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地学 高校生

この問題の問1のウ、私は最初ピンクの紙の左側だと考えていて長くなったと考えていたのですが右側の図になるから短くなったってことであってますか?🥲

✓10 ★★ 思考 探究 断層運動 5分 次の文章を読み、 以下の問いに答えよ。 右図は、ある地震で地表に現れた断層(地震断層)を上空 から見て作成した模式的な平面図と、 その一部分の拡大図 である。 この地域では、太い実線で示された断層によって、 複数地点で道路がずれていることが確認されている。まず 拡大図のみを見たガクくんは、 拡大図の地点における道路 のずれ方から、この断層は道路を水平方向にのみずらした アであると考えたが、広い範囲の図を見ると、断層 によって、 T字状の道路がずれていることがわかった。 さ 道路 北 断層 地点 A 地点B -断層 (拡大図) 道路 らに、地上の調査によって、断層を境にして、東側の地面と西側の地面に段差が生じたことも判明した。 こ れらのことから、ガクくんは、 実際にはこの断層は鉛直方向に動いたイであり、地震の前後で地点A と地点Bの水平方向の距離がウと考えた。 問1 文章中のア ① 右横ずれ断層 ⑤ 長くなった ~ ②左横ずれ断層 ウに入る語句として最も適当なものを、次の①~⑥のうちから一つずつ選べ。 ④ 逆断層 ⑥ 短くなった ③正断層

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地理 中学生

雨温図の比較についてで、 宮崎がなぜ降水量が多いのかがわかりません。どなたか解説よろしくお願いします🙇

対馬 学習課題 ょうか。 げんかいなだ 玄界灘 福岡 福岡県 海 峡 地 筑 国東半島 80km 34° 佐賀県 33° 島 列 海か なが泣き 長崎 んぜんだけ 長崎県 1483 雲仙岳 しまば たちばなわん 129° 橘湾 熊本15924 島原半島 熊本県 大分県おおいた 佐賀 有り 八国見山 大分 1018 1791 れんさん くじゅう連山 明日 そさん 阿蘇山 九 州 129° あまくさ 鹿児島県 天草諸島 球く 磨 ま 地 宮崎県 おおしま 大島 宮向が あまみ おおしま 奄美大島) 32° しんもえだけ 28° きりしまやま ¥170(新燃岳) 島 霧島山 14 みやざき 野 大淀川 おおよどがわ 列 シラ 宮崎 さくらど 島 しま桜島 鹿児島 ! 鹿が御岳地 太平洋 ま おきなわじま ひがし かい 児 こ おおすみ 132° 沖縄島 東シナ海 半 島 大隅半島 へ島 那覇 県庁所在地 .0. 924 沖縄県 いもんだけ 鹿児島県開聞岳 - 131° −26° 128° みさき 130° 佐多岬 ・県の境界 -2000m くばしま 大場島 沖 縄 -26° [1000 たいしょうとう 99 0 -500 たねがしま うおつりしま せん 閣諸島 種子島 200 .. 124° ちのえらぶ じま 100 (陸地の高さ) 2 A 口永良部島 124° いしがきじま いらぶじま 25% おお する 0 いりおもてじま 西表島 石垣島 伊良部島・ みやこじま 131° みやのだけ やえやま ~沖縄県 八重山列島 125° 宮古列島 大隅諸島 1936年 やくしま 宮之浦岳 屋久島 ●九州地方の自然環境 ▲ 活火山 きゅうしゅう かん きょう なは 気温 那覇 降水量 気温 みやざき 宮崎 降水量 気温 ふくおか 30 500 30 °C mm 20 年平均気温 400 20 17.4°C 23.1°C 10 300 2020 10 ℃ 15000 mm 福岡 降水量 500 mm 400 20 400 17.0°C 300 10 300 10 200 0 200 0 0 200 -10 年降水量 100 -10 100-10 100 2041mm 2509mm 1612mm -20 0 -20 -20 1月 7 12 1月 7 0 12 1月 7 12 ②各地の雨温図 (「理科年表」 平成30年)

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地理 高校生

この問題の解き方を教えてほしいです! Eがアだと猛火というワードからわかったのですが、他の2つがわかりません。解説を読んだのですが、個人的に歴史的?なことが書いてあってどういうふうに答えを導くのかがわからず悩んでます。 どなたかすみませんがよろしくお願いします🙇‍♀️

地理総合, 地理探究 問2 ハルカさんたちは,日本でこれまでに発生してきた自然災害を伝承した記念 碑があることを知った。 後の資料2は, ハルカさんたちが地理院地図に公開さ れている次の図中のE~Gの3地点における自然災害伝承碑についての情報 をまとめたものであり, E~Gには, ア~ウのいずれかがあてはまる。 E~ G とアウとの組合せとして最も適当なものを,後の①~⑥のうちから一つ選べ。 25 イ 碑文には, 「高き住居は児孫の和楽,此処より下に 家を建てるな」 などと刻まれている。 地区の生存者は 明治の災害 (1896年) 2人、昭和の災害 (1933年) で4人のみで、二度とも集落は全滅した。 記念碑の教 訓を守り住居を構えていた住民は,平成の災害 (2011 年)では家屋に被害はなかった。 ア 図 1 資料 2 ウ 大正3 (1914) 年の災害は,安永8 (1779) 年以来 の大惨禍で広範囲が猛火に包まれた。 数日前から普段 と異なる現象が生じ, 村長は測候所に判定を求めた。 村長は,測候所の回答から 「あわてて避難しなくとも よい」 と住民に伝えたが, 間もなく大きな災害が発生 した。 住民は異変を認識したら避難準備を行うことが 大事である。 明治23 (1890)年8月中旬, 河川の水位がところ により4.9mも上がった。 これはなかなかみられない ことで,上流の村の堤防が25日に破られ災害が発生し た。 27日には別の村の堤防が、29日にはさらに別の 村でも堤防が破られ, 付近一帯は果てしない海のよ うになった。 EFG ① ア ② ア ウィ イウ ④ ⑤ウアイ イウア ③イアウ ⑥ ウィア

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