学年

質問の種類

世界史 高校生

3、、5 、10になにが入るかわかりません! また冊封体制と朝貢体制はおなじですか?

第1章 近代化への動 買と冊封による東アジアの国際秩序 東アジアの貿易 p.30~31 Check の 116 (4 朝」と封=①体制の成立(東アジアの国際秩序) 中国王朝 封首を王に任命する (宗主国) 周辺諸国 朝貢物を献上する 中国文化の伝播 [2冊封】 〕貿易へと発展 . (③ ・中国暦法の使用 教 <文明レベルの高さ≫ 高い 「低い」 は, マレー半 に成立した 。 東西交易 するこの 栄期をむ ラッカは, 明・琉球 ぎわった。 ガルに滅 (インド洋貿易] 貿易 ⑤ (夷 思想(中華思想) 政策緩和 中国 朝鮮 ●(対馬) 琉球 長崎 日本 マラッカ王国 〔 〕体制 支配 江戸幕 (10 に帰依 にあって かえる 仲介者 果たし ヨーロッパとの貿易 ポルトガル スペイン・オランダなどが, マカオ・マニラ・ ヨーロッパの (バタヴィア 現在のジャカルタ)を拠点に, アジア () 進出 貿易に参入 マラツや国の首都 世界最 われ 貿易港 広州】1港に集中 で買 なか 清 * [行〕(特許商人組合) を介して貿易 アジア側の ・辺境には〔1 〕をおき、民間貿易認める 本の パの 主と 対応 日本 ・【個長崎〕で、(⑩オランダ 社と交易 東インド会 ごい 長 アジア (中国など) ヨーロッパ 陶 香辛料 香料・陶磁器・茶 木綿

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

写真の文章って「A 普遍性の獲得 → 文脈からの逸脱」と「B 文脈からの逸脱 → 普遍性の獲得」のどちらの流れが正しいですか?

6 アメリカが生み出した消費のマニュアル化としてどうしても無視できないものがあります。言うまでもなく、 マクドナルドです。 2 マクドナルドは、簡単に言えば、フォードが開発した大量生産方式を食生活に持ち込んだと言っていいでしょ う。これはジョージ・リッツァという人が述べていることですが、マクドナルドほど見事に方法化され、マニュ アル化され、技術主義的なものによって支配された消費の場はありません。生産工程の流れ作業的管理を、食生 活という消費プロセスにまで拡大したわけです。 -3 そして、この徹底した方法化によって、マクドナルドは世界へ進出することが可能となった。世界中どこへ行っ ても同様のテンポがあり、ほぼ同様のサーヴィスが受けられ、同様の商品が出てきます。基本的なコウゾウは同 じです。そして、店に入ってからカウンターの前で注文し、商品が出てくるプロセス、店員の応対、座る椅子、 テーブル、出入り口の配置―これらが完全に管理され、マニュアル化されています。モノを食べるという消費 過程そのものを、テーラーシステム化してしまっているわけです。 4 ですから、マクドナルドがきわめてアメリカ的だと言われるのは、ハンバーガーのためというより、本来は、 ゆっくりと味を楽しみ、友人知人や家族の団欒の場であり、社交の場であったはずの食事という文化を、徹底し 技術主義的にとらえ、生産工程のように計測された効率性と画一性を重んじる、技術主義的な思考方法のもと に置いたからにほかなりません。しかも、方法化することによって、特定の場所とか文化に囚われない、一見し たところ普遍的なものをつくっていく。こういうやり方そのものがアメリカ的なのです。 5 しかし同時に、それが方法化された消費の場であることによって、マクドナルドはアメリカを超えてしまった。 それなりに世界中に散らばることが可能となる。それは、アメリカ以外のどこからも出現しえないという意味で はきわめてアメリカ特殊的であるのですが、まさにそのことによって世界化が可能となっているわけです。 これはアメリカ文明のある本質を突いていて、技術主義と方法化によって、特定の文脈に囚われない普遍性を 獲得しようとすると、それが本来置かれている場所、コンテクストを失ってしまう。マクドナルドはもはや、そ れが最初に発生した場所やコンテクストには収まらない。 その意味で、技術主義、方法化は脱文脈化をハカります。コンテクストを逸脱していく。コンテクストを逸脱 していくことによって、普遍化しようとする。脱文脈化したものは、言ってみれば、どこにでもあるものであり ながら、どこにも定着しないものです。一種の故郷喪失者と言ってもよいですね。ですから、言い換えると、ア メリカ文明が生み出した現代文明の大きな特徴はまさに故郷喪失であり、故郷喪失による普遍化なのです。故郷 喪失者であることが、同時に普遍化につながるというコウゾウになっているということなのです。

回答募集中 回答数: 0
国語 中学生

1.2枚目は問題文で3枚目が問いです。 答えはウなんですけど、なぜウになるか教えて欲しいです。 急ぎでお願いします!

狩猟採集民は、自然の造った動物や植物のおこぼれにあずかって生きている人々である。自然を意のままに制 御するとか、征服しようとかの考えは最初から考慮の外にある。自然は圧倒的に強く、畏怖する以外に仕方のな はな い対象である。人間より圧倒的に強く、畏怖する対象を神と呼ぶならば、自然物にはすべて神が宿っている。従 ってアニミズムは必然的に多神教的になる。 狩猟採集民が、自然の意味づけをアニミズム的なやり方で行ったのは、けだし当然であろう。そこでは自我も また、自然の中の神々とつながっており、死後の自我の平安と永続性は、このような自然観の下で保証された。 もちろん、このような自然観は、個々人がそのつど考えたものではない。言語や自然観は、ある集団に人間が 生まれついた時から、すでに与えられたものとしてある。すなわち、文化と伝統である。強固な文化と伝統の下 では、人はわざわざ、自己とは何かなどと考える必要はない。 文化と伝統に従うのは、心安らかなことであり、人々はこの中で成長し、老い、心安らかに死んでゆく。 ②よ ほどのことがない限り、これを引っくり返すのは難しい。 現代人の自然観は科学技術文明に支配されている。科学技術の中心思想はコントロールである。人々はこの思 想を忠実に生きている。しかし不幸にもこの思想は、死後の自我の平穏も存在も保証しないので、人々は刹那的 に生きざるを得ないのかも知れない。私がいくら「科学は錯覚である」(私は一九九三年に宝島社から同名の本 を出版した)と言っても、さしあたってどうしようもないのである。 何が人々の自然観を変えるのか。様々な要因を述べることができるだろうし、ある場合には無根拠に変わるの かも知れない。しかし、③技術の発明が少なくとも大きなきっかけになることはまちがいなさそうである。 狩猟採集民に起こった最初の重要な技術は、採集物の貯蔵技術である。 貯蔵技術は定住をうながす。大量の貯 蔵物を携帯して移動することは困難だからである。ひとたび定住すれば、食糧ばかりでなく、それ以外の財狩 猟道具、衣服、装飾具)を保持することも容易になるため、持つ者と持たざる者の格差が発生する。 定住は不平 等を産み出すのである。たくさんの貯蔵食糧と財を所有すれば、当然これらを管理する必要が生ずる。 ここに、 コントロールという思考が芽生える。 貯蔵技術の次に人間が発明したのは農耕技術である。農耕は自然との変革管理なしには行えない。 野原や森林 を切り拓いて、田や畑にする。田畑は放っておくと、原野に戻ろうとするから手入れをしなければならない。自 然のコントロールという思想は、ここに確かなものとなる。しかし、自然は簡単にコントロールできるものでは ない。洪水、ひでり、大地震。 これらは現在でも手に負えない。コントロールしたいが、コントロールできない 自然。農耕民は、自然をコントロールしたいという願望と、コントロール不能な自然とのギャップにはさまれ、 ④非定住狩猟採集民とは少し違った自然観をもつようになる。 定住・農耕は自然の上に立つ神の出現と関係があるように思う。関係があるというのは、もちろん、因果関係 があるという意味ではない。 ⑤定住・農耕は、自然の上に立つ神という考えを受け入れやすい精神状態を作った のではないかということである。 アニミズム的な考えでは、自然はそれ自体が神々であった。一方、自然の上に立つ神は、自然を創造し、自然 を制御する。 ⑥このような神は、自然に対する人々のコントロール願望の反映なのではないだろうか。自分たち が制御できない自然を神に託して、神を崇拝することで、自然を間接的にコントロールしたい。 アニミズムにはおそらく真理という観念はない。多数の神々すなわち自然は、自分勝手に好きなことをして、 人間を楽しませたり、困らせたり、殺したりする。人間もまた神々のネットワークの一部であり、死ねば神々と 同化する。 それに対し自然の上に立つ神では、神の行いと考えが自然現象を決定するわけだから、すなわち、これが真理

未解決 回答数: 1
国語 中学生

定期考査の直しで、答えはイなんですけど、なぜいいになるかわかりますか? 急いでます。本当にお願いします

狩猟採集民は、自然の造った動物や植物のおこぼれにあずかって生きている人々である。自然を意のままに制 はな 御するとか、征服しようとかの考えは最初から考慮の外にある。自然は圧倒的に強く、畏怖する以外に仕方のな い対象である。人間より圧倒的に強く、畏怖する対象を神と呼ぶならば、自然物にはすべて神が宿っている。従 ってアニミズムは必然的に多神教的になる。 狩猟採集民が、自然の意味づけをアニミズム的なやり方で行ったのは、けだし当然であろう。 そこでは自我も また、自然の中の神々とつながっており、死後の自我の平安と永続性は、このような自然観の下で保証された。 もちろん、このような自然観は、個々人がそのつど考えたものではない。言語や自然観は、ある集団に人間が 生まれついた時から、すでに与えられたものとしてある。すなわち、文化と伝統である。強固な文化と伝統の下 では、人はわざわざ、自己とは何かなどと考える必要はない。 文化と伝統に従うのは、心安らかなことであり、人々はこの中で成長し、老い、心安らかに死んでゆく。 ②よ ほどのことがない限り、これを引っくり返すのは難しい。 現代人の自然観は科学技術文明に支配されている。科学技術の中心思想はコントロールである。人々はこの思 想を忠実に生きている。しかし不幸にもこの思想は、死後の自我の平穏も存在も保証しないので、人々は刹那的 に生きざるを得ないのかも知れない。私がいくら「科学は錯覚である」(私は一九九三年に宝島社から同名の本 を出版した)と言っても、さしあたってどうしようもないのである。 何が人々の自然観を変えるのか。 様々な要因を述べることができるだろうし、ある場合には無根拠に変わるの かも知れない。しかし、③技術の発明が少なくとも大きなきっかけになることはまちがいなさそうである。 狩猟採集民に起こった最初の重要な技術は、採集物の貯蔵技術である。貯蔵技術は定住をうながす。 大量の貯 蔵物を携帯して移動することは困難だからである。ひとたび定住すれば、食糧ばかりでなく、それ以外の財(狩 猟道具、衣服、装飾具)を保持することも容易になるため、持つ者と持たざる者の格差が発生する。 定住は不平 等を産み出すのである。たくさんの貯蔵食糧と財を所有すれば、当然これらを管理する必要が生ずる。ここに、 コントロールという思考が芽生える。 貯蔵技術の次に人間が発明したのは農耕技術である。農耕は自然との変革管理なしには行えない。 野原や森林 を切り拓いて、田や畑にする。田畑は放っておくと、原野に戻ろうとするから手入れをしなければならない。自 然のコントロールという思想は、ここに確かなものとなる。しかし、自然は簡単にコントロールできるものでは ない。洪水、ひでり、大地震。 これらは現在でも手に負えない。コントロールしたいが、コントロールできない 自然。農耕民は、自然をコントロールしたいという願望と、コントロール不能な自然とのギャップにはさまれ、 ⑨非定住狩猟採集民とは少し違った自然観をもつようになる。 定住・農耕は自然の上に立つ神の出現と関係があるように思う。関係があるというのは、もちろん、因果関係 があるという意味ではない。⑤定住・農耕は、自然の上に立つ神という考えを受け入れやすい精神状態を作った のではないかということである。 アニミズム的な考えでは、自然はそれ自体が神々であった。一方、自然の上に立つ神は、自然を創造し、自然 を制御する。 ⑥このような神は、自然に対する人々のコントロール願望の反映なのではないだろうか。自分たち が制御できない自然を神に託して、神を崇拝することで、自然を間接的にコントロールしたい。 アニミズムにはおそらく真理という観念はない。多数の神々すなわち自然は、自分勝手に好きなことをして、 同化する。 人間を楽しませたり、困らせたり、殺したりする。 人間もまた神々のネットワークの一部であり、死ねば神々と それに対し自然の上に立つ神では、神の行いと考えが自然現象を決定するわけだから、すなわち、これが真理

未解決 回答数: 1
歴史 中学生

教えてください💦💦 至急です泣

●次の年表中の①~④に当てはまる語句を答えなさい。 日本のおもなできごと 57 倭の奴国の王が後漢から (②)を授かる 239 邪馬台国の卑弥呼が魏に使いを送る 4世紀 大和政権の統一が進む 6世紀 (4) から仏像 経典がおくられる 593 聖徳太子が摂政となる 607 小野妹子を隋に送る 645 (⑦)の改新 701 大宝律令 710 都を奈良 (平城京) に移す 794 都を京都 ((⑧)) に移す 894 ⑨) が停止される 1016 藤原道長が摂政となる 1167 平清盛が太政大臣となる 1192 源頼朝が征夷大将軍となる 1274 1281 (11) の襲来 1333 鎌倉幕府がほろびる 1338 足利尊氏が征夷大将軍となる 14世紀 (1) が (1) や明の沿岸をおそう 1404 日明貿易 (勘合貿易) が始まる 1467 (14) の乱(~1477) 1543 (1) が伝来する 549 (18)が伝来する 世界のおもなできごと |前5000~前2500年ごろ 各地で古代文明がおこる 前5世紀ごろ シャカがあらわれる 前221 (①) の始皇帝が中国を統一する 前4ごろ キリストが生まれる 1世紀ごろ (③) を通って西方から中国に仏教が伝 わる |610ごろ ムハンマドが (⑤) を開く 618 隋がほろび,(⑥)がおこる 936 (1) が朝鮮半島を統一する 13世紀 (11) 帝国が拡大する 14世紀 ヨーロッパで (12) が始まる 15世紀 ヨーロッパ人の世界進出が始まる 1492 (15) アメリカに到達する 1517 ルターが (16) を始める 573 室町幕府がほろびる 590 (19) が全国を統一する 592 (19) が朝鮮侵略を始める 603 徳川家康が征夷大将軍となる 1602 オランダ (2) が設立される

解決済み 回答数: 1
地理 高校生

至急です💦 教えてください🙇‍♀️

10103 歴史 日本の時代区分 世界の古代文明 日本の時代区分 次の表中の①~⑤に当てはまる語句を答えなさい。 縄文時代弥生時代~古墳時代・飛鳥時代 (1)時代 (2)時代 (5) 時代 時代区分についてはさまざまな分け方、考え方がある。 ここでの日本の時代区分は、おもに政治の中心地による分け方にもとづく。 (3)時代 鎌倉時代 安土桃山時代 (④) 時代 「平成時代 明治時代 昭和時代 ① 昭平令 ③ 世界の古代文明 ④ ⑥右の地図中のaの川の名前を答えなさい。 ①右の地図中のAの文明でつくられた,国 王のための墓を何というか。 ⑥ メソポタミア文明のおこった地域を、右の 地図中のA~Dの記号で答えなさい。 縄文時代弥生時代 次の問いに当てはまる語句を語群から選んで答えなさい。 じょうもん 地面を掘ってつくられた, 縄文時代の住居を何というか。 ⑩紀元前4世紀ごろ, 大陸から伝わり,当時の生活のようすを大きく変えた農業技 術は何か。 わ ひみこ 13世紀ごろ、倭の女王卑弥呼が治めていた国を何というか。 (6) ⑦ (8) ⑨ 10 語群 百済 稲作 麦作 よこ穴住居 邪馬台国 たて穴住居 11 |古墳時代・飛鳥時代 12 次の問いに当てはまる語句を語群から選んで答えなさい。 ならばんち 13世紀後半, 奈良盆地を中心とする地域に生まれた大きな勢力を何というか。 だいせんこふん 13 大仙古墳に代表される, 独特の形をした古墳を何というか。 じゅがく ⑩ 日本列島に一族で移り住み、漢字や儒学, 仏教など、大陸の技術や文化を伝え た人々を何というか。 14 すいこ おおきみ ⑩ 推古天皇のおいで, 大王 (天皇) を中心とする政治のしくみをつくろうとした人物 15 はだれか。 なかのおおえのおう なかとみのかまた そが ⑩6 中大兄皇子や中臣鎌足が蘇我氏をたおして進めた改革を何というか。 てんじ ⑦ 天智天皇の死後、皇位をめぐって起こった戦いを何というか。 聖武天皇 前方後円墳 円墳 渡来人 豪族 大和政権 聖徳太子 17 群 大化の改新 摂関政治 応仁の乱 壬申の乱

未解決 回答数: 1
国語 中学生

小論文です😭 問2の第一段落を書いてもらえると助かります😭 期限が明日までなので早めに回答してくれるとありがたいです🙇(ずうずうしくて申し訳ありません…)

次の文章を読んであとの問いに答えなさい。 小論文 ⑥ 「たくみな」 という言葉があります。 「たくみ」 というのはよい言葉なのです。 たとえば、 三省堂の大辞林 第二版)を引くと、最初に出てくるのは、 「飛轟の「定」というように 名匠という意味です。 それから、 「美しいものをつくりだすわざ」 あるいは 「考えをめぐら して見つけた方法、工夫」 というような意味をもつのが 「たくみ」 です。 「手よく すぐれているさま」 を言う言葉です。 すなわち手を用いて優れている。 上手で見事なのが 「たくみ」です。 そのよい言葉である 「たくみ」 が、 「手」 ではなく、 「言葉」 にむすびつくと、 一転、 よくない言葉になってしまいます。 人が人を騙す事件があるとき、きまって使われる 「言葉たくみに」 という表現があります。 言葉たくみにおびき出す、 誘いだす、 売りつけ る、騙す。 口がうまいから、 言葉でならどうとでも言えるまで。 言葉ということでは、「た くみ」はよくないのです。荷数、言葉については「たくみ」であることが信じられないか。 言葉というのは、本来は、もっともコミュニケーションのかなめをなすべきものだった はずです。 ところが、 言葉に対して、わたしたちの社会は、むしろ言葉というのは信じる に足らないという方向を向いてきて、 言葉を上手に使うという態度を育てるという方向に は向かわなかった。 言葉を簡単には信じないというのは、信じていい一つの態度です。 健全な懐疑的な精神は、そうした態度なしに深められません。 しかし、 言葉を信じないということをさんざんにやってきた結果、 言葉を上手に使うと いうことを、 しないのではなく、 できなくなってしまっているのではないか。 少しの ヴォキャブラリーしかもたなくなってきて、かわいい、むかつく、すげえ、 うざい、 といったように、僅かな言葉だけで精一杯自分を表し、伝えるというふうになっています。 社会は豊かになったが、 言葉はむしろ貧しくなった。 言葉の貧しさを生むもの、 そして 言葉の貧しさが生むものは、必要な他者の欠落です。 わたしたちのヴォキャブラリーには、 自分という言葉はあっても、他分という言葉がない。 あるのは、他人という、 自分とは 切れている存在を表す言葉です。 反対に、 自分とおなじである他人を表す言葉が、 友だちであり、仲間です。 他人とは、 言葉が通じない。 友だちとは、 言葉なんか必要と しない。 そういうあり方から生まれているのが、今日の独白社会です。 独白はモノローグ、 独り言のことです。 豊かな社会、文明技術がわたしたちにもたらしたのは、「独りでいる」 というあり方です。 わたしたちの社会は、「独りでいる」というあり方をどんどん日常に つくりだしてきた社会です。 一緒にそこにいても、 「独りでいる」。 高齢化。 少子化。 引きこもり、 オタク。 ホームレス。 独身。 離別。 いずれも 「独りでいる」 社会の表情です。 「なじみ」 「いつもの」 がなくなった街。 言葉が人と人を繋がなくなっている例が、 コンビニやファストフードをはじめとする店のあり方。 そして、 メールやネットです。 てあり もの (26-立) メールやネットがもたらしたのは、独白のコミュニケーションです。 独自の言葉はいわば一方通行の言葉。 他の人にとっては向と今から一方的にやってくる 言葉。 マニュアルの言葉はそうした独白の言葉の一種です。 しかし言葉というのは、表された言葉と表せない言葉でできています。 そして、表せな い言葉に大きく深い意味がある。 「万感胸にせまる」。「言葉にならない」。 「何と言っていい かわからない」。「無用の用」。あるいは、挨拶の言葉には、「どちらまで」 「そこまで」とい うような、何の役にも立たないけれども、大切な言葉があります。 空、清、蘭を楽しむ能力。 必要な他者をつくりだしてきたのは、そうした言葉に よって伝えられてきたこころの持ちようだったはずです。 [1] (問2] 長田 弘著 「なつかしい時間」による 筆者のいう「独白のコミュニケーション」とはどういうものか、 50字以上 60字以内でまとめなさい。 「第1の段落で 「空談 清談閑談を楽しむ能力」 とはどうすれば養えるのか。筆者の主張を 第2の段落で まとめ、 あなたはそのことについてどう考えるか、 360字以上400字以内で まとめなさい。 -2- -3-

回答募集中 回答数: 0
世界史 高校生

世界史探究の問題です この、44と45と48なのですが、 44が「アメンホテプ4世(イクナートン)」 45が「アトン」 48が「アモン」 と書いても大丈夫でしょうか

(2) 王 ③前3000年頃、( 38 ) (王)による統一国家形成・・・ 長期に国内統一を維持 ①約30の王朝が交替・・・ 3時代の繁栄期 前3000年 前2000年 前1000年 古王国 中王国 新王国 前27世紀頃~ 前21世紀頃~ ヌビア人 前16世紀~ 前22世紀頃 クシュ王国 ●な 前18世紀頃 前11世紀 遊牧民( 39 )の流入 アッシリアの征服 古王国 ( 40 ) (ナイル下流域) 中心 ・・・クフ王らが巨大な ( 41 ) を建設 →絶大な王の権力を誇示 中王国 ( 42 ) (上エジプト) 中心 →末期に( 39 )が流入:国内一時 混乱 新王国 ( 42 ) 中心 地中海 ( 40 ) テル=エル=アマルナ 王家の谷 (42) 古王国の南限 紅 ・・・前16世紀成立、 ( 39 ) を撃退 → ( 43 ) へ進出 中王国の南限 アブシンベル 新王国の南限 © ( 44 )の信仰改革 (前14世紀) た しんきょう 従来の多神教を禁止 →( 45 )一神の信仰 死後撤廃 | 農耕地 ▲ ピラミッド (3) 宗教 ( 46 ) (中部エジプト)へ遷都 ・・・ 写実的なアマルナ美術の開花 ②太陽神 ( 47 )を中心とする多神教 →新王国時代:( 48 ) = ラー信仰が興隆 (テーベの守護神 ( 48 )と結合) ⑥霊魂不滅の信仰 ミイラ「( 49 ) 」 を作成→来世に行った死者の幸福を祈る

解決済み 回答数: 1