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理科 中学生

中学一年の理科の応用問題です。 この問題で、AとBとDの柱状図を並べて AはBよりも鍵層が高く、DはAよりも鍵層が高い。 それは、南西方向に傾いているから。 そこまではわかったのですが、どうして A=Cになるのかがよくわかりません。 どなたか理由を教えていただきたいです。 ... 続きを読む

学習日 月 問11問 解答 p.71 p.95で復習 p.95で復習 8 p. 102で復習 (6) 図1の地図に示したA~Dの4地点でボーリング調査を行った。 図2は,A,B, D地点で採取したボーリング試料を使って作成し ちゅうじょうず かたむ かざんばい た柱状図である。この地域では,断層や地層の曲がりは見られず, 地層は,南西の方向が低くなるように一定の角度で傾いている。ま た、各地点で見られる火山灰の層は同一のものである。なお,地図 上でA~Dの各地点を結んだ図形は正方形で、 B地点から見たA地 点は真北の方向にある。 C地点でボーリング調査をすると,火山灰 の層はどこにあるか。 火山灰の層を黒く塗りつぶして示しなさい。 (富山) 図1 北 4 A. + -200m 198 m -196m -194 m B 192m XX 記述 (7) 右の図はれき岩 のスケッチ 190m 図2 E 地表からの深さ m 02468 〔m〕 10 A れきの層砂の層 B D 泥の層火山灰の層 B (6) 地表からの深さ m 10 p.105で復習

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技術・家庭 中学生

この空白のところが分かりません。教えてください。

日本のエネルギー事情 ○生活や経済活動には一次エネルギーが必要となり、 自国内で確保できる比率を【 ] といいます。 ○日本の国産エネルギーは水力、地熱、風力などです。 量としては少なく、1960年には51%を越えてい たエネルギー自給率は、高度経済成長期のエネルギー 消費の増大と共に急激に下がり、 2000年頃からは準 国産エネルギーである原子力エネルギーを含めても 【 1%前後となりました。 2011年の【 】以降は原子力発電 所が停止したのと火力発電が増えたことで、エネルギ ー自給率は急激に下がり、 2014年は【 1%にまで 下がっています。 ※ウランも輸入されているが、 備蓄が容易であること、 使用済燃 料を再利用できることで「準国産エネルギー」と位置づけられる。 ○ 日本は国内で使うエネルギーのほとんどを海外から の 】に頼っており、先進諸国と比べるとエネル ギー自給率はかなり 】といえます。 % 70.0 60.0 50.0 45.0 30.0 20.0 10.6 0.0 700 90 80 70 - 60 50 40 30 20 10 0 日本のエネルギー自給率 高度経済成長期 532 1960 70 80 90 00 05 10 11 12 13 14 Christ 原子力を含む 原子力を含まない 日本 他国のエネルギー自給率 2012年 イタリア ○原子力発電は、燃料や原子炉から【 】が流出する危 険性が伴います。 また使用済みの燃料や設備の廃棄を安全に処 理する技術が確立しているとはいえません。 1000 化石燃料と環境問題 化石燃料は燃やすと二酸化炭素、窒素酸化物、硫黄酸化物などを発生することにより、地球規模の 】や【 などの深刻な 】を 【 】や、大気汚染による [ 引き起こす要因になっているといわれます。 750-- 500 250 原子力エネルギー 1970年代に石油の値段が急激に上がり、 世界経済が混乱す るという 】が2度にわたってありました。 このこ とから【 が低い日本では、石油による火 力発電の割合を減らし、原子力や天然ガスによる発電の割合を増 やしました。 その後も石油エネルギーによる環境破壊や資源枯渇問題を受 円/kWh 42 発電別発電コスト けて、二酸化炭素の排出量が【 40 】 発電時のコストが | 2015年発電コスト ワーキンググループ合 【 】などの理由で原子力エネルギーの利用を推進してき ました。 01 30 東日本大震災 201 10 0 ドイツ フランス イギリ 発電別CO2排出量 975 ▬▬▬▬▬▬▬ イギリス アメリカ ス 742 608 [-CO2/kWh] 2211 石油天然ガス石炭 原子力 水力 火力 火力 火力 13 13 10 11 石油天然ガス石炭 原子力 水力 火力 火力 火力

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英語 中学生

ベストアンサーつけるので 答え合わせお願いします🙇‍♀️ 間違っていたら意味も教えてほしいです🥹

復習テスト 4 1 答えは別冊15ページ 次の ( )内から適するものを選び, ○で囲みましょう。 (1) (When / Because / If ) I got up, it was raining. (2) Please give (I / my / me) some advice. アドバイス (3) His name is Hirotaka. We call (he/his / him) (4) I'm sleepy (because / when / that) Ⅰ went to bed at two. 眠い 246 次の( )内の語句を並べかえて. 英文を完成しましょう。 (1) 私は, 数学はおもしろいと思います。 I think that math is interesting... 季 math "おもしろい : interesting (2) もしひまなら 私を手伝ってください。 Please help me if you. ひまなfree (3) 彼女は彼が先生だと知っています。 She knowo. 得点 050 (4) 彼女は私に彼女の日記を見せてくれました。 She showedime her diary... 4 接続詞など (math / that / interesting / think / is) B2: diary (5) そのニュースは私たちをうれしくさせました。 The news made us happy.. 【各5点 計20点】 (are/ help/you / me / f / free ) are free.. (he / knows / a teacher / is ) he is a teacher. 100点 [各5点 計30点】 (6) 私は彼女に自分の名前を伝えました。 I toldinerimynamen. ( diary / her / me/showed) (us / the news/made / happy ) (my/ Ⅰ / told/ her / name) 3 次の日本文を英語にしましょう。 (1) 今行けば、あなたはそのバスに間に合うでしょう。 You'll I catch the bus if you gonow そのバスに間に合う: catch the bus (2) 彼は忙しいので, パーティーに来られません。 He doeshit came to the party because hets busy (3) 伊藤先生 (Ms. Ito) は私たちにたくさんの宿題を与えました。 Msiito gare wletakotofhome work. たくさんの: a lot of 宿題: homework 【各10点 計50点】 (4) 私は,学校で私たちにはコンピューターが必要だと思います。 I think that we need computers atsclool. 必要である: need コンピューター computers 学校で at (5) 伊藤先生 (Mr. Ito) が教室に入ってきたとき. 生徒たちは着席しました。 Stadtents Sat dawhwhen Mr. Ito. に入ってくる: come into ~ する: sit down (sit の過去形は sat) the classroom. Comeinto 答え合わせが終わったら. 音声に合わせて英文を音読しましょう。 051 ・I knew that Takuya liked dogs. (私は拓也が犬が好きだと知っていました。) I knew that she could swim fast. (私は彼女が速く泳げると知っていました。) -can の過去形 that に続く文に助動詞がある場合は、助動詞を過去形にします。 ・もっとくわしく 「~と思いました」 の文 「私は~だと思いました」 「私は~だと知っていました」と過去のことについて言うときには、動詞の形に注意が 必要です。 that のあとに続く文の動詞も原則として過去形にします。 ・Ⅰ thought that my mother was busy. (私は母は忙しいと思いました。) 23

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現代文 高校生

サイボーグとクローン人間という作品の意味段落分けの仕方が分からないです。本文全てを載せてあります。解説お願いします!

サイボーグとクローン人間 山崎 正和 テレビの教養番組で、アメリカのロボット研究の現状を見た。映像による報告はさすがに生々しく、 改めて文 明の行方について考えさせられた。 研究の一つの方向は、ロボットの精神的な能力を拡張し、判断力や感情さえ持った機械を造ろうという試みで ある。 外形も二足歩行の人体に似せ、顔の表情まで再現する技術が磨かれている。 脳の働きをするコンピュータ がさらに発達すれば、ロボットが人間と手をとって街を歩く日も遠くないという。 もう一つの方向は、人間の身体の一部を機械で置き換え、脳と機械を直結するサイボーグを造ろうという動き である。 これはすでに身体障害者の補助器具として実現していて、 肩の筋肉の指令を受けて動く精妙な義手が発 明されている。 光を感受するチップで失われた視力を回復させたり、衰えた脳の中に記憶装置を埋め込む研究も 行われている。 この努力の究極の姿は、やがて人体から脳だけをそのままに残し、四肢や内臓のすべてを機械で 補強する、人間改造計画に行き着くことになるらしい。 見ていて不思議だったのは、現場の研究者も評論家もこうした研究にきわめて楽天的だということである。 ク ローン人間の研究にはあれほどの嫌悪を示し、 大統領の禁止勧告まで生んだこの国の反応とは対照的だというほ かはない。 クローン人間を忌避させているのは、人間を神の被造物と見るキリスト教の思想だろうが、 その禁忌 が機械的な人間の製造、あるいは改造には及ばないことが、印象深いのである。 合理的に考えれば、 クローン人間の誕生はおよそ非人間的な事件ではない。 それは子が親と同一の遺伝子を持 って生まれることであるが、同一の遺伝子の共有は必ずしも個性の否定にはつながらない。人間の個性は環境や 教育に左右されるところが多く、遺伝子だけで決定されないことは、自然の一卵性双生児を見れば明らかだろう。 さらにクローン人間は人造人間ではなく、卵細胞と体細胞、それに子宮を提供する人間の親がいることを忘れて はなるまい。 そこには当然、家庭が生まれ、親子の愛や葛藤も芽生えるはずであって、子どもが感情の砂漠の中 で育つ心配は少ないのである。 しかもクローン技術が人間に適用される場合、 それが優生学的改良に直結する懸念もかなり薄い。 ある能力を 持った遺伝子が複製されても、能力が強化される理由はなく、それがそのまま子どもに現れるという保証もない。 そこには再び教育の手が加わる必要があるはずだが、その過程で子どもが自我に目覚め、先天的な素質を裏切る 可能性もあるからである。 これに比べると、ロボットやサイボーグははるかに人間の恣意に従いやすく、特定の価値観や世界観の奴隷に なる危険が高い。 肉体の腕よりも強い義手は、 強いことはよいことだという思想の実現であり、より多く環境を 支配したいという無意識の願望の反映だといえる。 脳内に記憶装置を埋め込めば、思い出も忘却も意志の力で操 作することになり、人間は自分の過去すら自分で構築することになる。 クローン技術は生命の法則に対しては受動的であって、細胞核を入れ替えた後の過程に手を出すことはできな い。だが、身体を機械で置き換える技術はどこまでも能動的であり、細部まで人間の思うとおりに造り上げてし まう。しかも注意すべきことは、そうして造り上げた身体はやがて逆転して心に影響を及ぼし、人間の考え方、 生き方を思いがけぬものに変化させるということである。 人間の心がいかに身体の影響を受け、 身体と一体になって生きているかは、毎日の生活の中で実感することが できる。 病気になれば悲観的になり、運動能力が高まれば世界を見下すような気分になる。 これまでも身体の延 長として道具を使いこなし、 機械を発達させたことで人類はどれだけ傲慢になったことだろうか。 もし将来、自 分の身体そのものを機械化して数倍の力を持ち、あるいは人体に似た機械を召し使いにできたら、 人間は自分を 神か超人のように思いなすのではないだろうか。 それが倫理的によいとか悪いとか、今日の文明の中で即断することはできない。 身体が機械になり心が神にな れば、そのときは文明の全体が変わっていて、倫理のものさしも変わっているかもしれない。 しかし確かなこと はこの変化は深刻であり、 二十世紀までの文明を終わらせるおそれさえあるということである。 興味深いという より恐ろしいのは、 現代人がその可能性を十分に自覚しておらず、その無自覚がクローン人間には厳しく、サイ ボーグには甘い価値観のよじれに現れていることなのである。 紛れもなく、サイボーグ肯定の思想の背後にあるのは、近代の脳中心の人間観である。 もっといえば、心と身 体を二つに分け、心は脳に宿っていると考える先入観である。 実は二十世紀後半の哲学はこれに疑問を投げかけ、 心と身体の一体性、相互作用を重視するようになった。 しかし、科学者を含めて大多数の現代人はまだこの二元 論を信じていて、身体を取り替えても心の同一性は守れると感じている。加えて心は脳の専有物だという、 古い 常識から逃れられないでいるのである。 その上に大きいのは、現代人が個人の福祉を絶対視し、現に生きている人の幸福を至上命令と考えていること である。 障害者や高齢者に補助器具を提供し、 身体能力を回復することは正義だという世論を、現代人は疑うこ とはできない。現にサイボーグはそういう善意から研究され始めているのであって、 そうである限りこの研究を 現代文明は非難することができない。 一方、 まだ生まれていない生命、現に生きていない個人を生もうというク ローン技術には、当然この世論の追い風がないのである。 だが困ったことに、身体能力の回復から改善までの道はほんの一歩しかない。 誰しも自分の身体を十分だとは 思っておらず、 十分にしたいと願っているものの、何が十分であるかは誰も知らない。ただ人並みに生きたいと いうつつましい願いが、とかく人並みを超える競争を招くのであって、そのことは今日の消費生活を見れば明ら かだろう。たぶんサイボーグは二十一世紀の「超人」を生むのだろうが、それはニーチェの反俗思想ではなく、 平 的生活を求める庶民のいじらしい願望がもたらすことになりそうなのである。 こんなことを考えながら、私はべつに警世論を張っているつもりはない。 いつの時代にも文明は変わるもの であるし、それも合理的な「進歩」とは無関係に変化するものだろう。 ただおもしろいと思うのは、文明を変える ものが必ずしも冒険的な好奇心ではなく、ある時代に最も常識的な、社会の通念でありうるという逆説である。 人々が「危険」な好奇心を警戒しているうちに、ひそかに安全な良識がそれ自体の足もとを隠してしまう。それが 人間の悲しさというべきか、それこそが尽きない魅力の源泉だというべきだろうか。

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