✨ Best Answer ✨
古文の「けり」は「動作がすでに終わったこと(完了・結果)」や「過去の事実」に焦点を当てて語られることが多いから。
なぜ「遠くを見ていた」と訳してはダメなのでしょうか?
>「見ていた」と訳すと「過去の時点での動作の進行・継続」を表すことになり(英語の過去進行形みたいな感じ?)、古文が本来持っているニュアンスからズレてしまうため、参考書では「見た/見てしまった」という訳し方が推奨されていると思われます🙇
「〜たりけり」が見えたら、まずは「〜ていた」を当てはめてみる。
取り返しのつかない変化(死ぬ、落ちる、消えるなど)なら「〜てしまった」を当てる。
どちらもしっくり来なければ、一番シンプルな「〜た」にする。
1. 「〜てしまった」を選ぶとき(動作の完全な終了)
見極め方: その動作が完全に終わり、もう後戻りできない状態のとき。
特徴: 後悔、驚き、あるいは「すっかり終わった」という強調のニュアンスが含まれる。
2. 「〜ていた」を選ぶとき(状態の継続・習慣)
見極め方: 過去のある時点で、その状態や動作が「ずっと続いていた」とき。
特徴: 特に「〜たりけり」の形に多く見られる(「たり」はもともと継続の意味が強いため)。
3. 「〜た」を選ぶとき(普通の過去・迷ったときの万能訳)
見極め方: 上記の「〜てしまった」「〜ていた」だと日本語として不自然なとき。
特徴: 文脈に特別な強調や継続のニュアンスがなく、単に過去の事実を報告している場合。
もしその言葉が和歌の中や会話文(セリフ)の最後で使われている場合、「過去」ではなく「詠嘆(〜だなあ・〜だったのだなあ)」と訳すときれいに決まる🙇
分かりやすく解説していただいてありがとうございます!とても助かりました🙏
分かりやすく解説していただいてありがとうございます
参考書には
「てけり・にけり・たりけり」は、「完了」と「過去」を合体させた言い方だ。訳し方はこれまで同様「~た/~しまった/~ていた」のうち、話の流れに合うものを選べばいい。
と書いてあるのですが、3つのうちどれを訳として使うのか見極める方法がありましたら教えていただきたいです🙇(なかなか、文脈で判断するのが難しいです…)度々の質問で申し訳ございません…