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No. 江戸時代 江戸時代が始まったのは1603年(慶長8年) Date 「徳川家康」が江戸に幕府を開いたのが始まりです。 1603~1867年まで、約260年間続く、 ◎武家諸法度 江戸幕府が、大名に対して定めたのが、武家諸法度 という法です。これによって、大名の行動を管理し違反 した者には厳しい罰が与えられました。 ・参勤交代・軍事的な負担などが義務づけられた。 ちなみに... はん 大名の領地は藩と呼ばれ、江戸時代末期には、 260余りの藩があったよ。 !というかそもそも"大名”とは?簡単に、 大名とは、「一万以上の領地を与えられた、将軍直属の 武家」のこと。 そんな立ち位置なので、将軍から「武家諸法度」なんて 出されていたら、逆えるはずもなく、大名と将軍の間には主従関係 が整えられていたよ。 ◎大名の種類 ° 大名は、徳川家との関係の深さに応じて、親藩、譜代 外様に区別されます。 ・親藩:徳川家と血の繋がりがある。幕府にとても近い存在 譜代:関々原の戦い前から徳川家に仕えていた大名 ・外様:関々原の戦い後から徳川家に従った大胆、 ⇒大名を全国に配置して、全国の土地と人々を支配する。 幕藩体制を形成 江戸の周辺には親藩が多く配置され、まだ徳川家 との関係が浅かった外様は重要都市から離れたところに 配置されました。 「江戸、大坂など
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No. Date ◎鎖国 江戸幕府は、外国との関係性を制限していました。 ・日本人の海外渡航、海外に居住する日本人の帰国の禁止 ・ヨーロッパ船の来航禁止 貿易の統制 ⇒このような状態を鎖国といいます。 Qなぜ? A、国内のキリスト教信者を増やさないため、 または、貿易の利益と海外の情報を幕府が独り占め するため、 ⇒が、幕府は海外との交流を完全に断ったわけではなく、 いわゆる「四つの窓口」を通じて海外と交流していた。 四つの”なので、4つの場所がありました。 相手は、キリスト教を広める恐れのない国。 国:オランダ、朝鮮、琉球、アイヌ I I ↓ 窓=長崎(出島)、対馬、薩摩 ・松前 日本の下のはじっちょのお 北海道の方 18世期末、そんな日本のまわりにヨーロッパやアメリカの船が 多数出現 →なぜ? A.日本近海に生息する鯨を捕まえたかったから。 当時は鯨かられる油、鯨油の需要が高かった。 鯨油は、ランプの燃料(夜間の工場を照らすため)、 機械用潤滑油など、その他多様な用途があり、 産業革命後より捕鯨が盛んに行われるように なりました。鯨をとりたくて、日本近海まで来てたのです。 …が、ヨーロッパやアメリカから日本近海まではかなりの距離! ⇒不足した燃料・食料、水を補給するため日本に接近してくるように そこで、江戸幕府は1825年、異国船打払令を出した、 異国船打払合…日本の沿岸に近づく外国船に対し 無差別に砲撃を加え、撃退することを命じた法

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