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Japanese classics Senior High

Bの説明がAの説明と違う点はどういうところか

「夏休みをどのように過ごしたか」の説明 51 A この夏休みには、 友達とよく出かけました。 友 達と集まって宿題をしたこともあります。 家族で 旅行に行ったりもしました。 あとは、部活動の練 習に行ったり、 家で宿題をしたりして過ごしまし た。 部活動のない時期に、 家族で祖父母の住む○ ○県に行きました。 それから, 友達と釣りに行っ たり 夏休みの初めには、 近くの海水浴場に泳ぎ に行ったりしました。 祖父母のところに行ったと きには山登りをするなど,とても充実した夏休み を過ごすことができました。 B この夏休みには、部活動の練習に休まず参加し, 少しずつ宿題を進めながらも、いろいろな場所に 出かけました。 夏休みの初めには、友達と近くの 海水浴場に2回, 泳ぎに行きました。 お盆の頃に は、家族で祖父母の住む○○県に行きました。 そ こには1週間滞在して, 家族で山登りなどをして 過ごしました。 夏休みの後半には, 部活動のない 日に仲の良い友達と釣りに出かけたり、集まって 宿題を終わらせたりしました。 とても充 休みを過ごすことができました。 実 し た 夏 つ ことに いて語った次の二つの説明を比べて かりにくい説明」は、なぜ分かりにくいのだろうか。同じ 「分かりやすい説明」とは、どのようなものだろうか。 「分 「分かりやすい説明」の違いを考える 「分かりにくい説明」と み よ う。 目的により判断することとなる。 する順序、話す詳しさなどを決めるとき、それらは説明の たりする際の基準になる。例えば、取り上げる内容、説明 何のために説明するのか、目的を明確に意識しよう。 明の目的」は、説明内容を整理したり、表現方法を選択し 1説明の目的を明確にする(目的意識) 識」「論理性」「相手意識」の三つである。 「分かりやすい説明」をするためのポイントは、「目的意 2 「分かりやすい説明」のポイントを知る Bの説明の良い点はどういうところか、考えてみよう。 宿題や部活動への取り組みの様子。 出かけた頻度や期間。 ●いつ誰とどこに出かけて何をしたか。 ●夏休み期間中の日常的な過ごし方。 うか。 のような事柄についてきちんと理解できるのではないだろ 二つの説明を比べると、多くの人はBの説明のほうが次 一分かりやすい説明をしよう 活動のポイント ●

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Japanese classics Senior High

「日本人が水を鑑賞する行為の極致」とは何か 教えてください!

日本人は西洋人と違った独特の好みを持っていたのであ 4こううんりゅうすい る。「行雲流水」という仏教的な言葉があるが、そうい てんりゅう う思想はむしろ思想以前の感性によって裏づけられてい 日本の庭園(天龍寺・京都) た。それは外界に対する受動的な態度というよりは、 極的に、形なきものを恐れない心の表れではなかっただろうか。 日本人の米に対~ 見えない水と、目に見える水。 もし、流れを感じることだけが大切なのだとしたら、我々は水を実感するのに もはや水を見る必要さえないといえる。ただ断続する音の響きを聴いて、その 隙に流れるものを間接に心で味わえばよい。そう考えればあの「鹿おどし」は、 日本人が水を鑑賞する行為の極致を表す仕掛けだといえるかもしれない。 山崎正和 1934年〔昭和9] 2020年 [令和2] 111m/ HOR K 間が抜ける 言うまでもなく 人工自然・天然 鑑賞 観賞 京都府に生まれた。劇作家、評論家。芸術論・演劇論・文明批評・伝統文化などの多彩 なテーマについて、広い視野と柔軟な思考とによって評論活動を行う。主な著作に、戯 『世阿弥』、評論『劇的なる精神』『鷗外 闘う家長』『柔らかい個人主義の誕生』など がある。「水の東西」は、『混沌からの表現』(一九七七年刊)に発表。本文は『混沌から の表現』(二〇〇七年刊)による。 E- 4行雲流水 空を行く や流れる水のように、 物事に執着せず、自然 のままに行動すること 「その間隙」とは、何 を指すか。 m 水の東西

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Japanese classics Senior High

1行目に1人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。とあるとですが、なぜ待っていたのですか??

Milll 学習のねらい 下人の行動や心理をもとに場面の展開を捉え、 すけ あくたがわりゅうの 芥川龍之介 しょうもん 羅生門 ある日の暮れ方のことである。一人の下人が、 羅生門の下で雨やみを待っていた。 まるばら 2にぬ 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗りの剥げた、大きな円柱 3 すざくおおじ に、きりぎりすが一匹とまっている。 羅生門が、朱雀大路にある以上は、この男のほかに 4いち めがさ5もみ えぼし も、雨やみをする市女笠や揉烏帽子が、もう二、三人はありそうなものである。それが、 この男のほかには誰もいない。 らくちゅう なぜかというと、この二、三年、京都には、地震とか辻風とか火事とか飢饉とかいう災 いが続いて起こった。そこで洛中のさびれ方はひととおりではない。旧記によると、仏像 や仏具を打ち砕いて、その母がついたり、金銀の箔がついたりした木を、道端に積み重ね し、薪の料に売っていたということである。洛中がその始末であるから、 羅生門の修理な はく しろ とは、もとより誰も捨てて顧みる者がなかった。するとその荒れ果てたのをよいことにし ぬすびと て、狐狸が棲む。盗人が棲む。 とうとうしまいには、引き取り手のない死人を、この門へ 持ってきて、捨てていくという習慣さえできた。そこで、日の目が見えなくなると、誰で ききん

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