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古文 高校生

この古文の訳を分かる部分だけでも大丈夫なので教えてほしいです!お願いします(T^T)

二 次の文章は、『枕草子』の一節(本文を一部改変している)で、中宮定子を中心とした場面を描いたものである。居合わせた女房達や、歌のやりとりの様子 が記されている。これを読んで、後の問いに答えなさい。(配点2) (型一) 人州へ) (州の) 人注4) 1J中 宮の五節出ださせたまふに、かしづき十二人、/こと所には女御、御息所の御方の人出だすをばわるき事になむすると聞くを、いかにおぼすにか、宮の御 (注5) でばらからどちなり" J 3 方を十人は出ださせたまふ。いま二人は、/女 院、淑景舎の人、/やがて (注~) (地6) 辰の日の夜、/背摺の唐衣7汗杉をみな着せさせたまへり。女房にだにかねてさも知らせず/殿人にはましていみじう隠して、/みな装束したちて、暗うな wのびと (型)6 (州の) 人注2) (地二) りにたるほどに持て来て着す。赤紐をかしう結び下げて、いみじう愛じたる白き衣、かた木のかたは絵にかきたり。織物の唐衣どもの上に着たるは、まこ (注13)きんだ とにめづらしき中に、童 はまいてすこしなまめきたり。下仕へまで出でゐたるに、殿上人、/上逢部おどろき 興じて、小忌の女房とつけて、小忌の君達 (型2) 2 心もづか そんじゃうびと。 きよう は/外にあて物など言み、/ r瓦節の局を日も暮れぬほどにみなこぼちすかして、/ただあゃしうてあらする、/いとことやうなる事なり、その夜までは、/なほうるはしながらこそあら Anen coL fiひやう系 さもまどはさず、帳どものほころび結ひつつ、こぼれ出でたり。 小兵衛といふが、赤紐の解けたるを、「これ結ばばや」と言へば、 め」とのたまはせて、 現械の中将寄りてつくろふに、ただならず、 びきの味界の水は、ほれるをいかなる組の解くるなるらむ (地円) あしひきの山井の (州9) O. と言ひかく。年若き人の、/さる顕証のほどなれば、言ひにくきにや、返しもせず。そのかたはらなる人どももただうち過ぐしつつ、ともかくも言はぬを、 (地二) nる初 G司などは、/耳とどめて聞きけるに、/久しうなりげなるかたはらいたさに、こと方より入りて、女房のもとに寄りて、「などかうはおはするぞ」などぞさ (注18) (地9) さめくなり。/四人ばかりをへだててるたれば、よう思ひ得たらむにても言ひにくし、まいて歌よむと知りたる人のはおぼろけならざらむは、 かでか、 人柱20) つましきこそはわろけれ。よむ人はさやはある。いとめでたからねど、ふとこそうち言へ。爪はじきをしありくが、いとほしければ

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国語 中学生

国語がほんとうに苦手です、特に自分で文章を作る時です。この問題の場合、皆さんならなんて書きますか?写真見にくくてすみません…

(品) 基本1 ー 石どうしをぶつけて石を割るのは、容易なことではありませんでした。 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 では成功しましたが、その先がさっばり分かりませんでした。ただ割っただ けの石を、どうやって「石器」へと至らしめるのかー|子どもの私たちには、 その知識と技術がなかったのです。大きな石を割ることさえも大変で、それ』 を実現させた私たちは、「その先」が自分たちの経験したことよりもずっと ずっと大変なことになるであろうということを、経験的に察知しました。そ の結果、石器作りは挫折して、私は今に至るまで、「石器の作り方」を知ら ないままです。 子どもの私たちが完成を目指したのは、新石器時代の「磨製石器」と言わ0 れるものです。私は「石斧」のようなものを作ろうとしていました。しかし、 私たちの作ったものは、旧石器時代の「打製石器」にも至らないものです。 「物を作り出す」ということに関して、私たちは旧石器時代人以前だったの ですが、私たちより進んでいた旧石器時代人だって、打製石器を磨製石器に 変える技術を持っていませんでした。それが可能になれば、旧石器時代は終垣 わります。でも、それがなかなか可能にならなかったから、旧石器時代は何 千年も続いたのです。 m今の私たちは「作る」ということに関してあまりにも鈍感になっていて、 「作る」ということが、無数の「出来ない」を克服した結果なのだという ことを忘れています。作ることに失敗したら、その結果は「出来ない」で、a 「作れない」なのです。「作れた!」「出来た!」というのは、その困難を乗 り越えた結果の達成で、だからこそ「出来上がったもの」には、「出来上が るまでのプロセス」が刻まれているのです 、握り拳の倍以上もある大きさの石は、ともかく割れました。そこま おの (橋本 治「人はなぜ「美しい」がわかるのか」から)

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