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質問の種類

国語 中学生

見づらくてすいません💦(2)の②から先、答えがわたされていなくて困ってます。 回答よろしくお願いいたします。

月 学習日 3 演習問題 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 私は、海外と日本を行き来しながら四つの小学校と二つの中学校に通い ました。海外の学校では、あなたはどう思う?」と、自分の考えを聞 われることがあたりまえでした。それは、多くの外国人のクラスメイトに 囲まれた。一人だけの日本人である私を、きちんと閉めてくれているとい うことでした。しかし同時にその質問は、自分の考えをもっていない と、そこにいない。存在しない人と見られることにつながるようにも思 えました。自分の考えをもち、それを人にわかるように伝えることはとて も大事なことです。私は、その問いに必死になって答えようとしました。 また、私自身も、何かがおかしいと感したり、不思議に思えたりしたら、 積極的に疑問や問いを投げかけて 私以外の人はどう考えているのかと、 いくことにしたのです。 そこから、異なる考え方が飛び交う対話が始まりました。 人の考え方、 ものの見方は多様であり、皆は同じようには考えていないのだという気づ き、その異なる考え方をお互いに尊重しなければならないという認識につ ながっていきました。人から問われること、人に問いかけることで、自分 15 の存在を意識し、自分というものが次第に形づくられていったように思え ます。 多くのゲストのかたにインタ キャスターの仕事をするようになり、 ビューをする中で、問いかける言葉の大切さを改めて実感できるようにな りました。その中で学んだことは、問いかける言葉は、曖昧なものではな 20 く、具体的なものではなくてはならない、ということでした。具体的な質 問は、質問された相手の思考を曖昧なものからより明確な思考へと導き、 そのことでコミュニケーションの基盤となるお互いの共通認識の場が形成 具体的に問われることで、 され、対話が生き生きとしたものになるのです 曖昧だった考えがくっきりとしてくる、 思いこみも含めた自分の考えが 55 俯瞰できるようになる、聞き方次第で答えも変わってしまうと語ったゲス トのかたもいました。 こうした力が問いかける言葉にはあるのです。 〈国谷裕子「問いかける言葉」より〉 くにやひろこ ―線 「あなたはどう思う?」について、次のそれぞれの問いに答えな この問いかけに筆者はどんなことを感じましたか。それをまとめた次の 文 に入る最も適切な言葉を、本文中から十七字で書き抜いて答 外国人のクラスメイトに囲まれた自分を[°> この問いかけにきちんと答えられないと、筆者は、周囲からどういう人 に見られることになると思いましたか 最も適切な言葉を、本文中から 十四字(読点も字数に数えます)で書き抜いて答えなさい。 さい。 S 一線「積極的に思い いて、次のそれぞれの問いに答えなさい。 筆者がそうした理由として最も適切なものを次から選び ア 自分以外の人の考えを知りたいと思ったから。 イ 自分の考えにどうしても自信がなかったから。 ウ自分の力で問いに必死に答えようと思ったから。 問いを投げかける技術を向上させたかったから。 ② 積極的に疑問や問いを投げかけていくことによって、 変化が生じましたか。それをまとめた次の文の[ 言葉をそれぞれ本文中から、Aは十四字(読点も字数 は六字で書き抜いて答えなさい。 (昔は同じようには考えていなくて、「A」であること! ぞれの「B」を尊重しなければならないという認識につ 線「多くのゲストのかたにインタビューをする中 のそれぞれの問いに答えなさい。 □① 筆者はインタビューを重ねることで、何を実感する。 か。 最も適切な言葉を、本文中から十一字で書き抜いて 筆者はインタビューを重ねることでどんなことを学び 最も適切なものを選び、記号で答えなさい。 ア質問はできるだけ具体的でなければならないこと イ 質問は相手と関わりのあるものにかぎること。 ウ質問は相手に合わせて内容を変えること。 エ曖昧な質問は相手の気持ちをやわらげること。 □ 線「自分の考えが俯瞰できるようになる」とあり ことでインタビューされた人はどうなりますか。 次から び、記号で答えなさい。 ア 自分の思考がさらに味になってくる。 イ 自分の曖昧な思考がはっきりしている。 ウ 自分の思考への自信がだんだんなくなってくる。 エ インタビューする人の意図がわかってくる。 「こうした方」とは、どのような方ですか。 のを選び、記号で答えなさい。 ア深い内容の話をいつまでも続けさせる力。 インタビューする人の聞き方を向上させる力。 ウインタビューされた人の考を変化させる力 自分の思い込みに気づかせて反省させる力。 (3) A B

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現代文 高校生

この問題の答えを教えてください🙇‍♀️

Since 1994 N TURITORY 【二】 次の文章は、小池昌代の随筆「道について」の一部である。後の問いに答えよ。 (30点) 知っている道に出たときの、あの不思議にほっとする、あたたかい感じ。わたしたちはどんなに大人になっても、身体の奥に、迷子に なることの恐怖をかかえて生きているのではないだろうか。 しかしどんな道も、いかなる町も、生きているひとと知り合うのに似て、少しずつ、だんだんと、なじんでくるものだ。 町の構造がようやく身体に入ってきたころ、「近道」とか「遠回り」というガイネンも入ってきた。 目印だけを頼りに通っていた道が、 案外回りであることがわかったり、思い切って足を踏み入れてみた小路が、思いがけぬところへ抜けていたり。 道を歩くことは、こ うして全身をかけて土地を切り開き、土地にもぐりこみ、土地になじんでいく行為にほかならなかった。 知らない道が見知らぬ場所へひとを誘うのは当たり前だが、知っている道が見知らぬ場所にひとを運んだり、知らない場所がよく知る 道に通じていることを知ることには、いつもささやかな感動がある。 1 道には知っていることと知らないことを結びつける機能が備わってもいるようだ。知っていることを伸ばしていけば、知らないところ へ出る。 知らないものを伸ばしていくと、知っている道に出る。 外国に旅に出ると、特に一人旅では、こういうことは明瞭に起こる。 言葉の不自由さに加えて、土地そのものからはじかれている感じ は、ひとを二重に異邦人にするが、それでもひとつの道が次第に親しい道になっていき、日々、見知らぬ場所へとひとを運び、再び宿へ とひとを戻すとき、その道はひとにとって、水や塩に等しい、命をつなぐ脈ともなる。 そうした道に付けられてある通りの名前を知った りすると、道は、いつでも記憶のなかに呼び出せる、親しい友のような表情さえ表す。 初めての道に足を踏み入れるときは、いつも身体に緊張が走るが、すべての道は、二度目に通るときから、「知っている道」になるこ とも面白い。当たり前のことだが、そのことはうれしい。 二度目に通るとき、ひとは、今の道と記憶のなかの道の、二つの道を同時に歩 くのだ。 以前、わたしの友人に、新しい記憶ほど剥がれ落ちてしまうという記憶障害を持っているひとがいた。そのせいなのだろうか、彼は何 度来ても、わたしの家へたどりつけない。 わからなくなったと、途中で電話が入る。 障害のことをそのとき知らなかった。そのたびに駅 まで迎えに行って、目印になるものを教えながら歩いたが、ついに、ひとりではやってくることができなかった。 わたしの祖母の呆けも、自分の家に帰れなくなったところから始まっている。 祖母も友人も、どれほどに自分がもどかしく、ふがいなく、心もとなく、不安だったことだろう。あのときは、ただ困った状況として とらえるだけで、彼らの不安そのものには目が向かなかった。 行きたい場所へ、行き着けないいま思うと、彼らの不安は、わたしの不安そのものに思える。 不安はすべて、未来を先取りした途 上に生まれ、その意味で、生きることはそのまま丸ごと、「不安」そのものだ、とわたしは思う。 子供のころ、迷子になったことがある。 夏の朝、家の前の道を、ひとりでずんずんと進んでいった結果、とんでもないところへ出てし まったのであった。 気がついて見回した町並みは自分のまったく見知らぬ場所である。見知らぬひとが歩いている。 見知らぬ自転車がとまっている。 自分 で勝手に歩いてきただけなのに、自分の帰るべき根元のようなものが、ぷっつんと音をたてて切れてしまったようだった。 遠心力のよう な透明な力によって、リフジンに道端に捨てられたような気がした。 わたしは、ひとりだった。 あたたかい共同体からはじきだされて。 こん棒で胸をつかれたような、激しい悲しみの感情がわいた。 わたしは大声をあげて、泣いたのではなかったか。 今でも遊園地やデパートや公園などで迷子のアナウンスがなされると、その子供の不安が自分のなかで、同じくらいの大きさにふくら んでしまう。きっと誰かが迎えに来てくれるに違いないと思うが、そうしたアナウンスは、見つかりましたという結果までは流さない。 とっ さに脳裏に浮かぶのは、親から見捨てられた、永遠の迷子としての子供のイメージである。 それが自分のなかの悲しみのようなものと共 鳴する。 ここはどこ? すべての迷子は、まずその疑問に射抜かれている。いつも暮らしている場所にいるとき、わたしはそんな質問をもった ことがなかった。自分が生きている場所を見失う不安、それは自分自身を見失う不安のことなのかもしれない。 ここはどこ? というひ とつの疑問は、わたしはだれ? という次の疑問を容易に呼び出しそうな気配を持っている。 しかし、わたしは、自分が迷子になったあのときの、ひりひりとした、 異様に新鮮な不安を、大人になった今、時々、味わいたいと思 & e 1

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歴史 中学生

この文章を読んだ感想を書くのですが、どんなことを書けばいいのでしょうか 明日提出ですどなたか教えて頂きたいです🙏

歴史といま 未来がつながる A 1992 192 (土 こうけい 20_. さっか 2つの光景に立ち会ったある作家の思い かいかいしき しきさい きょう 第18回オリンピック東京大会の開会式を見た。 美しかった。 …色彩の饗 宴である。・・・ レンガ色と緑がつよいコントラストをつくって、まず目を射る。 えん きょう ぎ じょう しゅっせい がくとへい ・・・20年前のやはり10月,同じ競技場に私はいた。 ・・・出征してゆく学徒兵 あきさめ たちを秋雨のグラウンドに立って見送ったのである。 P.215 学徒出陣 てんのう こうごう りんせき 天皇・皇后がご臨席になったロイヤルボックスのあたりには, げきれい とうじょうひでき しゅしょう てきべいえい げきめつ 東条英機首相が立って,敵米英を撃滅せよと,学徒兵たちを激励 ちゃっ せいふく せいほう した。….. 色彩はまったく無かった。学徒兵たちは制服、 制帽に着 けん じゅう 剣し, ゲートルを巻き銃をかついでいるきりだったし, グラウン ドもカーキ色と黒のふた色一。 こうふん う さいげつ オリンピック開会式の興奮に埋まりながら、20年という歳月が やくわり わこうど さいてん 果たした役割の重さ, ふしぎさを私は考えた。 同じ若人の祭典、 よ ちが 同じ君が代、同じ日の丸でいながら、何という意味の違いであろ うか。… おそ しゅくふく きょうのオリンピックはあの日につながり、あの日もきょうに つながっている。 私にはそれが恐ろしい。 祝福にみち, 光と色彩 に飾られたきょうが,いかなる明日につながるか、予想はだれに もつかないのである。 私たちにあるのは、きょうをきょうの美し さのまま、なんとしてもあすへつなげなければならないとする祈 だけだ (杉本苑子 「あすへの祈念」 いの すぎもとその きねん ②東 戦後,日 後 195

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