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現代文 高校生

直後にエの選択肢の"バイアス"という言葉があったので"エ"だと思ったのですがナゼダメで"ウ"になるのですか。

(ニ) つぎの文章を読んで、後の問いに答えよ。 日本の散文芸術(和文体) の歴史を振り返ったとき、厳密な意味での「三人称」の世界が存在したかどうかはきわめて疑わしい。 物語にせよ軍記にせよ、時に現場に密着したある一人の人物から語られているかと思うと、次の瞬間には全体を傍厳する、全一 能的、バノラマ的な視点に切り変わっていたりもする。大宅世継が夏山繁樹に語るのを作者が聞き書きする(「大鏡」)、という 形に象徴されるように、そこでは多くの場合、誰が誰に語るのか、という具体的な「場」が前提となるのであり、たとえ客観的一 0をH6Jき 融通無得な様態を。 の一貫性を求めて無意識のうちに蓋合性をつけて読もうとしているからなのではないだろうか と感じるのであるとするなら、それはわれわれが近代的な「人称」の概念の影響を受け、視点- 近代以降の小説は、雨洋の十九世紀的なリアリズムを取り込もうとする動きの中で、「人称」という発想に出会い、これを日 本語の言文一致体に実現していこうとする悪載苦闘の歴史でもあった。物語の内容を表現するにあたって、誰が、どのような 資格で語るのか、という問題が、おそらくこれほどまでに厳しく問われた時代はほかにはなかったのである。たとえば一人」 な叙述の形をとっていたとしても、それはあくまでも「よそおわれた三人称」とでもいうべきものなのである。もしもこうした一 64 2014年度 国語

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国語 中学生

私が書いた意見分の訂正をしてほしいです。 優先席は不要であると考えます。なぜなら、優先席があったとしても席を譲る人が少ないからです。これを改善するためには席を譲ることの大切さを発信するべきです。そうすることで、優先席がなくても自発的に席を譲る人が増え、譲り合いの精神が生まれ... 続きを読む

私は、電車やパスなどの優先席は不必要だと思っていま す。それは、優先席であってもなくても、高齢者や身体の一 不自由な人たちに席を譲るのは当たり前のことだからです。 ところが、この当たり前の行為がなかなか実行に移されて いないため、優先席の必要性が議論されています。席を譲一 るというのは、そんなに難しいことなのでしょうか。私にも、 席を譲ることを露露した経験が何度かあります。そのよう な跡踏を感じるきっかけとなったのは、次のようなできご ある日、私は下校の途中でバスの席に座ってうとうとし」 ていました。ふと気がつくと、バスの車内は学生やサラリー一 マンでごった返し、私の目の前には杖をもったおじいさん が立っていました。おじいさんは、身体が不自由なようで、 手を伸ばして吊革につかまることが難しそうでした。混み 合った車内でおじいさんが立ち続けているのは大変だし、 危険でもあると思い、私はとっさに席を立ってそのおじい」 さんに譲ろうとしました。ところが、声をかけた私に対し とでした。 さ ておじいさんは、「年寄り扱いをするな! 不愉快だ!」と 怒鳴りつけたのです。私は、自分の行為がおじいさんを怒」 らせたことが悲しく、また、周りに人が大勢いる中で怒鳴一 られたことに恥ずかしい思いをし、次の停留所までパスの一 席にいたたまれない気持ちで座り続けていました。 席を譲りたい気持ちはあるのにそれを行動に移せない、 という人の中には、私と同じような経験をしたことのある一 人が少なくないのではないでしょうか。席を譲りましょう、 という啓発はもちろん大事だと思います。その一方で、席一 を譲られた側に向かっても、席を譲ってくれた人の気持ち一 を受け取ってあげましょう、などと呼びかけていくことが 大事なのではないでしょうか。人への思いやりや気遣いを一 安心して行動に表せる社会になれば、優先席など必要なく」 J なるのではないかと思います。 3|中学生の早川さんは、学校に行くことが難しくなったときに、 進める手段としての「オンライン授業」に興味を を行いました。これを読んで、あ: 学料3】優先席についてのある中学生の意見文

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