細かいこと。 ○ 空撮 =空中から地上を撮影すること。

回答募集中 回答数: 0