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Japanese history B

日本史〜平氏政権と鎌倉幕府の成立〜

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さきち

さきち

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このあたりは大好きな時代で、とても詳しいので、合戦とかは詳しく解説していません!でも、大事なポイントは全部、まとめてます💓

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ノートテキスト

ページ1:

平氏政権
平治の乱後平清盛は後白河上皇を武力で支えて
昇進して
1167年太政大臣になる!!
平氏の一族は高位高官について荘園や知行国を
財政基盤としたうえで西国一帯の武士を家人とした
しかし..
清盛と後白河法皇の関係は悪化
1177年平氏に不満を持った法皇と院近臣が平打倒
を企てる鹿ヶ谷の陰謀が起こる
くさらにる
清盛は院近は処罰したが、上皇のことは)
とがめなかった
1179年 清盛と法皇の関係は悪化を続け
清盛が後白河法皇を幽閉する!
つまり、院政を強制的にSTOPさせた!
1180年 清盛は、自分の娘徳子(建礼門院)
と後白河天皇の子の高倉天皇の間に生まれた
孫の安徳天皇を即位させた
外戚として政界の主導権を握った

ページ2:

平氏は摂津国大輪田泊(今の神戸港のもと!)
を修築して日宋貿易にも力を入れた
清成18年1月に大輪田泊を含
福原京に遷都
広大な都を建設する予定だったが周囲から反対の
声が多く、11月に帰京した
源平合戦
1180年以仁王が平家追討の今旨を出し、源頼政
と挙兵するが…失敗・
しかしこれに呼応して伊豆に幽閉されていた源頼朝
などが挙兵して、全国的な動乱となる
上治承・寿永の乱というの
頼朝以外にも木曽の源義仲も挙兵!
そしてる1181年、ついに清盛が亡くなる...
少し頼朝の方について話すと...
鎌倉を拠点に国を支配下に治め、味方となった
東国の武士と主従関係を結び、御家人として
組織した