学年

質問の種類

世界史 高校生

解答お願いしたいです! お願いします!!!!

4 ナポレオンの政治についての問題です。 地図を見て問いに答えてください。 スウェーデ クおよび王国 k E 31 リスポンダ 「マドリード イギリス国 ジブラルタル ナマス スペイン王国 B D ノルウェー王国 オランダ王国~ C 帝国スイス G were A サルデーニャ 王国 教 JP プロイセン王国 I シャワ大公国 3325 F NA オーストリア帝国 (ナポリ 王国 1) 地図中A~Jはナポレオンに由来する地名 (国名)です。 下の説明文をヒントに語群から地名を選んで記号で書いてください。 <説明文> ボロディノ IRIS H ナポレオンが流刑になった島。 Iの戦いで敗れた後, ロシア帝国 ベッサラビア (1812 ロシア) A ・1769年, ナポレオンはこの島の小貴族として生まれた。 B ・・ここでは, 1802年にイギリスとフランスの和約が結ばれた。 C.・ナポレオンが第一統領としてa) ナポレオン法典を発表した。 ・・b) 1802年, 国民の支持を得て皇帝となったナポレオンはこの国で第一帝政を始めた。 ・イギリスのネルソン提督に敗れた地。 ・ロシア・オーストリア連合軍を破った戦いの地。 D E F G・ライン同盟を結んだことで、この国は消滅してしまった。 (国名です。) H ・・c) 大陸封鎖令を破ったロシアを制裁するため,この地へ遠征するも失敗してしまった。 I ・・1813 年、プロイセン・オーストリア連合軍がナポレオンを破った戦いの地。 J |ア:トラファルガー イ:フランス ウ:モスクワ エ : アミアン |カ アウステルリッツ キ: パリ オ:コルシカ島 ク: 神聖ローマケ:ライプツィヒコ:エルバ島 2) ナポレオンと同時代を生き, 理念に共感して 『ボナパルト』を作曲したが, ナポレオンの皇帝就任を聞き 激怒し、タイトルを 『英雄』 と変えてしまった芸術家を選んでください。 A : ビバルディ B : ベートーヴェン C : モーツアルト D : キダタロウ 3) 下線部a) は全部で何条であったか。 語群から選び, 記号で答えてください。 A 2261条 C 2281 条 D: 2291 条 B2271 条 4) 下線部b)について, 皇帝となったナポレオンは自らを何と名乗ったか。 5) 下線部c)はフランスがどこの国を困らせるために行ったか、 国名を書いてください。 6) 1815年3月, ナポレオンはパリに戻り再び皇帝になりますが6月には退位することになります。 この約3ヶ月間のことを何というか, 漢字4文字で書いてください。 7) 1815年6月, ナポレオンが最後に流刑になったナミビア沖の島の名前を書きなさい。 <別紙資料集> 【図A】 【図B】 【図C】 い) A C え) ★ -B

回答募集中 回答数: 0
国語 中学生

問1、2、3、5、7教えてください😰お願いします😢

回園 そのあと高等学校の学生になって京都見物に出かけ、竜安寺の庭をみた時 私はその庭一面にしきつめられた白い砂徴の上にもある、長い線たちと石のま わりの満の円とでできた幾重ものかさなりから生まれた模様が描かれているの 1 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 相撲で好きな光景のひとつは、呼び出しというか出方というか、あのたっつ け (足首を紐でしばった袴のようなもの)をつけた人物が、取組と取組の間で 土俵を、等ではききょめる姿である。一勝負ついたあと、A これから大 切な大一番がはじまる前となると、組になって土俵に上がってきて、土俵を正 面からだんだんあとずさりしながら、砂をきれいにはいてゆく。中央の仕切り 線を中心に、東と西と両側から、半円形に砂をならしながら、しだいに裏正面 までさがってゆく。そのあと、土俵の上の砂をはらい、最後に土俵の内外をて をみて、感動した。気をつけてみると、竜安寺だけでなく、大徳寺の庭の同種 の模様はもちろん、たとえば銀閣寺の庭の、砂を高くもり上げた白川砂の向月男 台にしても、やはり絶えず薬き直していかなければならないものである 私は、芸術の根のひとつは、こういうところにあるのだと思う。 O たり 寺の庭を掃除すること、それ自体を芸術と呼んだら、大製院なもののいい方に すぎまい。だが、逆に、芸術というものは、どんなに完成されきった作品の形 をとってしまったあとも、いつも、こうやって誰かが掃除して、ある軌跡をは いねいにきょめてひとつの乱れも残さないように留意する。 これはもちろん、土俵の中で勝負する力士の活動を妨害するものを除くこと とくに土俵のきわで勝負のもつれる場合の多いこの競技で、足が出たかどうか、9 指先とか瞳のごくかすったあとまで判定できるように、最初に砂をならしてお くためである。 B 在切りがはじまり、力士が塩をとりに何度も土俵の内と 外を往復したあと、いよいよ最後の仕切りに入った、その直後にも、もう一度、 土俵のまわりをはく しかし、単に競技の必要というだけでなく、見た目にもいかにも美しいあの5 ききよめ、洗い出しているべきものなのである。そういう意味で、芸術は、た えず創造的なくり返しの手をもった精神で支えられている。というより、そう いう手を求めており、その手がないと死んでしまう。だがまた、逆にいえば そうやって仕事をするのは人間の心のどこか深いところにある喜びにぴったり 合っていて、人間というものは||あるいは、ある種の人間というものはー カ 。 どうしても、そういう掃除をやらないではいられず、それがどんなに骨の折れ る仕事であろうと、結局それをやらずにはいられないということである バッハやベートーヴェンといった人びとの作品が、生まれてから百年、二百 年とたった今でも、毎日地球上のどこかで、誰かの手でひかれているというの も、この土俵や庭の掃除をしているようなものではあるまいか。そのあとをみる 草落できれいにはいたそのあとは、いつも、私に少年のころ、特には夏の朝早 く、私も、帯をもって、家の前をはいている間、私の頭に浮かんでいたことを るごとに、私たちは、その美しさにうたれる。それは、単に作品それ自体が美 しいからだけでなく、こうやってはききよめる仕事が人間の精神の労働のひと つの根本的なものにつながっているからである 思いおこさせる。そのとき、私は、いつも家の前の通りの中央からはじめて、 あとずさりしながら、自分の片手の許す限りの長さで、草蕃でもって、半円形 の波形をつけて、地をはき、それが家の壁までくると、今度は逆に通りに背中8 をむけて、また同じ半円の波型を地面につけながら、うしろにすすむ。そうい 音楽や建築や美術などは、一度鳴り響き、高くそびえたとしても、そのあと ったことを何十回かくり返しているうちに、家の前には、同じ長さと円みをも った長い波動の線が幾重にもかさなり、うねっている姿が生まれてくる。私は、 仕事の途中で何度か休んでは、その姿をふりかえって楽しみ、また最後になっ はただ誇らかにすえおかれただけというのでは、まだ完了したとはいえないの8 である。 向月台 =銀閣寺(慈照寺)の庭園にある砂盛り。高さは約一八〇センチメート て、もう一度、その全景を楽しんだ ルで、円龍形の上方を部り落とした形をしている

回答募集中 回答数: 0