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理科 中学生

(2)、(3)、(4)そして、(6)の①が分かりません。 解説おねがいします。 ちなみに答えは(2)エ(3)カ(4)カ(6)①ウとなってます。よろしくおねがいします。

⑤【電流と磁界】 図1のような装置で,コイルに電流を流したところ, コイルがウの向きに動いた。 □(1) 点Pのまわりにできた電流による磁界の向きは,図2のア,イの どちらか, 記号で答えなさい。 ( (2) 点Pでの磁石による磁界の向きは,図1のア~カのどれか,記号 で答えなさい。 ( (3) 電流の向きを逆にすると, コイルは図1のア~カのどちらに動く か, 記号で答えなさい。 ( 〕 図1 図2 I 力 〕 (6) 図1の装置からコイルをはずし、図3のように検流計につないでコイル に棒磁石のN極を近づけると, 検流計の針が-側に振れた。 □ ① 次のうち, 検流計の針が-側に振れるものを1つ選び, 記号で答えな さい。 〔 ア N極を遠ざける。 イ S極を近づける。 ウ S極を遠ざける。 □ ② 図4のように,棒磁石をコイルの上で左から右へ動かした。検流計の 針はどのようになるか。そのようになる理由とともに簡潔に書きなさい。 ( (7) 図 3,4の原理を利用した装置には何があるか。 1つ書きなさい。 P U字形 磁石 電流の向き 図3 P 図 4 コイル (4) U字形磁石のN極とS極を逆にして,図1と同じ向きに電流を流 すと, コイルは図1のア~カのどちらに動くか, 記号で答えなさい。 (5) 電熱線を抵抗の大きいものに変えて,図1と同じように電圧を加えた。コイルの動きは図1のときと比 べてどのようになるか。 簡潔に書きなさい。 ( 電熱線 電流計 C₁ 10. 検流計 〕

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理科 中学生

理科の物質と電流の問題です 答えとできれば答えの根拠も教えてください

[3] 水溶液の性質を調べるために、次の実験を行った。これについて、あとの各問いに答えな さい。 実験① 図1のように 60℃の水 50gを入れた ピーカー A,Bを用意し, Aには食塩(塩 化ナトリウム) B には硝酸カリウムをそ れぞれ 20gずつ入れてよくかき混ぜる と. A では食塩が少しとけずに残ったが. Bでは硝酸カリウムがすべてとけた。 実験 ② A. Bの液をそれぞれろ過し、得られた液を1滴ずつ別々のスライドガラスにとっ て水を蒸発させると,どちらのスライドガラスの上にも固体の物質が残った。 図 1 「ろうと台 ガラス棒 食塩・ 20g ピーカーA 硝酸カリウム 20g (1) 実験 ① で A の温度を60℃に保ったままでふたたびよくかき混ぜると, とけずに残っ ていた食塩の量はどうなると考えられるか。 次のア~ウから1つ選んで, 記号で答えなさい。 ア 減る。 イ 変わらない。 ウ 増える。 (2) 実験②で行ったろ過のしかたとして適切なものはどれか。 次のア~エから1つ選んで、 記号で答えなさい。 ア 60℃の水 150g ビーカーB (3) 実験 ② で Aの液をろ過して得られた食塩水は、食塩が水にとける限度の量までとけた 水溶液である。 このような水溶液を何というか, 答えなさい。 (4) 実験 ② のように水を蒸発させても, とけている物質を固体としてとり出すことができな い水溶液はどれか。 次のア~エから1つ選んで、記号で答えなさい。 ア 砂糖の水溶液 イ二酸化炭素の水溶液 ウ 硫酸銅の水溶液 I ミョウバンの水溶液

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理科 中学生

お願いします、

B やってみよう 熱を発生する化学変化 図1のような実験を行いました。 この実験では、鉄粉は何という物質と結びつ きますか。物質の名称と化学式を書きましょう。 (2) 銀粉がりの物質と結びつくことを何といいます 988887 S (g) 次の文の口にあてはまる言葉を下のアー エから1つずつ選びましょう。 ア ウ この実験では、化学変化が起こるときに ① ため、温度が② イ. 熱を吸収する ウ. 上がる エ. 下がる ア、熱を発生する (4) この実験のような温度の変化が起こる反応を何といいますか。 2のかいろでは、図1と同じしくみが利用されていますか 5F 外袋を開けてはじめてあたたかくなるようにする ためには、外袋と内袋の空気の通し方をどのようにすれ 図1温度計 内袋 空気を通す。 イ 空気を通さない。 I チ 温度計 ぬれた ろ紙 月 内 鉄粉 ばよいですか。 次のア~エから1つ選びましょう。 外袋 外袋 空気を通さない。 内袋 空気を通す。 空気を通す。 空気を通さない。 空気を通す。 空気を通さない。 日常 (6) 石油や天然ガスなどの有機物を燃焼させても、この実験のような熱の出入りが 起こります。 このことを利用した器具の名称を1つ書きましょう。 ガラス棒で かき混ぜる。 ヤ レンジ 日 鉄粉と活性炭 の混合物 12/ 2 熱を吸収する化学変化 右の図のような実験を行いました。 (1)この実験で発生した気体の名称を書き ましょう。 (2) 次の文の○にあてはまる言葉を下 のア~エから1つずつ選びましょう。 この実験では,化学変化が起こるとき ① ため、温度が② イ. 熱を吸収する ウ. 上がる (3)この実験のような温度の変化が起こる反応を何といいますか。 ア. 熱を発生する (4) この実験と同じ温度の変化が起こる方法を次のア~ウから1つ選びましょう。 ア. 鉄と硫黄の混合物を加熱する。 イ. 炭酸水素ナトリウムとクエン酸に水を加えてよく混ぜる。 ウ. 酸化カルシウムに水を加える。 A+B ・外袋 ガラス棒で 混ぜ合わせる。 エ. 下がる 一塩化アンモニウムと 水酸化バリウム 19 (1) 名称 (2) 化学式 (4) (5) (6) 「5のヒント! かいろがあたたかくなるため! には、 中のある 物質が結びつく必要があるよ。 AIZ 20 (1) (2) ① (3) ② 問26問 (4) 記述に 発熱反応とは,どのような反応ですか。 「熱」 「温度」という言葉を使って簡単に書きましょう。 [4]のヒント! この反応を利用すると冷却 パックが作れるね。 理科

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現代文 高校生

この問題の答えを教えてください🙇‍♀️

Since 1994 N TURITORY 【二】 次の文章は、小池昌代の随筆「道について」の一部である。後の問いに答えよ。 (30点) 知っている道に出たときの、あの不思議にほっとする、あたたかい感じ。わたしたちはどんなに大人になっても、身体の奥に、迷子に なることの恐怖をかかえて生きているのではないだろうか。 しかしどんな道も、いかなる町も、生きているひとと知り合うのに似て、少しずつ、だんだんと、なじんでくるものだ。 町の構造がようやく身体に入ってきたころ、「近道」とか「遠回り」というガイネンも入ってきた。 目印だけを頼りに通っていた道が、 案外回りであることがわかったり、思い切って足を踏み入れてみた小路が、思いがけぬところへ抜けていたり。 道を歩くことは、こ うして全身をかけて土地を切り開き、土地にもぐりこみ、土地になじんでいく行為にほかならなかった。 知らない道が見知らぬ場所へひとを誘うのは当たり前だが、知っている道が見知らぬ場所にひとを運んだり、知らない場所がよく知る 道に通じていることを知ることには、いつもささやかな感動がある。 1 道には知っていることと知らないことを結びつける機能が備わってもいるようだ。知っていることを伸ばしていけば、知らないところ へ出る。 知らないものを伸ばしていくと、知っている道に出る。 外国に旅に出ると、特に一人旅では、こういうことは明瞭に起こる。 言葉の不自由さに加えて、土地そのものからはじかれている感じ は、ひとを二重に異邦人にするが、それでもひとつの道が次第に親しい道になっていき、日々、見知らぬ場所へとひとを運び、再び宿へ とひとを戻すとき、その道はひとにとって、水や塩に等しい、命をつなぐ脈ともなる。 そうした道に付けられてある通りの名前を知った りすると、道は、いつでも記憶のなかに呼び出せる、親しい友のような表情さえ表す。 初めての道に足を踏み入れるときは、いつも身体に緊張が走るが、すべての道は、二度目に通るときから、「知っている道」になるこ とも面白い。当たり前のことだが、そのことはうれしい。 二度目に通るとき、ひとは、今の道と記憶のなかの道の、二つの道を同時に歩 くのだ。 以前、わたしの友人に、新しい記憶ほど剥がれ落ちてしまうという記憶障害を持っているひとがいた。そのせいなのだろうか、彼は何 度来ても、わたしの家へたどりつけない。 わからなくなったと、途中で電話が入る。 障害のことをそのとき知らなかった。そのたびに駅 まで迎えに行って、目印になるものを教えながら歩いたが、ついに、ひとりではやってくることができなかった。 わたしの祖母の呆けも、自分の家に帰れなくなったところから始まっている。 祖母も友人も、どれほどに自分がもどかしく、ふがいなく、心もとなく、不安だったことだろう。あのときは、ただ困った状況として とらえるだけで、彼らの不安そのものには目が向かなかった。 行きたい場所へ、行き着けないいま思うと、彼らの不安は、わたしの不安そのものに思える。 不安はすべて、未来を先取りした途 上に生まれ、その意味で、生きることはそのまま丸ごと、「不安」そのものだ、とわたしは思う。 子供のころ、迷子になったことがある。 夏の朝、家の前の道を、ひとりでずんずんと進んでいった結果、とんでもないところへ出てし まったのであった。 気がついて見回した町並みは自分のまったく見知らぬ場所である。見知らぬひとが歩いている。 見知らぬ自転車がとまっている。 自分 で勝手に歩いてきただけなのに、自分の帰るべき根元のようなものが、ぷっつんと音をたてて切れてしまったようだった。 遠心力のよう な透明な力によって、リフジンに道端に捨てられたような気がした。 わたしは、ひとりだった。 あたたかい共同体からはじきだされて。 こん棒で胸をつかれたような、激しい悲しみの感情がわいた。 わたしは大声をあげて、泣いたのではなかったか。 今でも遊園地やデパートや公園などで迷子のアナウンスがなされると、その子供の不安が自分のなかで、同じくらいの大きさにふくら んでしまう。きっと誰かが迎えに来てくれるに違いないと思うが、そうしたアナウンスは、見つかりましたという結果までは流さない。 とっ さに脳裏に浮かぶのは、親から見捨てられた、永遠の迷子としての子供のイメージである。 それが自分のなかの悲しみのようなものと共 鳴する。 ここはどこ? すべての迷子は、まずその疑問に射抜かれている。いつも暮らしている場所にいるとき、わたしはそんな質問をもった ことがなかった。自分が生きている場所を見失う不安、それは自分自身を見失う不安のことなのかもしれない。 ここはどこ? というひ とつの疑問は、わたしはだれ? という次の疑問を容易に呼び出しそうな気配を持っている。 しかし、わたしは、自分が迷子になったあのときの、ひりひりとした、 異様に新鮮な不安を、大人になった今、時々、味わいたいと思 & e 1

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