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Japanese Junior High

中一の国語の問題です! 私の回答は、「エ」でした。ですが、解答は「ウ」でした。なぜウなのか分かりません。この問題、ウとエで迷って、エにしました。どちらも、文章の内容にあってるようにしか思えますせん! エのどこが違くて、文章のどこにエの本当の内容の文章がかいてますか?

きょうふ ある。 ゴリラの赤ちゃんは泣かない。とても、おとなしいのだ。人間の赤ち ゃんならけたたましく泣く。とりわけ、母親からはぐれた赤ちゃんは声 からすほど泣き続けるはずだ。 ゴリラの赤ちゃんはとてもお となしく、人間の私に抱かれている。当初、それはゴリラの赤ちゃんが 恐怖のあまり声が出せないのだと思った。 ところが、人間になれてきて も泣かないし、後に日本モンキーセンターに勤めるようになって、ゴリ ラの赤ちゃんを育てた飼育員に聞いてもやはり泣かないという。さらに、 ここでチンパンジーやオランウータンの赤ちゃんの人工保育に参加して みると、やはり泣かないことがわかった。 赤ちゃんが泣くのは人間だけ で、それはサルや*類人猿からすればとてもおかしなことだったので るいじんえん たしかに、野生の暮らしでは、赤ちゃんが大声で泣くのは肉食獣の注 意を引くので危険だ。生まれたばかりの赤ちゃんは無力だし、母親もま えじき おそ だ体力が回復していないので餌食になる恐れがある。泣かないほうが自 然なのだ。ではなぜ、人間の赤ちゃんはそんな自然のルールに反して泣 くのだろう。 ふきげん わた はな ③それは、人間の母親が赤ちゃんをすぐに手から離してしまうからだ。 生まれてすぐ、赤ちゃんは母親以外の人の手に渡され、あるいは揺りか ごにひとりで寝かされる。ゴリラの母親は生後1年間、赤ちゃんを腕か ら離さない。だから、赤ちゃんが不機嫌になったり、不具合を感じたら、 体を動かして母親に伝えればいい。母親はすぐ気づいてくれる。でも母 親からすぐに離される人間の赤ちゃんはいつも、自分の存在を周囲にア ピールしていなくてはならない。周囲が気づいてくれなければ命の危険 がある。 泣くのは赤ちゃんの自己主張なのだ。 *類人猿=ヒトに最も近いサルの仲間。ゴリラ、チンパンジー、オランウータン など。 やまぎわじゅいち 山極寿一争いばかりの人間たちへ ゴリラの国から』より) にくしょくじゅう うで

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Japanese Junior High

答えがイとオなのですが、ア・ウ・エが違う理由を教えて欲しいです。

めいそう じょう こ 上学的になる。 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。(2点) 乗り物のうちで、歩くことにもっとも近いのは、著者の経験では カナディアン・カヌーに思われる。もちろん、 ホワイトウォータ ーに挑むスポーツとしてのカヤッキングではない。河と湖をカナデ かつ ィアンカヌーで進み、森のなかではそれを担いで踏破する移動だ。 てつがく カヌーは深い思索に誘われる。哲学するためにこの乗り物を作っ たのではないかと思えるほどだ。しかしそれは歩いているときや ※トレッキングしているときとは、思考の働き方がかなり異なる。 カヌーを漕いでいるときの方が、より深く、より多角的に、その場 所に包まれる。自分は環境の一部分となり、その一部分全体が移動 する。自分は水となり、その水が海に向かう。 歩いているときには、 自分の身体は環境に包まれつつも、それから身を引き剥がし、足を 宙に浮かしている。カヌーでの思考は、歩行のときよりも形而 ヨットと乗馬は、圧倒的に素晴らしい経験であるが、歩くことと は似ていない。 乗馬には、馬という相棒がいる。相棒と自然につい て対話しながら進んでいく。だが、この相棒と私とは志向性がかな り異なり、ときに初心者には難解な言葉を容赦なく浴びせてくる。 ようしゃ 馬の歩行のリズムは、人間の歩行のリズムと異なるが、非常に快適 。 ※ であり、快楽をもたらす。 “ケンタウロスは、ひとつの人間の身体 的理想なのかもしれない。 こうい ヨットは、散歩よりもはるかに危険な行為であり、個体の生命を つねに自覚させられる。セイリングでは、カヌーと同じく、自然 に完全に包まれ、風と波、海の一部と化す。しかしカヌーが身体と ひかく の一体感が強いのに比較すると、ボートは依然として乗り物であり、 クルーもいる。風と波に従いながら、それらを最善に利用するには、 知恵とチームワークが必要である。セイリングでは、多忙な労働と 瞑想が交互にやってくる。それは風と波のリズムの反映である。 こうして、カヌーやヨット、乗馬では、自然のもつ意味が、そ れぞれに散歩やトレッキングとは大きく異なっている。

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