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World history Senior High

世界史です この問題解答教えてください

問 (O)年、(O)帝国フェルディナンド皇太子夫妻がセルビアの首都(O)でセルビア人によって暗殺された。この事件をきっかけ に(@)帝国がセルビアに宣戦布告し、その後わずかー週間で戦争は欧州全土に広がった。また、日本も1902年の(O)同盟を理 由に連合国側に加わり、8月に(6)帝国に宣戦布告したので、戦争はアジアにも波及した。同盟国側であった(©)は連合国側 について戦った。戦況は当初は(6)軍が進撃したが、(O)戦線、東部戦線ともに勝着状態となり、戦場には新兵器が投入され たが、クリスマスまでには終わるといわれた戦争はさらに(O)化した。参戦国では女性も(O)工場で働動き、食糧配給制など の経済統制がとられて、大部分の国民が戦争に動員された。また、両陣営ともに戦争を有利に展開するため、さまざまな(©) を結んだ。1917年、(⑥)軍が(@)作戦を開始すると、それまで中立を保っていた(©)が連合国側で参戦し、(O)戦線の均衡 が破られた。翌年、(©)帝国は有利な条件で2ソ連と(@)条約を結び戦争を続けたが、他の同盟国は次々に降伏した。(6)帝 国の(O)軍港での水兵の反乱をきっかけに革命がおこり、(O)帝国の皇帝(®)は退位し第一次世界大戦は終結した。 大戦後の不況に苦しんでいた日本は、(O)でさらに深刻な打撃を受けた。そんな中1931年9月、A日本の満州地方に展 開する軍は(@)で鉄道爆破事件を起こし、この地方を占領した。そして1932年3月に清王朝最後の皇帝であった (O)をたてて(©)国を樹立させた。国際(6)は(©)調査団を派遣し、(O)国を認めなかった。日本はそれを 不服として国際(©)を脱退した。中国国内では(©)党と共産党が激しく対立していたが、日本に対する対抗で (O)が成立した。そして1937年7月 ( 9)をきっかけに(@)戦争が勃発した。日本軍は各地の主要都市を次々に占 領したが、中国軍は抵抗し、戦況は泥沼化していった。 問 上の文章に当てはまる語句を記号で書きなさい。 次の文章を読み、設問に答えなさい。 ア· 柳条湖、イ·国共合作、ウ· 連盟、エ·世界恐慌、オ国民、カ· 満州、キ·リットン、ク·日中、 ケ· 虚溝橋事件、コ·薄儀、サ· 連合、シ日米 問 上の文章の下線部Aの軍の事を何というか、書きなさい(関東軍関西軍·北陸軍·東北軍·九州軍) 次の文を読み、当てはまる語句を答えなさい。 (O)年9月1日、ドイツ軍とソ連軍は(@)に侵攻した。それに対して、9月3日、(©)とフランスがドイツへの宣 戦布告を行い、欧州での第二次世界大戦が始まった。最初の半年ほどは本格的な戦闘がない状態が続いたが、(©)年 4月からドイツの攻勢は強まり、デンマーク、ノルウェー、(6)、ベルギー、フランスが次々と降伏した。この状態 を見て、1940年6月、(©)もドイツの側にたって参戦した。ドイツはさらに(©)への空襲を行ったが、(O) は屈服しなかった。1941年6月、ドイツは(O)を破ってソ連との独ソ戦を開始した。さらに同年12月の日本の 対英米攻撃の結果、アメリカもドイツとの戦いに加加わることとなり、アメリカ側の連合国陣営と、ドイツ、日本側の (O)陣営に間の戦争という形が明確になった。 問 日中戦争を戦っていた日本は、石油資源の確保のために東南アジア各地を攻撃し、ついに日本海軍は1941年12月 ハワイのアメリカ太平洋艦隊の基地のある湾を攻撃したが、その湾の名前を漢字で書きなさい。同時に旦本陸軍が攻 撃した場所も書きなさい。 問 次の文章の(O)~ (6)に当てはまる語句を書きなさい。 アメリカと日本が太平洋で戦いだして、第二次世界大戦は世界規模に進展した。(O)をとなえる日本は、東南アジアから南洋 諸島を占領する進撃を続けたが、1942年の(O)海戦を転機に以後は敗退を続けた。欧州戦線でも快進撃を続けていたドイ ツが1942~1943年の(O)の戦いでソ連軍に破れ、1943年9月には枢軸国のひとつのイタリアが無条件降伏 。1944年には史上最大の作戦と言われる(O)上陸作戦によってパリが解放され、1945年5月にはドイツの首都(O)が陥 落し、ドイツが無条件降伏した。1945年8月15日、最後まで戦っていた日本も無条件降伏し第二ニ次世界大戦は終結した O この戦争では枢載軸、連合国ともに一般市民を無差別に攻撃対象とした軍事作戦を展開した。とくに航空爆撃機を使っ た無差別爆撃で日本の都市を焼いたが、1945年3月10日に行われた空襲を何というか書け。この空襲で10万人もの市 民が一夜で虐殺された。またこの空襲を避けるために子供たちを遠くへ避難させたことを何というか、漢字4文字で 書きなさい。 問 1945年4月から始まった日本本土での戦いを書きなさい。 問 問9 1945年8月8日、日本との中立条約を破って攻め込んできた国はどこか、書きなさい。 問 日本が無条件降伏した日付(年月日)を書きなさい。 問 第二次世界大戦での死傷者は統計では不可能といわれていますが、兵士、市民合わせておよそ何万人以上が犠牲になっ たでしょうか。 「帝国主義」の説明をしなさい。 19世紀の世界の現状を「産業革命」「植民地」の語句を使用して説明しなさい。 問 問

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Geoscience Senior High

(3)を教えてください 答えはエです

『観察1] 図1 のように, 水平な道路 図1 これについて、 あとの問いに答えなさい。ただし、 各層は平行に重なっており, 上下の入れか わりはないものとする。 (滋賀県〉 →P.132■回 地学編| 135 いに断層や火山吹の層が見られる地層があることを知り、次の観察や調べ学習を打つリー。 解答解説 図1のよう に沿って垂直ながけa, bがあり、 地層が見えていた。 がけaの地層 を観察すると, れき, 砂, 泥, 火 山灰の層が水平に重なっていた。 図2はそのスケッチである。 込は、 A. 図2 ものであ こついて がけb は互いに ーれきの層 一砂の層 道路 がけa 矢印は、それぞれの がけの前で観察した 向きを示している。 一泥の層 ー火山灰の層 すると, 各層が傾いて重なってお り. 断層で地層がずれていた。 ま た。図2と同じ火山灰の層が見ら れた。図3はそのスケッチである。 「調べ学習〕 図 1 のがけbから少し離 れた場所に,図2,3と同じ火山 成を含む層と, 湖にすんでいた貝の化石を含む層があることが わかった。図4は, その場所の柱状図であり, 断層はなかった。 図3 図4 10 断層 湖にすんでいた 員の化石を含む層 記号 |ooれき 砂 泥 |vv火山灰 がけbから少し離れた場所の 柱状図 りな (1) 観察1で,図2のれきの層に含まれるれきの多くは丸みを帯びていた。れきが丸みを帯び ているのはなぜか。 [ /2) 観察1,2の結果から, 図1の地域全体の地層はどの方角に向かって低くなるように傾い ていると考えられるか。次のア~エから1つ選べ。 イ 西 ウ南 エ 北 ア 東 観察1,2の結果から, 図1の: の部分をけずりとり, 道路をのばしていくとき、水 平な地面に現れる地層を示した模式図はどれと考えられるか。次のア~エから1つ選べ。 ウ エ ア (4) 調べ学習で, 図4のXで示した部分の地層について, 地層の重なり方から,堆積した場所 の当時の湖の深さはどのように変化したと考えられるか。 答率(5) 観察2と調べ学習の結果から考えて, 次のア~ウのできごとを、記号を用いて古いものか 17% 理由) ら順に並べよ。また, そのように考えた理由を説明せよ。 記号[ (ハイ レベル 理由 ア 図3の断層で地層がずれた。 イ 図4の貝の化石を含む層が堆積した。 ウ 火山の噴火が起こった。 大 本日 ロ ー

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Japanese classics Senior High

本居宣長作の『もののあはれの論』を品詞分解してください🙏お願いしますm(_ _)m

評論(2) む 2J と 本居宣長 ののあはれの論 本稲 儒仏の教へには背けることも多きぞかし。そはまづ、人の情のものに感ずるこ とには、善悪邪正さまざまある中に、理にたがへることには感ずまじきわざな ●リ さて物語は、もののあはれを知るをむねとはしたるに、その筋に至りては れども、情は、我ながら我が心にもまかせぬことありて、おのづから忍びがた 2空 きふしありて、感ずることあるものなり。 m2 よ マ 2うつせみ 源氏の君の上にて言はば、空蝉の君、臓月夜の君、藤壷の中宮などに心をか n けて、あひ給へるは、儒仏などの道にて言はんには、よに上もなき、いみじき 不義悪行なれば、ほかにいかばかりのよきことあらんにても、よき人とは言ひ がたかるべきに、その不義悪行なるよしをば、さしも立てては言はずして、た だそのあひだの、もののあはれの深き方を返す返す書き述べて、源氏の君をば、 むねとよき人の本として、よきことの限りをこの君の上に取り集めたる、これ 物語の大むねにして、そのよきあしきは、儒仏などの書の善悪と変はりあるけ ちめなり さりとて、かの類ひの不義をよしとするにはあらず。そのあしきことは、今 さら言はでもしるく、さる類ひの罪を論ずることは、おのづからその方の書ど もの世にここらあれば、もの遠き物語を待つべきにあらず。 物語は、儒仏などのしたたかなる道のやうに、迷ひを離れて悟りに入るべき SS 法にもあらず。また、国をも家をも身をも治むべき教へにもあらず。ただ世の 中の物語なるがゆゅゑに、さる筋の善悪の論は、しばらく差し置きて、さしもか かはらず、ただもののあはれを知れる方のよきを、取り立ててよしとはしたる なり。 この心ばへをものに例へて言はば、蓮を植ゑてめでんとする人の、濁りてき たなくはあれども、泥水を蓄ふるがごとし。物語に不義なる恋を書けるも、そ の濁れる泥をめでてにはあらず、もののあはれの花を咲かせん科ぞかし (「氏物語玉の小櫛」)

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Japanese classics Senior High

この現代語訳教えてください。 過去問なのですが訳が無くて困ってます

る 今は昔、河内国に、いみじう不合なる女の、知れる人もなく、ただ一人ありけり。すべき方もなか SJR りければ/「たをと買はむ」といふ者を呼びて、鑑も、笠·尻切なども、取りて過ぐる程に、/その日 といふこともなければ/またも言ふを呼びつつ、よろづづの人の物を取りつつ使ひける程に、ニ十人 リAや に言承けをしてけり」と思ふに、いといとあさましく、「さは、おのづから同じ日も来て呼ばば、い かがせむずらむ。T日に五所も呼ばば、いかがせむずらむ」と思ひ嘆きつつ過ぐす程に、タさりは 呼きて呼ぶ人あり。 「誰そ」と言へば〈「明日、田植ゑむずるなり。つとめては、また疾く疾くおはせ、そこそこなり これよりいとなし」とて往ぬ。「まづかく言ふ所へこそは行かめ」と思ふ程に/またうたて、同じや うに言ふ。「あなわびし。いかがせむ。またかく来てや言はむ」と思ひて、「隠れもせばゃ」と思へど 隠るべき方もなし。「いかがはせむ」とて、ただ「あ」と言承けをしゐたり 「さりとも、同じ日は、さのみやは言はむ」と思ひてある程に、二十人ながら、「明日」「明日」と ただ同じやうに言ふに、いといとあさまし。 「さりとも、かく同じ日しもやはとこそ思ひつれ。いとあさましきわざをもしつるかな」と、「二 Jリ 所は往なむず。残りのつとめ、いかに言はむずらむ」と思ひやるかたなきままに、年ごろ一尺ばかり なる観音を作り奉りて、 と言ふよりほかにまた申すこともなかりければ、厨子の前にうつぶし臥して、よろづわびしきままに、 厨子に据ゑ参らせて、食ふ物の初穂を参らせつつ、「大悲観音、助け給く」 「かかる言承けし候ひて、いま十九人の人に言ひ責められむがわびしきままに、いづちもいづちもま かりやしなましと思ひ侯へども、年ごろ頼み参らせたる仏を捨て参らせては、いかがはまからむ。ま た人の物を取り使ひては、いかでかただにては止まむ。やうやうづつもこそはし候はめと思ひ候ふを、 いかが候ふべき」と泣き臥したる程に〈夜明けぬれば、「さりとてあらむゃは」とて、初め呼びし所 をr へ往ぬ。「疾く来たり」とて、喜び、饗応せらるれども、心には、「残りの人々もいかに言ふらむ 呼びにや来らむ」と思ふに、静心なし。 日暮らし植系困じて、夕方帰りて、仏うち拝み参らせて、寄り臥したれば/戸をうち叩きて、「こ れ開け給へ」と言ふ人あり。「残りの所より、来ずとて、人の言ひに来たるにや」と思ふ程に、「今日、 年老い給へる程よりは、五、六人が所を、あさましくまめに、疾く植給ひつれば、同じことなれど、 -S 嬉しくなむある。困ぜられぬらむ。これ参れとあるなり」とて、御膳を一膳いときよげにして、桶に さし入れて、持て来たり。 心やすくなりてあるに、また同じゃうに戸をうち叩きて、ありつるやうに言ひて、物を持て来たり。 その度は心得ず思ふに、また同じゃうに叩けば、「いかにいかに」と思ふに、ただ同じことを言ひて、 門をもえたてもあへぬ程に持て集ひたるを見れば、二十人になりたり。 心得ず思へど、「いかがはせむ」とて、よき魚どもなどあれば、物よく食ひて、「観音のせさせ給へ ることなめり」と嬉しくて、寝たる夜の夢に見るやう、おのれがいたくわび嘆きしがいとほしかりし かば、いま十九人が所には、我たしかに植ゑて、清く真心に歩きつる程に、我も困じにたりとて、苦 しげにて立たせ給へりと見て、覚めぬ。あはれに悲しく貴くて、仏の御前に額に手を当てて、うつぶ し臥したり。

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Contemporary writings Senior High

至急です! お願いします!! この問題が分かる方、分かるものだけで大丈夫なので教えてください!

41 ステップ2 随想 ステップ2 40 17 随想 40 25 速読 目標時間 6分 15分 本文 /50 *要約 /10 40 ステップ2 読解)作家にとっての「故郷」とは 七標 おくや ひかる 己を放り込む虚構 課題)筆者の観点をおさえて読み進める 問解 人が生まれ育った場所を故郷と呼ぶのなら、庄内は必ずしもぼくの故郷とは言えないだろう。生まれたのはた (要旨をつかむために 第理解を深めよう しかに山形県ではあるけれど、一年も経たぬうちに両親ともども東京に移ってしまったからである。とはいえ母 s 要約のための確認 【各1点】 の実家である、広々とした水田に点在する集落の家には、祖母と曾祖母が残って、毎年夏には必ず帰省して庄内一 ○細盟 平野の穏やかな風光のなかに長い時間を過ごした。 庄内…必ずしも故郷とは言えない 子どもにとって夏休みはそれだけでもう心弾む出来事であるが、ぼくにはさらに田舎での数週間という贈り物 5 がきっかけ (地一) があったわけである。すばやく身を翻し水底の泥に隠れるドジョウ、草いきれのなか息を殺して浮標を見つめた S- 用水路での魚釣り、蚊帳に置かれてあわく明滅する蛍、サエギるもののない広い夜空に横たわる銀河、集落のは 庄内…「故郷」として考え始める 0筆者の気づき(認識) がっさん ずれから繰り返し眺めた月山の姿||。これら子ども時分の貴重な記憶の数々は、一昨年に書いた「三つ目の銃」 「故郷」とはひとつの =D選びとられるもの 0筆者の所感·心境 作家である「ぼく」ー という作品となって一部結晶したのであるが、要するに大人になるまでのぼくにとっては、庄内はただ心楽しく エキサイティングな冒険の場所にすぎなかった。 故郷という言葉とともに山形の家のことを考え始めたのは、三十歳に近くなってから、小説を書き始めたころ を虚構に放り のことである。 込む ひとつのきっかけは父の死である。葬式が終わり、田んぼの真ん中の墓地で、白木の箱から父の骨灰を墓の底 →庄内 にばらばらとまいたとき、かつってない不思議に甘美な気分にぽくは捉えられた。それはどうゃら自分もいずれ死 を与え続けてくれる ねばこうなるのだとの思いであるらしく、そう思って周囲を見回してみれば、五月の水田は湖沼のように陽光を 5 ちょうかいさん」 りょうせん ひばり (通2 まとめてみよう 要約に向けて 所感を四十字以内で書こう。【6点] 映して輝き、月山と鳥海山が蒼くくっきりとした稜線を鮮やかにして墓地を遠くから見つめている。雲雀のさえ ずりが空の高いところできこえた。 自分の死に場所にここは悪くない。そのような声が、「故郷」という言葉とともに、初夏の平野をぼんやりと眺 めるぼくの心に、静かに立ちのぼってきたのである。 「故郷」とは言うまでもなく近代に発明されたひとつの虚構である。都会での生活スタイルが確立されるにつれ 2 生じてきた、だれとも連帯せずに浮遊している人の孤独感、あるいは根を断たれているとの不安感が、温かく己 を包み込んでくれる母胎のごときものとして、己の魂が穏やかに回帰すべき場所として、遠い憧れの地境として、 「故郷」のイメージを文学的に創造した。故郷の山河といった場合、山や河自体は当然昔からそこにあったはずだ けれど、それらが懐かしい風景として思い描かれるにいたったのは、明治以降の文学がそのように描いてきたか らである。 (出2) (型の) たとえば柳田国男の「常民」概念をここであげるなら、それが現実に生きてある人々を具体的にさすのではなく、 失われた何かを回復せんとする柳田のロマン派的文学の心情が作り出した虚構であることは、数多くの批評家が 指摘するとおりである。「常民」とは都会にある者の眼に映った、「故郷」に棲む人間の幻像である。 一方では、少なくとも近世以来、西欧的な都市団体をもたなかったわが国では、都会の生活者といえども地縁 血縁のしがらみからは逃れがたく、そうしたしがらみの象徴としての意味をもまた「故郷」は担うことになった。0 (地4) かくして故郷は両義的であり、だからこそ遠くにありて想うものなのである。 おも 虚構である「故郷」はつまり選びとられるものである。選んだおぼえなどないという人にしても、無意識のうち にそうしているのであり、人生の節目のあるとき、ここがやはり私の故郷なのだと、感慨にとらえられつつ風景 に眼をやった記憶がだれにも必ずあるはずである。 (注5)なか 虚構をこととする作家であるなら、当然この選択にはジカク的である。作家は「故郷」を発見する。たとえば中5 く。 上健次にとっての紀州がそうである。むろん作家は故郷にアンジュウしたり、ただ感傷にひたるために故郷を選 ぶのではない。何らかのかたちで「私」を問題にせざるをえない近代小説の伝統のなかで、己自身をひとつの虚構 に放り込むことで、多様な物語を「私」の内部に導き入れようと作家は企むのである。 ひとりの作家であるぼくは、庄内を自分の「故郷」として選んだ。これから小説を書き進めていくなかで、ぼく の「故郷」は途切れることなく、創造の活力を与え続けてくれるだろう。 (注) 1草いきれ- 2柳田国男- 3常民||柳田国男らによる造語で、柳田の民俗学の対象となった、伝統文化を担う人々のこと。 4遠くにありて…|室生犀星(一八八九~一九六二)の詩をふまえた表現 5中上健次||紀州(現在の和歌山県)生まれの小説家。一九四六~一九九二 -夏、生い茂った草が日光に照りつけられて発する熱気。 -日本の民俗学の創始者。一八七五~一九六二 「近代」(明治以降)において、人 は身分制度や家の概念から自由に なり、地方から都市部へと人口が 流出しはじめた。こうした変化を 背景に、本文での「故郷」のほか、 家」から離れた「個人」といった概 念も生み出された。 むろ う さいせい (ガイド- 従来の観点とは異なる、本文における筆者の認識が端的に示されている一文に線を引こう→問三を攻略

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