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古文 高校生

平家物語、「小督」の文章です。 品詞分解が解らないので、品詞分解を教えていただきたいです

しげのり こう 主上恋慕の御思ひに沈ませおはします。申しなぐさめまゐらせんとて、*中宮の御方より、小督殿と申す女房をまゐらせらる。この女房は、 れいぜい *桜町の中納言重教の卿の御娘、宮中一の美人、琴の上手にておはしける。*冷泉大納言隆房卿いまだ少将なりし時、みそめたりし女房なり。少将 はじめは歌を詠み、文をつくし、恋ひかなしみたまへども、なびく気色もなかりしが、さすが情けによわる心にや、遂にはなびきたまひけり。さ れども今は君に召されまゐらせてせんかたもなく、かなしさに、*あかぬ別れの涙には袖しほたれてほしあへず。少将よそながらも小督殿見たてま つることもやと、常は参内せられけり。おはしける局の辺、御簾のあたりを、あなたこなたへ行き通りたたずみありきたまへども、小督殿、「われ 君に召されんうへは、少将いかに言ふとも、詞をも交はし、文を見るべきにもあらず」とて、*つての情けをだにもかけられず。 少将もしやと一首 の歌を詠うで、小督殿のおはしける御簾の内へ投げ入れたる。 さんだい ちが しほがま 思ひかね心はそらにみちのくの千賀の塩釜近きかひなし 小督殿、やがて返事もせばやと思はれけめども、君の御ため御うしろめたうや思はれけん、手にだに取っても見たまはず。*上童に取らせて*坪の うちへぞ投げ出だす。少将情けなう恨めしけれども、人もこそ見れとそらおそろしう思はれければ、急ぎこれを取って、ふところに入れてぞ出で られける。なほ立ちかへつて、 *たまづさを今は手にだに取らじとやさこそ心に思ひ捨つとも 今はこの世にてあひ見んこともかたければ、生きてものを思はんより、死なんとのみぞ願はれける。 しやうとう

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現代文 高校生

これらの読み、意味を教えて頂きたいです🙇🏻‍♀️

山月記 第一段 ●傍線部の「読み」と「意味」を確認しなさい。 朧西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補 せられたが、性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、賤吏に甘んずるを潔しとし なかつた。いくばくもなく官を退いた後は、故山、かく略に帰臥し、人と交わりを 絶つて、ひたすら詩作にふけった。下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈する よりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。しかし、文名は容易 に揚がらず、生活は日を追うて苦しくなる。 李徴はようやく焦躁に駆られて来た。 この頃からその容貌も哺刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみいたずらに炯々として、 かつて進士に登第した頃の豊頰の美少年のおもかげは、どこにに求めようもない。 数年の後、貧窮に堪へず、妻子の衣食のためについに節を屈して、再び東へ赴き、 一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己の詩業に半ば絶望したた めでもある。かつての同輩は既にはるか高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にも かけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の秀才李徴の自尊心を いかに傷つけたかは、想像に難くない。彼は快々として楽しまず、狂悼の性はいよ いよ抑へ難くなった。一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿った時、遂に発 狂した。ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起き上がると、何か訳の分からぬこ とを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駆け出した。 彼は二度と戻って来 なかつた。附近の山野を捜索しても、何の手がかりもない。その後李徴がどうなつ たかを知る者は、誰もなかつた。

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歴史 大学生・専門学校生・社会人

記述問題がテストで出題されるのですが、この記述問題だけ何を説明すればいいのか全く分かりません。よろしくお願いします。

(1) 以下の史料は1920年代に日本の外交を取り仕切っていた人物の声明文である。 史料を参考にして当時の日 本の外交姿勢と対立する思想がどのようなものであったかそれぞれ60字以内で答えよ。日 (前略) 大体に於て世界人心のく傾向を観察すれば、国際的争闘の時代は漸く過ぎて之に代るべきものは 縫う 国際的協力の時代であることは疑を容らませぬ。世間には往々此の新傾向を目して国際主義などと称し、之 を以て国家主義と相容らず自国の利益と相反するものと認め、之を攻撃する論者も無いではありませぬ。若 し所謂国家主義なるものが一国の専横を意味し、他の列国皆挙つて此の一国の便宜に迎合すべきことを意味 樹事な振楽し ** するものならば、現今の大勢はく如き国家主義と相容れざるは明瞭であります。 又所論自国の利益なるも のが、目前一時的の利益又は国民の一部分の利益を意味するものならば、現今の大勢は斯の如き自国の利益 に不利なることも争ふべからざる事実であります。 砕し笮ら世界は一国を中心として回転して居るものではない、凡そ一国は国力が如何に強大であっても、又 財力が如何に豊富であつても、之を恃んで列国間に専横を極むるときは遂には無惨なる失敗に終るものであ る。 是れは歴史の証明する所である。 国家の真正且永遠なる利益は、列国相互の立場の間に公平なる調和を 得ることに依りて確保せらるるものである。 我々は此の信念に基いて凡ての列国に対する外交関係をせむ ことを期する次第であります 外交姿勢 対立する姿勢

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国語 中学生

問5なのですが,答えはエです。 解き方を教えていただきたいです!

ある人とんだちかたらひて、山のふもとをとほりしに、「この山に虎ありて、人をくらふ。この虎をころしたるものあらば、十万貫をたまふべ し」と、傍文たちたるを見て、おほいによろこび、うでまくりなどし、そのままかけあがらむとするを、Qどもだちひきとどめ、いのちはをしから ずといへば、「たからだにもちたらば、いのちは何かをしからむ」と@こたへしとかたりき。おろかなる人のこころざし、まことにをかしき事なれ ど、たからあつめするものの、人のうらみそしりをもかへりみず、さかりて入れば、またさかりて出づる事、いかほども出でき、遂にはその身も危 fくなり、家もほろぶるにいたれる、@何かこの物語に異ならむ。 JA 次の文章を読んで、後の各問に答えなさい。字数制限のあるものは、句読点·符号も一字とする。 あめのもりほうしゅう」 (雨森芳洲 『たはれ草』による。一部改変) 十万貫をたまふべーし…十万貫のお金を授けよう。 ()ある人ともだちかたらひて…ある人が友だちと親しく語り合いながら。 傍文…昔、通達などを板に書き、目立つ場所に揚げたもの。 さかりて入れば、またさかりて出づる事…不当な手段で得た財貨が、結局つまらぬ目的のために使い捨てられるというようなこと。 間一 傍線部の「ある人』を作者は別の言葉で何と表現しているか。本文中からそのまま六字で抜き出して答えなさい。 間| 修線部の「ともだちひきとどめ」とあるが、「ともだち」が心配したのはどのようなことか。十五字以上、二十字以内の現代語でまとめ、答え なさい。ただし、虎 という語句を必ず使うこと。 間三 修線部@「こたへし』の主語として最も適当なものを次の中から一つ選び、その記号を答えなさい。 sある人 問四本文には実際に人が言った言葉として、「」でくくるべきところがもう一箇所ある。その言葉を本文中からそのまま抜き出し、その初めと終 わりの二字ずつを答えなさい。 間五 傍線部©「何かこの物語に異ならむ」とあるが、この意味として最も適当なものを次の中から一つ選び、その記号を答えなさい。 ァ 何もかもがこの物語と異なっているのだ ウ どうしてもこの物語とは異なるだろう 問六 明くんは、右の本文を読んで、気づいたことをま、、 たからだにもちたらば…財貨さえ得られるならば ィ ともだち ゥ たからあつめするもの H 作者 ィ 何とかしてこの物語と異ならせたい どうしてこの物語と異なるところがあろうか

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歴史 中学生

空欄のところ教えてください!

藤原四家の祖のうち,①南家の祖と②北家の祖はそれぞれ誰か。 0.奈良時代(2)律令国家の形成 23 勇 に /2点 業問題 1性が女性の家に通う婚姻形態を何というか。 01 0 武 床B /8点 2 A 重要史料問題 02. 史料 てんでょう の天平十三年三月乙巳,詔して宣く。 かたごけな、ちょうにん 家く重任を承け, 未だ“政化を弘めず、 おのおのつつし 各敬みて七重塔一区を造り,弁せて“金光明最勝王経 きのとみ みことのじ のたまれ A ちんはくとく う いま せいか 「の既薄徳を以て もっ ひろ 薄徳…徳が薄いこと 政化を弘めず…政治·教化で 成果を上げていない 金光明最勝王経…諸天·善神 の加護を得る法を説いた経典 妙法蓮華経…仏が世に現れる 本旨を説いた経典,法華経の よろ ……宜しく天下諸国を しちじゅうとういっく てん かしょこく |つく あわ こんこうみょうさいしょうおうきょう みょうほうれんげきょうおのおのいち、 *砂法蓮華経各一部を写さしむべし。咲又援して別に,金字の うつ ちんまた ぎ こん じ こんこうみょうさいしょうおうきょう うつ 金光明最勝王経を写し,塔毎に各一部を置かしめんと。 とうごと のおのいち ぶ お にじゅうそう 僧寺には必ず甘僧有らしめ, 其の寺の名をアロロロロロ 多等と為し、危には一十尼ありて,其の等の名をイロロロ0 2等と為す。 こと ともに護国経として国家の安 泰を実現するカがあると信じ られた あまでら いちじゅうに ………」と。 象を絡し…仏像を鋳造し 広く法界に及ぼして…広く全 世界に仏法を広め 知識…仲間·協力者 侵し優して…(百姓の)生活 をみだしさわがせて 収蝕…税などを取り立てるこ てんびょう ほしみずのとびつじ やど B 天平十五年歳葵未に次る十月十五日を以て,菩薩の大願を 発して,ワロロロロの金銅像一堀を造り奉る。国の銅を尽く もっ ばさつ たいがん こんどうぞういっ たてまつ くに どう しょう とか たいざん ほうかい して“象を踏し大山を削りて以て堂を構へ,“広く法界に及ぼ して,C咲が“知識と為す。 ちん と つい 遂に同じく利益を蒙らしめ共に 斎…祭記·儀式をとりおこな う場所 たも 著提を致さしめん。夫れ天下の富を有つ者は咲なり,天下の きお 勢を有つ者も咲なり。 此の富勢を以って此の尊像を造る。 ぼだい ふせい も そんぞう たも がた こころ いっし くさ こころ いた さら や成り易く,心や至り難し。 一把の土を持ちて像を助け造らむと情願する者あらば,恋に これを聴せ。国郡等司,この事に因りて百姓を*侵し援して な やす もし更に人,情に一枝の草 ほしまま じょうがん いっぱ つち ち くせい おか 「じょう こくくんらのつかさ こと ゆる 問1 (『続日本紀』) ロア先明四天王 講目 ロイえ事成晶 口閣2 741年 0皆3国情立の部 なか しゅうれん *収殻せしむること莫れ。 かいげん しょうほう …虚舎那大仏の像も成りて始めて開眼す。 C(天平勝宝四年) この日東大寺に行幸す。の天皇みずから文武百官を率る、“斎 を設けておおいに会せしむ。 ひき (『続日本紀』) 問1 史料Aの空欄アイにあてはまる語を答えよ。 問2 下線部@について, 天平十三年は西暦何年か。 問3 史料Aの法令を何というか。 口間5 7 問5 下線部6 . ©は同一人物であるが, 誰のことか。 問6 史料Cは何という儀式についてのものか。 問7 下線部©の天皇は誰のことか。 問4 史料Bの空欄ウに適語を記入せよ。

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古文 高校生

傍線が結局なにを言いたのかわかりません😥😥 教えてください🙇‍♂️🙇‍♂️おねがいします!

解答 夢応の鯉魚 古文演習 復習テスト 垂るるにあふ。その餌はなはだ香し。心また河伯の戒めを守りて思ふ。我は仏の御治たを なぞもあさましく魚の餌を飲むべきとてそこを去る。 ) 急にも飢ゑて食ほしげなるに、彼此にあさり得ずして狂ひゆくほどに、忽ち文四が釣を一 り。しばし食を求め得ずとも、 ばしありて飢ゑますます甚しければ、2かさねて思ふに、今は堪へがたし。たと この耳 を飲むとも鳴呼に捕らaれんやは。もとより他は相識るものなれば、何のはばかりかあら んとて遂に餌をのむ。文四早く糸を収めて我を捕ら ふ。「こはいかにするぞ」と叫びぬれ ども、他かつて聞かず顔に@もてなして縄をもて我が思を貫き、戸間に船を繋ぎ、我を龍 に押し入れて、君が門に@進み入る。君は賢弟と南面の間に変して遊ばbせ給ふ。掃守、 傍らに侍りて菓を唱らふ。文四がもて来し大魚を見て人々大いに感でさせ給ふ。我、その とき人々に向かひ、声をはり上げて、「かたがた等は興義を忘れ給ふか。宥させ給へ。寺 に帰さ。世給へ」と連りに叫びぬれど人々知らぬ形にもてなして只手を拍つて喜び給ふ。 蛸手なるもの、まづ我が両眼を左手の指にて強くとらへ、右手に禰ぎすませし刀をとりて 姐盤にのぼし既に切るべかりしとき、我苦しさのあまりに大声をあげて、「仏弟子を害す る例やある。我を助けよ、我を助けよ」と奨き叫びぬれど、聞き入れず。終に切らるると おぼえて夢醒めたりと語る。人々大いに感で@異しみ、「師が物がたりにつきて思ふに その度ごとに魚の口の動くを見れど、6更に声を出だす事なし、かかる事まのあたりに見 しこそいと不思議なれ」とて、 従者を家に@走らしめて残れdる館を湖に捨てeさせけ り。 問 1 傍線部@0の読みを現代仮名遣いで答えよ。 6 あや oずさ 間2傍線部@0のここでの意味を答えよ。 ふるまって 6 まったく 雨 物 語

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