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生物 高校生

教えてください。なんでATPの材料になるやつが揃ったら呼吸の反応が進むんですか??ATPは有機物なのに。教えてください!!教えてください。。

実践問題 共通テス 35 ミトコンドリアの働き / 呼吸の過程では, グルコースは段階的に分解され,さまざまな物 質に変化して,最終的には二酸化炭素と水にな る。呼吸におけるミトコンドリアの働きを調べ るため,次の実験を行った。 ある植物の緑葉をつぶしてミトコンドリアを 精製し, 密閉した容器に適切な反応液とともに 入れ,反応液中の酸素濃度を測定した。 測定開 反応液中の酸素濃度(相対値) コハク酸とADP ✓リン酸 KADP 02 5 7 10 15 時間(分) (2) 始2分後に,反応液にコハク酸と ADP を加え,その3分後にリン酸を加え た。さらに,リン酸添加の5分後に ADP を再度加えた。図は,この間の反 応液中の酸素濃度変化を示している。なお, コハク酸は、呼吸の過程でグル コースが分解されることによって生じる炭水化物である。 (1)実験開始5分後から反応液中の酸素濃度が急速に低下した理由を、次の 語をすべて用いて簡単に説明せよ。 (2) [ ATP ADP リン酸 コハク酸 ] 実験開始7分後の時点でグラフの傾きが変化したのは、ある物質の不足 によると考えられる。 ある物質として適するものを(1)の語群から1つ選ん で書け。 (10京都大改)

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生物 高校生

呼吸って同化の反応ですか、異化の反応ですか? 「有機物を分解」は異化だけど「ATPを合成」って同化じゃないですか? どなたか教えてください!

前節で学習したように, 細胞の生命活動に必要なエネルギーは,ATP が ADP とリン酸に分解されることによって供給されている。 細胞の生命 活動は絶えず行われており, ATP は常に必要とされている。 細胞の生命 活動に用いられる ATP は, どのようなしくみで合成されるのだろうか。 こ きゅう A 呼吸による ATP の合成 細胞の生命活動に必要な ATP は,細胞によ る呼吸とよばれるはたらきで供給される。 細胞内に取りこまれたグルコ ース(ブドウ糖)などの有機物は,酸素を利用して分解され,最終的に二酸 化炭素と水ができる。 この過程で, 有機物がもっていた化学エネルギーを 利用して, ADPとリン酸を結合して ATP を合成する(図22)。細胞は,こ のようにして合成した ATP を, 生命活動に利用している。 真核細胞の場合, 呼吸のはたらきは, おもにミトコンドリアという細胞 小器官で行われる。 15 Ink アニメーション |細胞 ミトコンドリア i 有機物 有機物 ATP (グルコースなど) エネルギー エネルギー 生命活動 酸素(O2) への利用 二酸化炭素 + 水 ADP +P ADP+P te エネルギー の移動 物質の移動 化学反応 二酸化炭素(CO2) 水 (H2O) 図22 呼吸の概要 Pはリン酸を示している。 TA

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国語 中学生

1.2枚目は問題文で3枚目が問いです。 答えはウなんですけど、なぜウになるか教えて欲しいです。 急ぎでお願いします!

狩猟採集民は、自然の造った動物や植物のおこぼれにあずかって生きている人々である。自然を意のままに制 御するとか、征服しようとかの考えは最初から考慮の外にある。自然は圧倒的に強く、畏怖する以外に仕方のな はな い対象である。人間より圧倒的に強く、畏怖する対象を神と呼ぶならば、自然物にはすべて神が宿っている。従 ってアニミズムは必然的に多神教的になる。 狩猟採集民が、自然の意味づけをアニミズム的なやり方で行ったのは、けだし当然であろう。そこでは自我も また、自然の中の神々とつながっており、死後の自我の平安と永続性は、このような自然観の下で保証された。 もちろん、このような自然観は、個々人がそのつど考えたものではない。言語や自然観は、ある集団に人間が 生まれついた時から、すでに与えられたものとしてある。すなわち、文化と伝統である。強固な文化と伝統の下 では、人はわざわざ、自己とは何かなどと考える必要はない。 文化と伝統に従うのは、心安らかなことであり、人々はこの中で成長し、老い、心安らかに死んでゆく。 ②よ ほどのことがない限り、これを引っくり返すのは難しい。 現代人の自然観は科学技術文明に支配されている。科学技術の中心思想はコントロールである。人々はこの思 想を忠実に生きている。しかし不幸にもこの思想は、死後の自我の平穏も存在も保証しないので、人々は刹那的 に生きざるを得ないのかも知れない。私がいくら「科学は錯覚である」(私は一九九三年に宝島社から同名の本 を出版した)と言っても、さしあたってどうしようもないのである。 何が人々の自然観を変えるのか。様々な要因を述べることができるだろうし、ある場合には無根拠に変わるの かも知れない。しかし、③技術の発明が少なくとも大きなきっかけになることはまちがいなさそうである。 狩猟採集民に起こった最初の重要な技術は、採集物の貯蔵技術である。 貯蔵技術は定住をうながす。大量の貯 蔵物を携帯して移動することは困難だからである。ひとたび定住すれば、食糧ばかりでなく、それ以外の財狩 猟道具、衣服、装飾具)を保持することも容易になるため、持つ者と持たざる者の格差が発生する。 定住は不平 等を産み出すのである。たくさんの貯蔵食糧と財を所有すれば、当然これらを管理する必要が生ずる。 ここに、 コントロールという思考が芽生える。 貯蔵技術の次に人間が発明したのは農耕技術である。農耕は自然との変革管理なしには行えない。 野原や森林 を切り拓いて、田や畑にする。田畑は放っておくと、原野に戻ろうとするから手入れをしなければならない。自 然のコントロールという思想は、ここに確かなものとなる。しかし、自然は簡単にコントロールできるものでは ない。洪水、ひでり、大地震。 これらは現在でも手に負えない。コントロールしたいが、コントロールできない 自然。農耕民は、自然をコントロールしたいという願望と、コントロール不能な自然とのギャップにはさまれ、 ④非定住狩猟採集民とは少し違った自然観をもつようになる。 定住・農耕は自然の上に立つ神の出現と関係があるように思う。関係があるというのは、もちろん、因果関係 があるという意味ではない。 ⑤定住・農耕は、自然の上に立つ神という考えを受け入れやすい精神状態を作った のではないかということである。 アニミズム的な考えでは、自然はそれ自体が神々であった。一方、自然の上に立つ神は、自然を創造し、自然 を制御する。 ⑥このような神は、自然に対する人々のコントロール願望の反映なのではないだろうか。自分たち が制御できない自然を神に託して、神を崇拝することで、自然を間接的にコントロールしたい。 アニミズムにはおそらく真理という観念はない。多数の神々すなわち自然は、自分勝手に好きなことをして、 人間を楽しませたり、困らせたり、殺したりする。人間もまた神々のネットワークの一部であり、死ねば神々と 同化する。 それに対し自然の上に立つ神では、神の行いと考えが自然現象を決定するわけだから、すなわち、これが真理

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