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国語 中学生

全て分からないのですが、すみません分かるところだけで大丈夫です。お願いします

次は 文章を訪み 書きなさい。また、空欄ア、イに当てはまる言葉を文中の言葉を月い 【生徒の話し合いの様子】 山川さん 「それでは、この文章の構成の仕方や表現の工夫について、話し合いましょう。」 「わたしは、この文章は、内容のまとまりょって『初め』『中』『終わり』の段」 落にはっきりと分かれているので、とてもわかりやすかったです。」 木村さん 『本論』『結論』と言うこと そうだね。このような文章の構成を『 もできるね。」 田村さん について、三つに分けて説明しているね。」 森口さん 『中』の段落では、 「『一つめ』、『こつめ』などの順序を表す言葉を用いることで、文章の展開をわ かりやすくしているんだね。」 田村さん 山川さん 文章の構成の仕方について、たくさんの気付きがありました。表現のエ夫に り ついてはどうですか。」 「わたしは、表現の工夫として、『たとえ』が用いられていると思いました。『た」 とえ』を用いることで、読み手がイメージをふくらませることができるように 木村さん しているのではないでしょうか。」 森口さん Fこのような『たとえ』 のことを『比ゆ』って言うんだよね。」 「そうだれ。|3の段落に、『まるで全体が一枚の柔らかい布のように』という表 現があったけど、こういう表現が『比ゆ』なんだよね。」 田村さん 木村さん 「わたしは、結論の という表現も『比ゆ』だと思いまし 森口さん この表現から、ベンギンがマイナス六〇度 にもなる厳しい寒さの中でも-らしていけ ることがイメージできるね。」 「表現の工夫をたくさん見付けることができ ましたね。自分たちが、調べたことを説明 するときも、読み手にわかりやすい文章を 書くことができるといいですね。」 山川さん 登 ※次のページにも問題が あります ★先生方へ~解答備 の番号は、問題結果登録の設問番号に対応しています。

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日本史 高校生

Aの最後にある 「⑤や④とともに②と争うことになった」の文は ②高句麗④加耶⑤百済が答えなのですが、新羅は争いに入ってなかったのか教えていただきたいです。

(3)次のA· Bの史料文を読んで, それぞれの史料に関する説明文の空欄(①~②)に適する語句を記せ。 A 百残,新羅は旧是属民なり。由来朝貢す。而るに倭,辛卵の年よりこのかた, 海を渡りて百残を破 り新羅を口口し, 以て臣民と為す。六年丙申を以て, 王射ら水軍を率る, 残国を討科す。 ひゃくざん もとこれ ゆらい しか しんぼう もっ しんみん な へいしん みずか とう か 【説明文]史料の出典は(① )の碑文で, 倭国が( ② )と交戦したことが述べられている。朝鮮半島南部 の()資源を確保するために, ( ④ ) 諸国と密接な関係をもっていた倭国は, 4世紀後半に( ② )が 南下策を進めると, (⑤ )や(④ )とともに(② )と争うことになった。 しょうめい つかわ いわ ほうこく へんえん はん B 興死して弟武立つ。 …順帝の昇 明二年,使を遣して上表して日く, 「封国は偏遠にして, 藩を外に そでいみずか かっちゅう つらぬ ばっしょう ねいしょ いとま もうじん 作す。昔より祖禰射ら甲胃を撮き,山川を歌渉して寧処に違あらず。東は毛入を征すること五十五国。 ……」と。 (説明文]史料の出典は( ⑥ )で, 5世紀後半に倭の五王の一人である武が中国の南朝に( ⑦ )して倭王 と認められたこと, 倭国の王権が勢力を拡大して地方豪族たちを服属させたことが述べられている。埼 玉県の( )古墳出土の鉄剣銘と熊本県の(③ )古墳出土の鉄刀銘には, ともに「獲加多支園大王」と記 され,統治を助けた地方豪族名がそれぞれみられる。この大王は, 武であり, 「記紀」に記された( 0 ) にあたる。なお, 鉄剣と鉄刀の銘文は( @ )の使用を裏付けるものである。ヤマト政権のもとで, T仙面立書などの作成に当たったのは(1② )に組織された渡来人たちであった。 TI

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