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国語 中学生

初めと終わりってどういう意味ですか。毎回間違えます。

次の文章を読! 再読。再訪。再考。再という言葉を使った日本語を、わたしたちは多く使います。 そういうときの再という言葉には、独特の意味合いがこもっています。 レクリエー ションのレ、リサイクルのリ、あるいはリフレッシュのリ。それは、再び、もう一度 という意味の再です。 □、再考、再生、再読というときには、もっと積極的な意味がこめられていま す。再読とは、読んでもう一度確かめる、あるいは確かにすることであり、再考とい うのは、考えて確かめる、考えて確かにしていくという意味合いをこめて使います。 再というときは、前からあったものをもう一度繰り返すというふうにとらえられが ちですが、そうではなくて、新しい始まり、新たな意味というものを、いま現在のな かにもう一度みちびきいれようという、積極的な意味合いをつよく含めて使ってきた ように思います。 再生というときは、生の確かめなおしであり、昔話や伝承、古い民 話などをもう一度現在によみがえらせることを再話といいます。再という言葉は、こ のように自発的で積極的な意味をもった言葉として、自覚的にも無意識のうちにも使 われてきました。 (長田弘「なつかしい時間」より) おさだ ひろし 1 【内容】独特の意味合いとは、どのような意味合いか。それを説明している部分を 文章中から五十一字で探し、 初めと終わりの五字を抜き出しなさい。 (10点) ②【接続語】 にあ

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作文 高校生

この文章を読んで自我パイをどう分けるか書かないといけないのですが、自我パイというものがよくわからないです。どう分けるのが正解かもわからないです。なんでもいいので何かヒントになるような事を教えてください🙏

自分 兄弟 その他 69 /市町村 かつての日本の社会 自我パイ一人食い型の社会 次の文章を読んで、課題文中にある「自我パイ」の一人食いOK 問題 19 型社会と分け合う社会の特徴を一〇〇字以内で要約し、二つの社会のあ り方をふまえて、あなたは「自我パイ」をどう分ける社会が望ましいと 考えるか、六〇〇字以内で述べなさい。 日本は直系家族類型です。あるいは少し前までは直系家族でした。そのため、この直系 家族の考え方、メンタリティーが強く残っていて、私たちの無意識を規定しています。 (注1) どんなふうに規定しているかというと、一つは、「自分の頭で考える」ということをしない ということです。 直系家族の特徴は、自分の頭で考えなくとも、誰か他の人が考えてくれるという点にあり ました。お父さん、あるいはお母さんの言う通りにしていれば、それで良かったのです。 「こ の学校があなたに一番向いているから行きなさい」「この会社がいいから入りなさい」「この 人と結婚するのが一番いいから結婚しなさい」と、そんなふうに、お父さん、お母さんが人生 の大事なことまで全部決めてくれたのです。 そういう社会が日本にもかつてはあったし、あ るいは、今もあい変わらずあるかもしれません。 (注2) これに対して、核家族類型の国というのは、親と子どもの関係が権威主義的ではなく、切れ ていますから、親が子どもにいちいちああしろこうしろと命ずることはありません。 そのた め、子どもは自分を守るために自分の頭で考えることを学ばざるを得ないのです。 (中略) 直系家族型から核家族型に日本の社会は変わりつつあり、日本人も自分の頭で考えること を始めざるを得なくなっている、と最初のほうで述べました。 それは、個人個人がまったく 自由に独立して思考することが許される社会になった、と言い換えることができます。 そのことについて、もう少し補足しておきましょう。 (注3) 個人の自我を「丸いバイ」にたとえてみます。 今の社会は、この「自我パイ」をすべて自分 で食べてもOKの社会です。 勝手に何をやってもいい、その代わり責任はすべて自分でとる。 民主主義、資本主義が発達し、核家族化して個人主義が生まれた近代社会というのは、「自我 バイ一人食いOK型」の社会です。 親 しかし、近代以前の社会は、そうではありませんでした。 丸いパイの中で自分が食べられるのは、ごく一部分。 残り は、親、兄弟、親類、村落共同体、国で分けなければなりま せん。かつて日本もこうした社会でした。自分の取り分が わずかしかありませんから、今から比べると、ずっと不自 由な社会です。 ただし、いいところもありました。 自分の取り分は少な くても、親も兄弟も親戚も共同体も、それぞれの取り分を 分けてくれたからです。だから「自我パイ」の取り分は、 トータルでいうとそれほど人によって差はありませんでし た。 ただし、「僕のバイはすごくおいしいから全部一人で食 べたい」というふるまいは許されなかった。 これがかつて の日本の社会でした。 今は「自我バイ一人食いOK」の西洋タイプの社会に移行しています。 自分のバイはすべ て自分で食べられますが、なくなっても誰も分けてくれません。 自分のバイのみで生きてい かなければならない。つまり、小さな自我パイが無数にある社会。それが、私たちが今向か おうとしている社会です。 (鹿島茂 「考える方法」 「学ぶということ」ちくまプリマー新書による) (注1) 直系家族…日本、韓国、ドイツ、スウェーデンなどに見られる、「親・子・孫」が同 居する家族形態。 (注2) 核家族…イギリス、アメリカ、フランスを中心とした、両親と子どもの組み合わせを 最大の単位とする家族形態。 ]内の問題文に傍 作業一 課題の要求を確認する。 何を書くことが求められているだろうか。 線を引いて、課題の要求を確認しよう。 作業二 与えられた課題文を正しく読み取る。 2課題文から「自我パイ」の一人食いOK型社会と「自我パイ」を分け 合う社会のそれぞれの特徴を確認しよう。 【一人食いOK型社会】 【分け合う社会】 自分の意見をまとめる。 作業三 2をふまえて、何らかの判断が必要になった場面を取り上げて、ど のような判断がどのような結果を生んだのか考えてみよう。 3 2、3をもとに、「自我パイ」をどう分ける社会が望ましいか、意見 をまとめよう。 〈発展〉自分とは異なる立場の意見にも目を向け、それに再反論しよ 5 う。 【自分と異なる立場の意見】 【再反論】 作業四 構成を考える。 考えた構成はP.24にメモしておこう。 ※5が難しければ省き、3を使っての理由説明を充実させるとよい。 小論文提出前にチェック □ 課題文の内容を正しく理解し、小論文の中に取り入れているか。 □ 「自我パイ」をどう分ける社会が望ましいか、明示できているか。 □ 自分の意見を支える理由が述べられているか。 誤字・脱字はないか。 文章表現は適切か。 (*表現・表記はP224を参照し、必ず確認しよう。) 読み取り チャレンジ問題

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現代文 高校生

サイボーグとクローン人間という作品の意味段落分けの仕方が分からないです。本文全てを載せてあります。解説お願いします!

サイボーグとクローン人間 山崎 正和 テレビの教養番組で、アメリカのロボット研究の現状を見た。映像による報告はさすがに生々しく、 改めて文 明の行方について考えさせられた。 研究の一つの方向は、ロボットの精神的な能力を拡張し、判断力や感情さえ持った機械を造ろうという試みで ある。 外形も二足歩行の人体に似せ、顔の表情まで再現する技術が磨かれている。 脳の働きをするコンピュータ がさらに発達すれば、ロボットが人間と手をとって街を歩く日も遠くないという。 もう一つの方向は、人間の身体の一部を機械で置き換え、脳と機械を直結するサイボーグを造ろうという動き である。 これはすでに身体障害者の補助器具として実現していて、 肩の筋肉の指令を受けて動く精妙な義手が発 明されている。 光を感受するチップで失われた視力を回復させたり、衰えた脳の中に記憶装置を埋め込む研究も 行われている。 この努力の究極の姿は、やがて人体から脳だけをそのままに残し、四肢や内臓のすべてを機械で 補強する、人間改造計画に行き着くことになるらしい。 見ていて不思議だったのは、現場の研究者も評論家もこうした研究にきわめて楽天的だということである。 ク ローン人間の研究にはあれほどの嫌悪を示し、 大統領の禁止勧告まで生んだこの国の反応とは対照的だというほ かはない。 クローン人間を忌避させているのは、人間を神の被造物と見るキリスト教の思想だろうが、 その禁忌 が機械的な人間の製造、あるいは改造には及ばないことが、印象深いのである。 合理的に考えれば、 クローン人間の誕生はおよそ非人間的な事件ではない。 それは子が親と同一の遺伝子を持 って生まれることであるが、同一の遺伝子の共有は必ずしも個性の否定にはつながらない。人間の個性は環境や 教育に左右されるところが多く、遺伝子だけで決定されないことは、自然の一卵性双生児を見れば明らかだろう。 さらにクローン人間は人造人間ではなく、卵細胞と体細胞、それに子宮を提供する人間の親がいることを忘れて はなるまい。 そこには当然、家庭が生まれ、親子の愛や葛藤も芽生えるはずであって、子どもが感情の砂漠の中 で育つ心配は少ないのである。 しかもクローン技術が人間に適用される場合、 それが優生学的改良に直結する懸念もかなり薄い。 ある能力を 持った遺伝子が複製されても、能力が強化される理由はなく、それがそのまま子どもに現れるという保証もない。 そこには再び教育の手が加わる必要があるはずだが、その過程で子どもが自我に目覚め、先天的な素質を裏切る 可能性もあるからである。 これに比べると、ロボットやサイボーグははるかに人間の恣意に従いやすく、特定の価値観や世界観の奴隷に なる危険が高い。 肉体の腕よりも強い義手は、 強いことはよいことだという思想の実現であり、より多く環境を 支配したいという無意識の願望の反映だといえる。 脳内に記憶装置を埋め込めば、思い出も忘却も意志の力で操 作することになり、人間は自分の過去すら自分で構築することになる。 クローン技術は生命の法則に対しては受動的であって、細胞核を入れ替えた後の過程に手を出すことはできな い。だが、身体を機械で置き換える技術はどこまでも能動的であり、細部まで人間の思うとおりに造り上げてし まう。しかも注意すべきことは、そうして造り上げた身体はやがて逆転して心に影響を及ぼし、人間の考え方、 生き方を思いがけぬものに変化させるということである。 人間の心がいかに身体の影響を受け、 身体と一体になって生きているかは、毎日の生活の中で実感することが できる。 病気になれば悲観的になり、運動能力が高まれば世界を見下すような気分になる。 これまでも身体の延 長として道具を使いこなし、 機械を発達させたことで人類はどれだけ傲慢になったことだろうか。 もし将来、自 分の身体そのものを機械化して数倍の力を持ち、あるいは人体に似た機械を召し使いにできたら、 人間は自分を 神か超人のように思いなすのではないだろうか。 それが倫理的によいとか悪いとか、今日の文明の中で即断することはできない。 身体が機械になり心が神にな れば、そのときは文明の全体が変わっていて、倫理のものさしも変わっているかもしれない。 しかし確かなこと はこの変化は深刻であり、 二十世紀までの文明を終わらせるおそれさえあるということである。 興味深いという より恐ろしいのは、 現代人がその可能性を十分に自覚しておらず、その無自覚がクローン人間には厳しく、サイ ボーグには甘い価値観のよじれに現れていることなのである。 紛れもなく、サイボーグ肯定の思想の背後にあるのは、近代の脳中心の人間観である。 もっといえば、心と身 体を二つに分け、心は脳に宿っていると考える先入観である。 実は二十世紀後半の哲学はこれに疑問を投げかけ、 心と身体の一体性、相互作用を重視するようになった。 しかし、科学者を含めて大多数の現代人はまだこの二元 論を信じていて、身体を取り替えても心の同一性は守れると感じている。加えて心は脳の専有物だという、 古い 常識から逃れられないでいるのである。 その上に大きいのは、現代人が個人の福祉を絶対視し、現に生きている人の幸福を至上命令と考えていること である。 障害者や高齢者に補助器具を提供し、 身体能力を回復することは正義だという世論を、現代人は疑うこ とはできない。現にサイボーグはそういう善意から研究され始めているのであって、 そうである限りこの研究を 現代文明は非難することができない。 一方、 まだ生まれていない生命、現に生きていない個人を生もうというク ローン技術には、当然この世論の追い風がないのである。 だが困ったことに、身体能力の回復から改善までの道はほんの一歩しかない。 誰しも自分の身体を十分だとは 思っておらず、 十分にしたいと願っているものの、何が十分であるかは誰も知らない。ただ人並みに生きたいと いうつつましい願いが、とかく人並みを超える競争を招くのであって、そのことは今日の消費生活を見れば明ら かだろう。たぶんサイボーグは二十一世紀の「超人」を生むのだろうが、それはニーチェの反俗思想ではなく、 平 的生活を求める庶民のいじらしい願望がもたらすことになりそうなのである。 こんなことを考えながら、私はべつに警世論を張っているつもりはない。 いつの時代にも文明は変わるもの であるし、それも合理的な「進歩」とは無関係に変化するものだろう。 ただおもしろいと思うのは、文明を変える ものが必ずしも冒険的な好奇心ではなく、ある時代に最も常識的な、社会の通念でありうるという逆説である。 人々が「危険」な好奇心を警戒しているうちに、ひそかに安全な良識がそれ自体の足もとを隠してしまう。それが 人間の悲しさというべきか、それこそが尽きない魅力の源泉だというべきだろうか。

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理科 中学生

教えてください🙇‍♀️🙇‍♀️

(1) 図1は、ヒトの目のつくりを示している。 光の刺激を受け取る細胞があるのは、 A~Eのどこか。 また、その部分を何というか (2) 図2は、ヒトの消化器官を示したものである。 B. ①Bでつくられる消化液は何か。 ②Eから出され、タンパク質にはたらく消化酵素は何か。 (3) 血液の成分のうち、 ①酸素を運ぶ役割をもつもの、②体外から侵入した細菌を とらえ、体を守る役割をもつものを何というか。 (4) 右の図3は、ヒトの血液循環を模式的に表したものである。 ①心臓から肺を通って心臓にもどる血液の流れを何と いうか。 ②a〜hのうち、動脈血が流れている血管をすべて 選べ ③最も栄養分の多い血液が流れている血管は a~ h のどれか。1つ記号で選べ。 (5) 図4は、 周囲の温度と2種類の 脊椎動物の体温の関係を示している。 ① I のように、まわりの温度によらず、 体温がほぼ一定の動物を何というか。 ②① のなかまは、何類と何類か。 (6) 図5の4つの動物を、①節足動物 ②軟体動物に分類し、記号で 答えよ。 42 図5 A バッタ 体温[C〕 0 B アサリ 図3 B- %10 20 30 40 周囲の温度 [℃] じんぷ (7) 右図はヒトのうでの骨格と筋肉である。 熱いものに手がふれたとき、熱いと感じる 前にうでを曲げ、手をひっこめた。 ① 下線部のような反応は、刺激に対して 無意識に起こる反応である。 このような 反応を何というか。 ② うでを曲げるときには、図のア、イのどちらの筋肉が縮むか。 ③図で、 筋肉と骨をつないでいるAの部分を何というか。 細胞 C.93 A 血液の流れる向き クモ

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