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物理 高校生

至急!この問題の(1)から(4)の解説をお願いします🙇‍♀️

必 76. 〈円形波の反射〉 図のように、水槽の器壁から3.0m離れた点を波源として,振動数 5.0Hz の円形波が次々と送り出され, 水面上を伝わっていく。 図で円は 水面波の山の位置を表している。0を通り器壁に平行な直線上でOから 8.0m離れた点をPとする。 OからPの向きにのびる半直線を破線で表 し, Lとよぶ。 0から送り出された波はやがて器壁で反射するが,反射 の際, 波の振幅および位相は変わらないとする。 また, 水槽内の水面は 十分に広く水深は一様で、一度反射した波が再び器壁にもどることはな P 3.0ml 8.0m Q く、水面を伝わる波の速さは一定であるとする。さらに、波の振幅の減衰はないものとする。 (1) 0から出た1つの円形波Cが器壁に届き反射した後, 反射波の山がPに達した。 この瞬 間の波C全体の山の位置(実線)を正しく表した図は(ア)~(エ)のどれか。 (ア) P (イ) (ウ) (エ) ここでL上の任意の点をQとし, OQ=x[m] とおく。 Qでの, 0から直接届いた波と器 壁で反射して届いた波の干渉を考える。 42 波長を入[m], n=1, 2,...として,Qで2つの波が弱めあう条件を書くと, =(2-1) 12/12 となる。 □に当てはまる式を入れよ。 いま x=8.0m の点Pでは2つの波が干渉した結果, 互いに弱めあい, 水位が変化しない という。また, L上で水位が同様に変化しない点のうち,0から見てPよりも遠くにあるの は2個だけであった。 PはL上で(2)で得られた条件を満たす点のうち, nがいくつに相当するか。 (4) 入は何か。

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理科 中学生

これの4番がどうしてもわかりません、わかるようになりたいので過程も教えてください⊂⁠(⁠(⁠・⁠▽⁠・⁠)⁠)⁠⊃

16 右の図のような装置をつくり, 6V-6W の電熱線 A に, 6V の電圧を加えて水 100g の上昇温度を調べました。 また, 電熱 線Aを 6V-9Wの電熱線 B にかえて,同様の実験を行いまし た。表はその結果です。 次の問いに答えなさい。 (断面積1mm2, 長さ 1m, 温度20℃) 電源装置 スイッチ 電圧計 (1)表をもとに, 電熱線Aに電圧を加えたときの時間と上昇温度 の関係を表すグラフを解答用紙にかきなさい。 発泡 ポリスチレン 準 のカップ 温度計 水 電流計 電熱線 A (2) 電熱線 B に3分間電流を流したときに発生する熱の 量は何ですか。 時間 〔分 0 1 2 3 4 5 電熱線 A 0 0.7 1.5 2.1 2.7 3.5 上昇温度 [°C] 電熱線 B 0 1.12.13.2 4.4 5.6 6543210 上昇温度[℃] この実験で,加える電圧は6Vのまま変えず, 電熱線 Aと電熱線Bの両方をつなぎます。 このとき発生する 熱の量を,それぞれの電熱線を単独で使う場合よりも大きくするために は、2つの電熱線をどのようにつなげばよいですか。 簡潔に書きなさい。 ④電熱線Aに加える電圧を12Vにして5分間電流を流した時、水の上昇 温度は何度になるか。 選択肢から最も正解に近いと考えられるものを選 ベ ア 3,5 4.7 ウ 7.0 I 9.3 オ14.0 0 1 2 3 45 時間〔分〕

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現代文 高校生

この問題の問ニの解説の意味がわからなくて納得いきません。ちなみに答えは技術の手先です。 そもそも、おのれの手先、技術の手先ってなんですか??

8 技術の正体 ※ われわれはこう教えられてきた。つまり、科学は人類の理性の産んだイダイな叡智である。もとも と科学は実用などとは無関係に、ひたすら物を冷静に見つめることから得られる無垢なBチェだった のである。 それをたまたま実生活に応用したのが技術なのであり、その意味では技術も間接的には理 性の所産である。人類の理性が産みだしたものを、人類が理性によってコントロールできないはずは ない。われわれ人類には、この程度のものを理性的にコントロールする力は十分あるはずだ、と。 だが、本当にそうであろうか。 人類の理性が科学を産み出し、その科学が技術を産み出したという、この順序に間違いはないのであ ろうか。しかし、ギリシアの詩人が不気味だと恐れていたのは、人類の理性の所産である科学技術など ではなく、ただの技術である。 科学が技術を産んだというのは間違いではないのか。むしろ、技術 が異常に肥大してゆく過程で、あるいはその準備段階で科学を必要とし、いわばおのれの手先として科 10 学を産み出したと考えるべきではないだろうか。 ※ ※ そして、その技術にしても、人類がつくり出したというよりも、むしろ技術がはじめて人間を人間た らしめたのではなかろうか。原人類から現生人類への発達過程を考えれば、そうとしか思えない。火 を起こし、石器をつくり、衣服をととのえ、食物を保存する技術が、はじめて人間を人間に形成した にちがいないのだ。 こうした技術に助けられて、その日暮らしの採集生活が可能だった熱帯・亜熱帯地方を離れ、寒冷な中 緯度地帯に進出することのできた原人が、明日を生きるために今日から準備しておかねばならない生活 のなかで、その時間意識にいわば過去や未来といった次元を開くことになり、 こうしてはじめてホモ サピエンスになりえたのだからである。 きょう 私が問題にしたいのは、技術は人間が、あるいは人間の理性がつくり出したものだから、結局は人間 20 が理性によってコントロールできるにちが ないという。アンイな、というより据傲な考え方である。 どうやら技術は理性などというものとは違った根源をもち、理性などよりももっと古いユライをもつ ものらしいのだから、悪性などの手に負えるものではないと考えるべきなのである。 LO 5 15 きだ 木田元

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現代文 高校生

2枚目P22ページの例えば、から何言ってるのかわかりません。 現代文得意な方詳しく説明願います

がした 可能 いわ * いや生全体に 二〇一七年度 第 次の文章を読んで、後の設問に答えよ。 与えられた困難を人間の力で解決しようとして営まれるテクノロジーには、問題を自ら作り出し、それをまた新たな技術の開発 によって解決しようとするというかたちで自己展開していく傾向が、本質的に宿っているように私には思われる。 科学技術によっ て産み落とされた環境破壊が、 それを取り戻すために、新たな技術を要請するといった事例は、およそ枚挙にいとまないし、感染 防止のためのワクチンに対してウィルスがタイセイを備えるようになり、新たな開発を強いられるといったことは、毎冬のよう に耳にする話である。東日本大震災の直後稼働を停止した浜岡原発に対して、中部電力が海抜二二メートルの防波堤を築くことに よって、「安全審査」を受けようとしているというニュースに接したときも、同じ思いがリフレインするとともに、こうした展開に はたして終わりがあるのだろうかという気がした。 技術開発の展開が無限に続くとは、たしかにいい切れない。 次のステージにな にが起こるのか、当の専門家自身が予測不可能なのだから、先のことは誰にも見えないというべきだろう。けれども科学技術の展 開には、人間の営みでありながら、有無をいわせず人間をどこまでも牽引していく不気味なところがある。いったいそれはなんで あり、世界と人間とのどういった関係に由来するのだろうか。 けんいん 医療技術の発展は、たとえば不妊という状態を、技術的克服の課題とみなし、人工受精という技術を開発してきた。その一つ体 外授精の場合、受精卵着床の確率を上げるために、排卵誘発剤を用い複数の卵子を採取し受精させたうえで子宮内に戻す、といっ たことが行なわれてきたが、これによって多胎妊娠の可能性も高くなった。 多胎妊娠は、母胎へのフィジカルな影響や出産後の経 済的なことなど、さまざまな負担を患者に強いるため、現在は子宮内に戻す受精卵の数を制限するようになっている。だが、この 制限によっても多胎の「リスク」は、自然妊娠の二倍と、なお完全にコントロールできたわけではないし、複数の受精卵からの選択、 また選択されなかった「もの」の「処理」などの問題は、依然として残る。 いろう いずれにせよ、こうした問題に関わる是非の判断は、技術そのものによって解決できる次元には属していない。体外授精に比し より身近に起こっている延命措置の問題。 たとえば胃瘻などは、マスコミもとりあげ関心を惹くようになったが、もはや自ら食 事をとれなくなった老人に対して、胃に穴をあけるまでしなくても、鼻からチューブを通して直接栄養を胃に流し込むことは、か なり普通に行なわれている。このような措置が、ほんのその一部でしかない延命に関する技術の進展は、以前なら死んでいたはず の人間の生命をキュウサイし、多数の療養型医療施設を生み出すに到っている。 しかしながら老齢の人間の生命をできるだけ長く引き伸ばすということは、可能性としては現代の医療技術から出てくるが、現 実化すべきかどうかとなると、その判断は別なカテゴリーに属す。「できる」ということが、そのまま「すべき」にならないのは、 核爆弾の技術をもつことが、その使用を是認することにならないのと一般である。 テクネー (TEX(VM) である技術は、ドイツ語 Kunst の語源が示す通り、「できること(können)」の世界に属すものであって、「すべきこと (sollen)」とは区別されねばならない。 テクノロジーは、本質的に「一定の条件が与えられたときに、それに応じた結果が生ずる」という知識の集合体である。すなわ ち、「どうすればできるのか」についての知識、ハウ・トゥーの知識だといってよい。それは、結果として出てくるものが望ましい かどうかに関する知識、それを統御する目的に関する知識ではないし、またそれとは無縁でなければならない。その限りのところ それが単なる道具としてニュートラルなものに留まりえない理由もある。 では、テクノロジーは、ニュートラルな道具だと、いえなくもない。ところが、こうして「すべきこと」から離れているところに、 ほうてき テクノロジーは、実行の可能性を示すところまで人間を導くだけで、そこに行為者としての人間を放擲するのであり、放擲され た人間は、かつてはなしえなかったがゆえに、問われることもなかった問題に、しかも決断せざるをえない行為者として直面する。 妊婦の血液検査によって胎児の染色体異常を発見する技術には、そのまま妊娠を続けるべきか、中絶すべきかという判断の是非 を決めることはできないが、その技術と出会い行使した妊婦は、いずれかを選び取らざるをえない。いわゆる「新型出生前診断」 3限目 問題文

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