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大阪紡績会社は、明治時代の近代化(富岡製糸場など)の流れでつくられたものですか?

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✨ Best Answer ✨

明治政府は、日本を強い国にするために、
「西洋の技術を取り入れて、工業を発展させよう」と考えていました。
その代表的な取り組みが、
富岡製糸場(1872年)
→ 国がつくった、絹糸の近代的工場

大阪紡績会社(1882年)
→ 民間(民間人)がつくった、綿糸の近代的工場
です。

つまり、
富岡製糸場=国が先に手本としてつくった工場
大阪紡績会社=その流れを受けて民間がつくった近代工場
という関係になります。

<大阪紡績会社のポイント>
蒸気機関などの西洋の機械を使った
夜も操業してたくさん生産した
日本の綿工業の発展のきっかけになった

まとめると…?
大阪紡績会社は、明治時代の近代化政策の流れでつくられた
富岡製糸場と同じく、日本の工業化を進めるための工場
富岡製糸場は「国営」、大阪紡績会社は「民営」
ということになりますദ്ദിᐢ𓈒᎔ ̫᎔ᐢ₎
わからない所があれば教えてください!

春 陽

わかりやすいです!!
ありがとうございます🙇🏻‍♀️

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