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家庭学習課題 理科 提出7月/2日(月)_1年 組 番氏名 人参(にんじん)の 29 胡麻 (ゴマ) 生義 (しょうが) 胡板 (こしょう) 唐辛子の赤い 部分(とうがらし) 50 だいだい色の部分 八百屋さんクイズ 30 キャベツ 51 31 カリフラワー 52 皆さんは野菜や果物などを食べて、栄養をとり生きていますね。そのお世話になっている 野菜や果物は、植物の体のつくりの中でどの部分なのか、考えてみましょう。 ピーマンの 食べる部分 ピーマンの中の 白い粒々 胡桃の食べる 部分(くるみ) キウイの緑色の 甘い部分 キウイの中の 黒い粒々 32 53 植物の体のつくりは、 根 葉 花弁 果実 種子 に分かれるのでしたね。 33 54 竹の子 歴珠 柱頭 その他 子房 おしべ やく がく アーモンド 34 55 ゴーヤー(苦瓜) の食べる部分 35 56 次の野菜は、植物の体のどの部分でしょうか。上の の中の語句で答えましょう。 (理科では生物名はカタカナで表しますが、ここでは八百屋さんふうに漢字で表します。) 百合の根と呼ばれ 57 る部分(ゆりのね) 36 銀杏 (ぎんなん) 37 パセリ 58 桃の 食べる部分 例 さくらんぼの 甘い部分 さくらんぼの中に あるかたい粒 赤蕉·ラディッシュ (あかかぶ) 苗の甘い部分 (いちご) 毒の外側の小さい 粒々 紫蘇や大葉 (しそ) 15 38 59 アスパラ 落花生 (らっかせい) 1 16 39 トマトの赤い部分 60 じゅんさい 落花生の 2 かたい殻 大根(だいこん)の 白い部分 唐もろこし (とうもろこし) 17 40 トマトの中の粒々 61 3 トマトの上の 緑色のへた 南瓜の食べる 部分(かぼちゃ) 茄子 (なす) 梅干の酸っぱい 食べる部分 梅干の中の かたい粒 大耕萌 (にんにく) 春菊 (しゅんぎく) 白菜の緑色の 部分(はくさい) 蜜柑 (みかん) 蓮根 (れんこん) 18 41 62 4 じゃが芋 19 42 63 薩摩芋 (さつまいも) 玉葱 (たまねぎ) 5 お茶 (ちゃ) 加球豆 (こーひ一まめ) 20 レタス 43 64 6 21 レタスのしん 44 65 7 米 長葱の緑色の 部分(ながねぎ) 22 45 66 バナナ 牛義 (ごぼう) 西瓜(すいか)の 67 赤くて甘い部分 8 23 長葱の白い部分 46 納豆 9 (なっとう) 腕豆のさや (えんどう) 24 47 68 胡瓜(きゅうり) 萌やし (もやし) 大豆 (だいず) 10 25 腕豆の豆 48 69 小豆 (あずき) メロンの甘い 部分 メロンの中心にあ る白い粒々 11 栗の食べる部分 26 (くり) 70 白菜の白い部分 (わらび) 49 12 栗のいが(外側の 27 とげの部分) 空欄があったら再提出です。がんばろう。 13 28 ほうれん草 14 ブロッコリー

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現代文 高校生

長文問題なんですが、問3問4問7の、文章から答えを見つけ出す問題が分からないので教えて欲しいです、、、

ロ 一古典芸能」そこでは、テレビのスイッチをひねれば容易にお目にかかれる類の、無責任かつ場当り的な芸の意 は消え、水い過去を背負った厳しい芸の様相を帯びてくる。 2この厳しさは、いうまでもなく「伝承」の尊重という事実による。そしてこの態度の根本に、「伝承」とは、ほかな らぬかつての名人達人たちが具現した芸の極意の集成であるとする達意を感じとることが出来る。もともと、芸は磨 かぬかぎり生なものだ。芸と術、そのヨーロッパ流の意識を持たなかった日本の芸術家たちも、芸を磨く体的手段 を、「伝承」に見出してきたということである。 mもちろん、この方式は極めて日本的である。たとえば、以前母が持っていた華道の教科書にそのことを感じた。開 くと、 そこには毛筆で克明に写生された生花の絵がずらりと並んでいた。ただし解説めいた記述ははなはだ簡単で、 残る印象といえば、華道の根本の形式、「天」、「地」、「人」の三文字が、要所要所に点々と記されていたことぐらいだ おた 美力問題2(水の東西) ()の文章を読んで、 後の問いに答えよ。 十近代のヨーロッパの教科書では、こんな簡略は考えられない。第一、生花の素材になる花や葉や木の枝は、一つと して同じ形をしているわけがない。とても画かれたものと同じ形のものを求めようとする方が無理である。そこでも しヨーロッパ方式をやるとすれば、その千変万化を 蒐 集 し、分類し、体系づけるという作業から始まることになる だろう。そういう典型的な例を、僕は和声の教科書でよく知っている。 L小けれども、母の目には、上述した程度の教科書が結構歌い出すというふうであった。一見、それは驚くべきことだ ったが、母にとってはあたりまえで、いうまでもない、教科書を見るまえに、形において千変万化の素材を選択し、 整え、配することによって、バラバラなものがびしりと一体になる様を、先人たちの生花に実感し、またその秘訣を、 手をとられて体験ずみなのである。すなわち、日本の修業方式は、体験がまずさきで、教科書はそれを補足する役割 に置かれている。当然、メモ程度のもので、こと足りるというわけだ。 6日本古来の音楽にも、これと同じことがいえるだろう。もともと「間」とか「節まわし」とか、そういう微妙なも のは、到底ヨーロッパ式の記譜法で捉えられるわけのものではない。今日の三絃用の記譜法も、便法としての意味を一 こえるものではなく、依然師匠と差し向いで、その指や音の動きを、弟子は目と耳とで心得ていくのが本来である。 この体当り的な習得法を、職人たちは「盗む」という。親方はロでは教えてくれないから||というのは、親方自 身もそうして覚えてきたのだから親方の仕事からその技を盗むのである。「盗む」という言葉が、これほど鮮やか な心情を表わす例を、僕はほかに知らない。 cそれからみると、ヨーロッパ方式 は実に懇切丁寧である。体系化されているから、生徒は芸心とかかわりなく、習 得に熱心なかぎり体系に通じることだけは保証され、教師もまた、巨匠名匠たらずとも、教科書を「解説」する役且 が果たせさえすれば、教師としての資格をもつ。そしてこの相違は、おのずから日本とヨーロッパの芸術のありよう をかえていった。たとえば、日本にはテクニシャンは生れないが、ョーロッパにはテクニシャンを生む土壌がある。 そしてまた、日本は[A ]という 絶 に結ばれて、「伝承」の中に自らの形成を見出してきたが、ヨーロッパでは、 [B]を追ってその拡大や、破壊を企てることが出来た。 たが、それ故、どっちが本当でどっちが嘘というわけではあるまい。大切なのはむしろ、ヨーロッパにおいても、 少くとも巨匠たちは、根本の態度においてつねに体験的であったということの方である。 った。 *和声I和声法という法則に基づく和音連結 *1三線=三番線。 『日本の耳』(岩波新書)小倉朗(一九七七年,岩波書店) 開一修線1 「この態度」とは、どのような態度か。十五字以内

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