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現代文 高校生

文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... 続きを読む

off ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 ⑧ 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑥ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 五日 (解答番号は、第二間で【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~35 です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~間10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイプそのものも、すでに複雑で した経路と水をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係による る種の根源的な喪失とのなかから再発見 再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな なものではなく、あ く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、 な属関係・新有関係を前提としない、旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の前言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが な手掛かり ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、ればふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリア語で柱や壁に傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことはと 定の業界で仲間内だけで使われる僕。 された「グラフィティ」 (Graffiti)を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の、シャッターを呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 落書きが文字だけであれば、それはふつう「ビシャソン」である。 独特の字体に、特のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字が歌やのかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描く)だけのピシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に陥っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊能さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集『夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 や神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二ブロックほど離れた路地に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐに(テッドロックもおそらく気づいていない) この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024 AG-B-1) 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい 関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に (行く春や鳥啼き魚の目は mmm はしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの 想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか で経験した無数の声と文字による橋の過程に携帯用の筆入れと墨壺である立」からとりだされた筆記用具によって 聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このビシャソンとなった芭蕉の句において、過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 ブ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの か、それすらもはや判然とはしない。 ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の Haikaiへと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の図の が、ポルトガル語の 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの時の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。 しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた日録のなかに書き込んでいった。 「の」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。人類学という実践 そのものが異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 ふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 既存の粋を解ょうヒスコ 夢のを「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識のによってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、ことばと文字がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、 「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。 あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの旬が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 primavera não nos deixe pássaros chorum lágrimas no olho do peixe 実験・野心弟で (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)

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古文 高校生

12行目のそのころ、からの現代語訳がわからないです!教えてください。

問傍線部 の解釈と 次の文章を読んで、下の問いに答えよ。 ちから、それぞれ一つずつ (注2) さて遍昭が後には、西行にてこそあなれ。東国へ行脚の際に E ③ 鎌倉を過ぎしに、鶴岡にて群衆の中に紛れゐたりしをその人 からの抜群なるにて、朝やがて見とがめて、営中に請じ、弓 馬、和歌の事などとはれしにかの数々然たる、物にすこしも かからず、思ふままに物語うちして、営中に候ひける三浦 ぎぎぜんくん そのまま見逃して ●作して 当然目をつけて S そのうち目障りに ただちに非難して 容易には手配でき 急には何もせず 981 (注1) 5 はたけやま 3 3P drec 畠山をはじめその外の群をも、人なきごとく思ひけり。朝 もさこそとどめたく思はれけめども、拘留せらるうもなく、 まいて引出物などは、なかなか沙汰にも及ばず、 前にありし銀 猫をしばそのまま受けて出づる時、道の辺に遊びる たる児にとらせてさりぬ。 その後跡をけちて、ふたたび音もせ 10 中途半端に評議 なんの相談もな なまじを出 どうして 問二 傍線部A「何とて言葉に 串れない ざけ (注5) ただ そのころ、高雄の文覚といひし豪猛至極の悪、鎌倉の権を かりて釈門に威を振るかしが、西行か人となりをにくみて、 (注6) しづくしん 木目の前で 「おのれ、もし西行にあひなば、まのあたり辱しめん」と言ひし 150 にある時、西行高雄わたりにて行きくらしける程に、文覚に 15 宿 文覚幸ひとよろこびて、その徒弟に言ひける をぞかりける。 こぶし は、「汝ら見よ。西 行かなら打たん」とて、拳を握 しの て待ちける程に、弟子ども事出で来んとて、疎ましく思ひしに 文覚西行を一目見て、気を奪はれ、しほしほと屈伏しけり。 後 日に弟子ども、「何とて言葉には似給はざりける」と言ひければ20 面まん 文覚「彼がつらだましひを見よ。我をうつべきものなり」と言 ひける。これらにて、その人がら高潔にして、気魄精神ただど にあらざる事を知るべし。」ただ惜しむべきは、儒道世に行はれ ざる故に、かやうの人あれども、真の道を知らず。その質の高 なるままに大かた世をいとひて浮図に帰するこそかしけれ 君を捨て親を捨てて仏に帰して、我が身ひとつをたすけ と思ふは、世をば拾つれども、その心は君にかへ父にかへて も身を捨ててありけり。身を捨てずしては、世を捨つと 人の生 もいふがら地にありて名利をねがふも、世を捨てて極楽。 をねがふも、清湯はかはれど、身の楽を思ふは同じかるべし。 もとよりの人倫を仮と見れば、君父を捨つるはよし]さ 1 もあらばあれ、ただとても捨つるとならば、第一に身の楽を思 心をも捨ててさて名利に離れて見よかし世をのがるるに 及ばず名教中に自然の楽地あるべし。何ぞ必ずしも人倫を 捨て、事物を離るべき。 人倫を捨て事物を離れて、ただ己が往 3 生極楽をねがふは、世を捨つるといへど、いまだ身を捨てえぬ より起こりて、楽欲はなはだしともいふべし。 いつ THI して最も適当なものを、 次 文覚が、頼朝の賞賛を いたのに、急にそれを中 文覚が、仏教界の覇権を たのに、先に敗北を認めた 文覚が、以前から西行 のに、本人に会うなり屈服 文覚が、会見の前には西 見て西行に惚れ込んだこと 文覚が、西行に会う前は 参してしまったことに、 問傍線部B「真の道」につい すものとして最も適当なもの れ一つずつ選べ。 武士道 ②和歌の 「我が身ひとつをたす 「世にありて名利をね 「世を捨てて極楽を ④ 「身の楽を思ふ心をも ⑤ 「人倫を捨て事物を離 問四傍線部「何ぞ必ずしも人倫 も適当なものを、次の①~⑤ ~ うか。 誰が是非とも人間を捨て、 何のために人間を捨て、事 なぜどうしても人間を捨て いったい何が人に人間を捨 どうして必ずしも人間を捨 古文 第1回 「雑」による)

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古文 高校生

古文です。 記述の答え方が分からない為、問2を教えてください🙇‍♀️

問 わりご 次の文章は『土佐日記』承平五年(九三五年)一月七日条の一節である。読んで設 問に答えよ。 今日、破子持たせて来たる人、その名などぞや、今思ひ出でむ。この人、歌 詠まむと思ふ心ありてなりけり。とかく言ひ言ひて、「波の立つなること」と うるへ言ひて、詠める歌、 こゑ 行く先に立つ白波の音よりもおくれて泣かむわれやまさらむ とぞ詠める。いと大声なるべし。持て来たる物よりは、歌はいかがあらむ。 この歌をこれかれあはれがれども、一人も返しせず。しつべき人もまじれれ ど、これをのみいたがり、物をのみ食ひて、夜更けぬ。 この歌主、「┗まだまからず」と言ひて立ちぬ。ある人の子の童なる、ひそ かに言ふ。「まろ、この歌の返しせむ」と言ふ。おどろきて、「いとをかしきこ とかな。ハ詠みてむやは。詠みつべくは、はや言へかし」と言ふ。「『まから ず』とて立ちぬる人を待ちて詠まむ」とて求めけるを、夜更けぬとにやありけ む、やがていにけり。 「そもそも、いかが詠んだる」と、いぶかしがりて問ふ。この童、さすがに 恥ぢて言はず。 しひて問へば、 言へる歌、 行く人もとまるも袖の涙川みぎはのみこそ濡れまさりけれ となむ詠める。かくは言ふものか。ょうつくしければにやあらむ、いと思はず おむなおきな なり。「重にてはなにかはせむ。 手捺しつべし。あしくもあれ、い かにもあれ、便りあらばやらむ」 とて、置かれぬめり。 注 破子食べ物を入れる白木製の容器。当時の弁当箱。 うるヘ――目を潤ませて。 宣言―子供の詠んだ歌。 詠んだる――「詠みたる」の撥音便形。 手捺しつべし― 「手捺す」は署名捺印すること。 傍線部ハニ・ホをわかりやすく現代語に改めよ。〈解答欄それぞれ縦10㎝×横10㎝> 問二二重傍線部イ「いと大声なるべし」には歌へのどのような皮肉がこめられている か。四〇字以内で答えよ。 問三二重傍線部口 「まだまからず」からうかがえるこの人物の心情はどのようなもの であったか。四〇字以内で答えよ。 問四 問題文中の二首の歌とそれらが詠まれた状況についてどのような対照が読み取れ るか。五〇字以内で答えよ。

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国語 中学生

緑のマーカー部なのですが、どのようにして訳すのでしょうか?古文の単語を覚えないと解けないのでしょうか?教えてください🙏

オ、それだけのことはあり、たいそう加持祈祷を行い B「げにあくがるるものになむありける」 ア、たいそう悪い病気が身体から出る人であったなあ イ、たいそうあこがれのものになれたのであったなあ ウ、ほんとうに体を離れさまよい出るものであったよ エ、ほんとうにあこがれのものとなったのであろうよ オ、とてもあこがれられる人であり続けたいものだよ C 「めづらかに厳しきを、夜ごとに見ののしる」 ア、珍しくひどいことを、怨霊の出た夜ごとに見てう わさを立てる イ、珍しくひどいことを、怨霊の出た夜ごとに見て悪 しざまにいう ウ、珍しくりっぱなことを、そのお祝いの夜ごとに見 ては罵倒する エ、珍しくりっぱなことを、そのお祝いの夜ごとに見 て騒ぎ立てる オ、珍しくりっぱなことを、怨霊の出た夜ごとに見て 大声をあげる D「あやしさに、御汨参り、御衣着替へなどしたまひて 「試みたまへど」 ア、疑わしいので、御息所は髪をお洗いになり、お召 物を着替えなどなさって汚れがとれるか、試しな さったが 疑わしいので、御息所は髪をお洗いになり、お召 物を着替えなどなさって匂いが消えるか、試しな さったが ウ、身分が低いので、御息所は髪をお洗いになり、お 召物を着替えなどなさって汚れがつくか、試しな さったが エ、いやしいが、御息所は髪をお洗いになり、お召物 を着替えなどなさって匂いがつくよう、試しなさっ たので オ、いやしいので、御息所は髪をお洗いになり、お召 物を着替えなどなさって匂いが消えるか、試しなさ るので aus

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国語 中学生

国語の問題です 文中の傍線をつけた ア ~ エ のうち、 現代仮名遣いで書いた場合と異なる書き表しかたを 含んでいるものをひとつ選び記号で答えなさい という問題で答えは イ なのですが なぜ イ なのか解説してほしいです 、!!! 写真見にくかったらすみません 、

ウ Bかし、惟面の王と申すみこおはしましけり。山崎のあなたに、 水無 瀬といふ所に、宮ありけり。年ごとの桜の花ざかりには、その宮へなむ おはしましける。その時、右の馬の頭なりける人を、常にておはしま しけり。時間経て久しくなりにければ、その人の名忘れにけり。狩はね むごろにもせで、酒をのみ飲みつつ、やまと歌にかかれりけり。 いま狩 する交野の渚の家、その院の桜、ことにおもしろし。 その木のもとにお イ て、枝を折りて、かざしにさして、かみ、なか、しも、みな歌よみ けり。馬の頭なりける人のよめる。 世の中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし となむよみたりける。また人の歌、 散ればこそいとど桜はめでたけれ憂き世になにか久しかるべき その木のもとは立ちてかへるに日暮になりぬ。 から 惟喬の親王と申し上げる親王がおいでになった。 山崎の向こ う、水無瀬という所に、宮があった。 毎年の桜の花盛りには、そ の離宮へおいでになったのだった。その時、馬の頭であった人 を、いつも連れておいでになった。いまでは、だいぶた時がたった ので、その人の名は忘れてしまった。鷹はそう熱心にもしないで、 もっぱら酒を飲んでは、和歌を詠むのに熱をいれていた、いま をする交野の渚の家、 その院の桜がとりわけ趣がある。その桜の木 のもとに馬から下りて、 桜の枝を折り、髪の飾りに挿して、上、中、 下の人々がみな、歌を詠んだ。馬の頭だった人が詠んだ、それは、 世の中に...... 世の中に桜がまったくなかったならば、惜しい花 が散りはせぬかと心を悩ませることもなく、春をめでる人の心は、 のどかなことでありましょう。) と詠んだのだった。もう一人の人が詠んだ歌、 散ればこそ・・・・・・ (散るからこそますます桜はすばらしいのです。 悩み多いこの世に、 何が久しくとどまっているでしょうか、何も ないではありませんか。だから散るのも当然、ことにわずかの盛 りの桜の華やかさを愛すべきです。) という次第で、その木の下は立ち去って帰るうちに、日暮れになった。 (「新編日本古典文学全集」による)

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古文 高校生

棒線部イの主語、解説のオレンジの線のとこがわかりません。

E きね 744 現古コースを選択した人は解答してください。 せんようでん 【選択問題】 現古漢コース 古文 次の文章は、『風に紅葉』の一節である。大将は妹)(宣耀殿の女御)の病気平癒祈を依頼するため、海津の 住吉神社で高僧と面会するのだが、その際、案内役の神官(本文「男」)に出会う。以下は、それに続く場面である。これを読☆ んで、後の問いに答えよ。(配点 六〇 とのぶ 公卿の座とおぼしき所の御簾巻き 給へば、限りなう ながめおはするにありつる男、奥の障子を開けて、御殿油参らせたる方を見やり しげなる のささやかなるぞゐたる。 いとおぼえなくて、近く寄りて見給へば、十一、二ばかりなる人 20/52 20 の白きに長やかに着て、髪の裾は扇を広げたらんやうにをかしげにて、かたちもここはとおぼゆるところなく、一つづつ。う つくしなどもなのめならず。さるは、わが御鏡の影 矢の 鮮なに神おぼえきこえたる。おぼえなきわざかなとて、御髪かきやりな どし給ふに、この男!立ち去らず、かしこまりゐて申すやうこれは、朝下の御菓子、納言と聞こえさせ給ひし、御あとに とどめき奉らせ給へる若君になんおはします。なにがいが一腹の姉に、兵衛”督と申し侍りけるか女納言の君とて、Bがの 御方に候ひ侍りしが、なごりをとどめて亡せ給ひて後に、生まれ給へるになおしま 納言殿の母上おはせましかば中 りなまし 御忌みだに過ぎぬほどに、競ひ隠れ給ひしに、また、この君生みきこえて、ほどなくそれも亡せ侍りにしかば、母 にて侍りしが、ほどなき袖に玉を包みたらん心地にて、もていたつききこえしも、一昨年亡侍りにし後は、ただなにがしが身 (注1) 一つにもてあつかひ奉りてなん。ことのさまもと思ひ給べて、ただ女房の御さまにてなんあらせ奉る。 (注8) (注9) きせい きほ いかなるたよりもがな。 (注11) このよし奏し侍らんと、御社にても祈誓し申し侍りつるに、かかることを待ちつけ奉りて、喜びながらなん」 とて、うち泣くこ とのさまといひ、この君のあはれげさなどに、君も涙おしのごひ給ふ。 みづからも涙を浮けて、恥ずかしげに思ひてそばみたり。 などか同意などのなかりけんと、ことのりふしは口惜しうおぼゆるを、いみじううれしとおぼす「中納言のと言へば、なほ たりたるに、ただ殿の御子となん披露すべき。さ心得て」 とて、かきなでつつ、うつくしとおぼしたるを、いみじううれしと見 (注1) Bあたり。「この御母宮の御心狭くて、中納言殿も、母上も、その嘆きに耐へず亡せ給ひにけり。あなおそろし。 聞こえてよきこと そば ひろう あらじ」と人のおどしけるゆゑに、申し出でんことをためらひけるに、この御気色を見きこゆるには、例の、世の人の思ひつけご 52 で

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国語 中学生

至急お願いします🙏

理由部分内容表現 六 五四三二 - 1 随想 門外漢にも楽しめる「古語大鑑』 三浦しをん 各段落の内容 wwwww. シリーズは、 記載された事柄を読むと、物語が浮かびあがってきたり、ほかの言葉への連想や類推が働いたりす る。そういう辞書が、私は好きだ。ひとつの言葉についての説明の背後に、歴史や物語を感じ取るこ とができる辞書、とも言えるだろう。 ●説明の背後に、歴史や物語までをもひそませることを可能にするのは、I、その辞書を作った 人々の学識や解釈や研究への真摯な姿勢によっている。つまり、辞書の使用者が、辞書に記載された5 事柄から物語を感知し、想像のツバザを広げるとき、同時に、辞書を作った人々の人生、研究に対す る態度にも、深くガンメイを受け、想像力を働かせていることになる。ルシー wwwwww 「古語大鑑」も、私にとっては「読んで楽しい辞書」である。 もちろん、古典を研究するかたにとっ ては実用性の高い、「使って役に立つ辞書」だろう。けれど、「序言」に記されたとおり、「研究者」と 「それを目標として修学中の若き学徒」を「直接の使用者として想定」している辞書であるため、「古 語大鑑」は専門性が高い。私のように、「研究」 と聞くと気を失ってしまいそうになる門外漢としては、 「古語大鑑」を積極的に使用する機会がまずないのだ。 古典籍を(しかも注釈なしの形で)読むことなど |3| ほとんどないから、「古語大鑑』で引きたい言葉も、あまり思いつけないというわけだ。 しかし、じゃあ門外漢にとっては「古語大鑑」 はつまらないのか、というと、それはちがう。 ペー ジをめくると、編集委員代表である築島裕氏の「序言」 「謝辞にかえて」、編集委員の白藤禮幸氏の「第1 一巻の刊行にあたって」という文章が並んでいる。 この三つの文章を読むだけで、「古語大鑑』にこめ くやられた思い、編纂にタズサわったひとたちの情熱が感じられて、感激と感動がこみあげる。 へんさんハ 辞書は、無機質な書物ではないし、「役に立つこと」のみを念頭に編まれる書物でもない。先人たち の長年にわたる研究、人生経験のすべてがつぎこまれた、後の世を生きるものに対する問いかけであ る。「現段階での研究成果から、私たちはこれが正しいと考え、まだ解明できぬ点はここだと思うが、20 きみたちはどう考えるか。きみたちがこの辞書をもとに研究を深め、新たなる解釈、真実への道のり をたゆまず歩んでくれることを願う。また、私たち自身も生あるかぎり、その道をゆくことを約束す る」。 そういう思いが満載された、編纂者たちの人生を賭した問いかけなのである。 e ●例示 結論 ある。 段落要旨] 本文中の語句で空欄を埋めよ。 話題 37 言葉の説明の背後に、歴史や物語 を感じ取れる辞書が好きだ。 その とき、辞書を1人々の人生や 研究態度にも想像力を働かせてい る。 3字 「古語大鑑」は2にとっても 「読んで楽しい辞書」だ。 編纂者 の情熱が感じられ、感激と感動が こみあげる。 し しです。 辞書は、先人たちの長年の研究や 人生経験がつぎこまれた、 3 を生きるものへの問いかけなので 3 》語注 問 本文中の空欄Ⅰにあてはまる語として最も適当 問五傍線部4の思いの説明として適当でないものを、 。 次から選べ なものを、次から選べ。エツ3点 ① まんまと ② ひとえに③ よもや 8点 ①この辞書を手がかりに研究を深め、真実への道 のりを歩んでほしい。 *古典籍…近世およびそれ以前の 書 問二 傍線部はどのような辞書か。 次の空欄にあて はまる内容を三十字以内で記せ。 記載された事柄を読むと、 ②私たちが正しいと考えることや、まだ解明でき 9点 ないと思う点について考えてほしい。 ③ この辞書に、先人たちの研究成果をふまえて私 たちが考えてきたことを注ぎ込んだ。 物で、評価の定まったもの。 加筆 などをして書物にまとめること。 *編纂・・・材料を集め、整理・ *人生を賭した・・・人生をかけた。 聞 か ■ような辞書。 父の言葉を 漢字問題 辞書を作り終えた今、私たちは若き学徒たちに 研究を託そうと思う。 波線部イ~ハのカタカナの部分 を漢字に直せ。 各点 ロ 問三傍線部2とあるが、ここでは「門外漢」はどの ような人を指すか。 その説明として最も適当なも 次から選べ。 問傍線部Aのように言う筆者の考えとして最も適 当なものを、次から選べ。 9点 6点 ① 古典の研究者を目指す人 ① 辞書の存在意義は、日常生活に役立つことでは なく、学問研究に役立つことにあり、そこにこそ 辞書を読む楽しさがある。 語彙問題もコ ② 古典を楽しんで読む人 波線部abの意味として適当 なものを次から選べ。 ③ 古典の研究者ではない人 ④ 古典の研究をする人 問四 傍線部3とあるが、こうした辞書のありようを 説明した次の文の空欄にあてはまる三字の語を、 本文中から抜き出して記せ。 が高いこと。 ②編纂者をはじめ、先人たちの長年にわたる研究 人生経験のすべてがつぎこまれて編まれた辞書 は、読んでいて楽しい。 辞書に記載された事柄から歴史や物語を感じ取 楽しむことができるのは、その辞書を用いて学 問を深める人だけである。 自分にとって役に立たない辞書のほうが読んで 楽しいのは、内容とは無関係に想像を膨らませる ことができるせいだ。 a 真摯な ①おおらかな 2 まじめな まっとうな b たゆまずに ① 心おきなく 2 あせらずに ③気をゆるめず Wall 5 100字要約のすすめ 筆者が辞書について感じることや考えることを、百字以内でまとめてみよ う。

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古文 高校生

夏休みの宿題で出されたんですけど、よくわかんないので教えてください!!お願いします!

用言のまとめ 解析古典文法 三訂版 2 ? 学習日 11 月 m ①行 ①次の傍線部の用言の品詞名と終止形を答えよ。 ④行 (竹取物語・かぐや姫の生ひ立ち) この子を見れば、苦しきこともやみぬ この子を見ると、苦しいこともおさまった。 名 名 ②詞 品 名 ③詞 品 品 終止形 終止形 終止形 2次の傍線部の動詞の活用の行・種類・文中での活用形を答えよ。 にんじ 仁和寺にある法師、年寄るまで岩清水を拝まざりければ、心憂くお いわしみず 仁和寺にいる法師が、年をとるまで石清水八幡宮を拝まなかったので、残念に かち ぼえて、ある時思ひ立ちて、ただひとり徒歩よりまうでけり。 思われて、あるとき思い立って、たった一人徒歩で参詣したそうだ。 種類 3次の傍線部の形容詞の活用の種類と活用形を答えよ。 うつくしきこと、限りなし。いと幼ければ、籠に入れて養ふ。 (竹取物語・かぐや姫の生ひ立ち) かわいらしいことは、このうえない。とても幼いので、かごに入れて育てる。 種類 種類 活用形 | 活用形 活用形 種類 ①ろうろう 4次の傍線部の形容動詞の活用の種類と活用形を答えよ。 あけぼのの空朧々として (奥の細道・ ②「ちちよ、ちちょ」とはかなげに鳴く、 (徒然草五二) あけぼのの空はおぼろにかすんでいて ②行 活用形 |活用形 活用形 次の傍線部の用言を、文法的に説明せよ。 さて、年ごろ経るほどに、女、親なくたよりなくなるままに、もろ それから、数年たつうちに、女は、親をなくし(生活の)よりどころがなくな いふかひなくてあらむやはとて、 (伊勢物語・二三) 見て、女と一緒にみすぼらしい状態でおられようかと思って、 「ちちよ、ちちょ」と力なげに鳴くのは、 2 e ( 種 活用形 活用形 ⑥次の傍線部の「なる」のうち、用言・用言の一部でないものを 選べ。 ①三月ばかりになるほどに、よきほどなる人になりぬれば、 (枕草 20

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