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地学 高校生

(3)おしえてください!

104 [地質断面図と地史の解読] 次の文章を読み、 下の問いに答えよ。 次の図はある地域の地質断面図である。 この地域には、 4つの地層 (A層~D層) と, 片麻岩 形成年代はシルル紀), 花こう岩, および500万年前に貫入した玄武岩の岩 脈が分布している。 また, 西に傾斜する断層, および不整合 が存在することが確認 されている。 ぼうすいちゅう B層からはフズリナ (紡錘虫)、 C層 からはトリゴニア(三角貝),さらに、 D層からは貨幣石(ヌンムリテス)の化石 が発見されている。 しゅうきょく なお、A層~D層は摺曲していて、 図に見られるのは摺曲構造のうちア の部分である。 また, 片麻岩はこの地域 で最も古い時代にできた岩石で,断層の 運動によって西方から地表にもたらされ たことが明らかにされている。 すなわち,この断層は イである。 (1) 上の文章中のアおよびイに適語を入れよ。 (2) A層からD層のうち,中生代に堆積した地層はどれか。 ③ 不整合の形成時期について述べた文として誤っているものを、次の①~⑤のう ちから一つ選べ。 ① 摺曲構造が形成される以前に形成された。 ② A層が堆積する以前に形成された。 ③ 花こう岩が貫入する以前に形成された。 x x X xx xx + + x + × + + x + + x + xxx: vx × xx × xxx xx × + x xx, + + + xxx +/ AU 片麻岩 LKX x xxx x x x x x t √ √₂ + + + * xxxxxxxxx × 花 + + "S" * + × xx × + xxx x x XXX X + 地表面 不 xxx × x × メ × -断層 東 不整合 Op.103 要点 Check ②p.97 要点Check 3 p.98 正誤Check 14 ④ 玄武岩の岩脈が貫入する以前に形成された。 ⑤ 西に傾斜する断層が形成される以前に形成された。 (4) 断層の形成時期として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。 ① 先カンブリア時代 ② 古生代 ③中生代 ④ 古第三紀~新第三紀 ⑤ 第四紀 3 p.103 要点 Check p.105 正誤Check 16 (2000センター)

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物理 高校生

物理のヤングの実験についてです。 最初の青線のところの(エ)の式変形が分かりません。 あと下の(キ)もわかりません。

170 第3編 波 基本問題 337. ヤングの実験次の を正しく埋めよ。 図のように, 単色光源をスリット So およびスリット 光源 S1, S2 を通してスクリーンに当てる。 So と S1,S2 の中 点M を通る直線とスクリーンの交点をOとする。 スリッ ト S1, S2 の間隔を d, MO の距離をとする。 また, 空 気の屈折率を1とする。 これは, 実験を行った科学者の名前からアの実験とよば れている。 S1 -Sol -M+₁- S21 スクリー スクリーン上で点Oから距離xだけ離れた点をPとするとき, 距離 SPはイ 距離 S2Pはウとなる。ここで, xやdに比べて1が十分大きいとする。|a|が1に 記 338 回折格子 図のように 格子定数の同 比べて十分小さい場合に成立する近似式√1+α=(1+1+を使うと,S,P と SPの光路差はエ】となる。 波長を入とすると, 点Pで明線となる条件式は m(m=0,1,2, ・・・・・) を用いてオとなる。 (a)波長 4.5×10-'m の青色の単色光源を用いたとき, 隣りあう明線の間隔はカm となる。 ただし, d = 0.10mm, l=1.0m とする。 (b) 波長 4.5×10-7m の青色の単色光源と波長 6.0×10-7m の橙色の単色光源を同時に 用いたとき, スクリーン上で, 青色と橙色の2色の明線が重なる位置が確認された。 2色の明線が重なる位置の間隔はキmとなる。 ただし, d=0.10mm, l=1.0m とする。 [北見工大改] 例題 66,343 A SEN 光と 折角を 光Iと 流水の 光が強め 人気の色に また、

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現代社会 高校生

実教出版が出してる 新訂版 高校現代社会の要点ノート?の答えを送って欲しいです。 ページ数は p52~53 p56~57 p66~p67 の答えです!

③3③ 4 (5) 6 (8) 9 高い貯蓄率 20 15 66 | 第3編 現代の経済社会と経済活動 25 日本経済の歩みと産業構造の変化 10 5 (対可処分所得比) [フランス] [ドイツ アメリカ ◆経済の民主化と戦後復興 3つの経済民主化政策 職後、日本を占領した連合国軍総司令 (GHQ) は, 日本の民主化と非軍事化をおしすすめた。 戦前の日本 経済を支配していた①_ _の解体、寄生地主制の解体を推進する 労働条件の改善を進める③ 設立の推進は、 済3大改革と呼ばれ, 戦後の日本経済の方向が形づくられた。 を採用し、 2 戦後復興 政府は, 1947年から50年まで① 資金を石炭や鉄鋼などに重点的に配分した。 急激な経済復興は, しいインフレーションを招いたため、政府は財政・金融の引き締め 政策をおこなった。これを⑤ 」という。 このインフレ をもたらした 収束政策は,反動として資金不足による深刻な ⑥ その状況を打破したのは, 1950年から始まる⑦ であった 日本経済は、米軍からの ⑥ (特別な需要) によって息を吹き返 不況から脱出するきっかけをつかんだ。 高度経済成長と産業構造の変化 高度経済成長 日本経済は,1955年頃から1973年の第一次石福 バックまで、実質で年平均③ _%前後の高い経済成長率を編 この⑩ のおもな要因としては, とがあげられる。 14.7 11.1 9.7 8.7 4.2 イギリス 0. 1955年 60 65 70 75 80 85 90 92 93 94 (日本銀行国際局「国際比較統計」 1995ほかより作成) 国民の貯蓄は銀行に預金され, それが企業への設備 投資になり、成長の要因になった。 ●高度成長と「所得倍増計画」 高度成長は1973年の第1次オイルショックまで続く MEI 海外の最新技術の導入による⑩ 高い1 富な資金提供 の輸入 低価格による ・安価で質が高く豊富な⑩ の有 そのほかにも、政府による産業保護 支給や産業関連社会資本の整備)や安 のもとで輸出が拡大したことなどがあ を背景とした銀行から なぜなら、日本経済は資本主義市場 で、社会主義のような計画経済ではな 通りに経済を運営できるわけでは

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