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Chinese classics Senior High

この漢文の口語訳を読んでもよく理解できません。 分かりやすいように説明して欲しいです!

23 25 十八史略 本冊~ 書き下し文・口語訳 ( 魏軍 魏軍 魏軍 ヘテ か ら ルルコト 懿不肯戦。賈詡等日、「畏 蜀 たたか かくら こうしよく 懿肯へて 戦はず。賈詡等曰はく、「公蜀を畏るること 司馬懿はすすんで戦おう としなかった。 賈詡たちは言った、「あなた様は虎を恐れるかのように蜀を 〈疑問> H 〈使役〉 セント 魏軍 チ ム ちゃう かふヲシテ わらヒヲ いかん とら 如虎。奈三天下笑何。」懿乃使張郃 てんか わら 虎のごとし。天下の笑ひを奈何せん」と。懿乃ち張郃をして すなはちやうかふ 恐れています。 天下の笑いものになるのをどう 司馬懿は、そこで張郃を すればよいでしょうか」と。 <理由> ハニ 蜀軍むかへ フ イニ ル 蜀軍 テ クルヲ 向亮。 逆戦。魏兵大敗。以糧尽 りやうむか りやうむか たたか ぎ へいほ やぶ りやうやう もつ 糧の尽くるを以て 亮に向はしむ。亮逆へ戦ふ。魏の兵大いに敗る。 諸葛亮のもとへ向かわせた。 諸葛亮は、(それを)迎え撃った。魏軍は大敗した。 諸葛亮は、兵糧が尽きたので 魏軍 ヲ ヒ 蜀軍 ヲ と ヒ ツテふく どこ 二順接〉 ス あた 退軍郃 追之、 追之、写亮戦、伏弩而死。 しりぞ かふこれ お りやう たたか ふくど 軍を退く。郃之を追ひ、亮と戦ひ、伏弩に中つて死す。 兵を引き上げた。張郃は、これ(蜀軍)を追い、諸葛亮と戦って、弩を持った伏兵の攻撃にあたって死んだ。 地の土 蜀 > 蜀軍か かヘツテ ヲ ジヲ リ ヲ メてい 還 農講武、作木牛流馬、治邸 りやうかへ のう すす かう ぼくぎうりうば つく ていかく 亮還つて農を勧め武を講じ、木牛流馬を作り、邸閣を 諸葛亮は、(蜀へ)帰って農業を勧め、武術の講習を行い、兵糧運搬用の道具を作り、兵糧貯蔵庫を かくヲ やすメ ヲ =諸葛亮の手腕 ニシテ 〈順接> ニ フ ヲ 閣、息民休士、三年而後用之。毎月 たみ やす さんねん 始め、民を息め士を休め、三年にして後に之を用ふ。 101 整えて、人民や兵士を休息させ、三年後にこれ(兵糧・兵糧運搬用の道具・人民兵士)を用いた。 5

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Japanese classics Senior High

答えが分かりません。お願いします。

再読文字 として一だうために、下から返って再び ことにしている文字 (4) ~(セ)ず。 - まだ~(し)ない。 A 次に返りをして、その成り立ちを示せ 将来 当然 未熟 見羊を見て。 まだ羊を見ていない。 2 を参考にして、次の各文の送り仮名を補え (4) 38 封之賞。 [三]~(セントす。 というがない。 今にも(これから)~(し)ようとする。 入 楽 引酒飲 に入らんとす。 今にも) に入ろうとしていた。 引き寄せ、今にもそれを飲もうとした。) DO なんちノ ~~ 当日(応ニ)~(1) ペシ。 ~するべきだ。(主として当 きっと~(する)であろう。(主として「応」 当 を憎むべし。 タルハ 汝遠来応有意。 ▽あなたが遠くまで私を送って来てくれたのは、きっと考えがあってのことだ ろう。 ④男児当死中 A 男子は死の危険の中にあっても生きることを求めるべきだ。) 孔子礼於老子 (火) 人はわずかな時間も惜しむべきである。 ラク~(スペシ ぜひ〜する必要がある。 孔子は隣の国に行って、礼について 老子にたずねようとした。) 大須自省察 らく自ら察すべし。 人はぜひ自分で反省してよく考える必要がある。 シクー(スペシ 〜(する)のがよろしい。 宜しく語を慎むべし。 3 次の各文を書き下し文にし、 2220訳せよ。 関中。 取其 長所。 ( 言葉を慎むのがよろしい。 ノ (スル)ガとシ ちょうど~のよう (同じだ 不及 過ぎたるは及ばざるがごとし 行き過ぎているのは、ちょうど及ばないの と同じである。 ゾ~(セ)ざん。 どうして~(し)ないのか。 (~(し)てはどうか。) (1) (1) 父也。 4 書き下し文を参考にして、次のを用いて正しい文を作り、 返り点と送り仮名 を施せ 〔少年・惜・須・時)。 ざる。 あなたはどうして このことを 言わないのか。 らく少年の時を惜しむべし。

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Japanese classics Senior High

至急! どなたかこれの回答を1時間以内に教えて欲しいです....お願いします

10 3~ てつかはしけり。 ふせや ものがたり 三次の文章は、室町時代に成立したとされる『伏屋の物語』の一節である。あるとき、少将(少将殿・殿)が、北の方の継子 であるにほひ姫を見初め、越路丸(御使ひ)という童を使いにして手紙を送った。以下の部分は、越路丸が屋敷に着いた際、 北の方がそれを知り、継子のにほひ姫は病気なので、北の方の実子であるあいし姫(母姫君・母姫)との結婚を少将に勧めて ほしいと越路丸に要求した場面の続きである。これを読んで、後の問いに答えよ。(配点 三〇) (注1) (注2) めざましきことにて候ふ。さりながら、これにて身のはからひ申すべきに 御使ひ申すやう、「げにもさやうにおはしまさば、 (注3) も候はねば、急ぎ、帰り候ひて、このよしを申し候はん」と申して、「御文を賜りてまたおほせのごとく、母姫君にもと申され候 はば、急ぎ参り候ふべし」と言へば、「ただおはしませ。 その御文は懐に入れてあなたこなたへ ありきつるほどに、いづくにか 落として候ふらん。候はず」と言ひければ、 越路、頬うち赤めて、「あさましきことかな。いかさまよくよく求めて呼び候へ」と 申しければ、「『さらば、たづねて参らせん」とほどもなく、「見つけて候ふぞ」と「取らせけり。さるほどに、なほなほ言ふやう、 「かへすがへするよきやうに申し給へ。この頃時めく宰相殿よりもたびたび御文の参り候へども、用ゐ給はず。これもしかるべ きことにや候ふらん。 少将殿をばさもとおぼしめしたるなり。もし殿のはからひによきやうなること候はば、姫君は殿のためには ゆめゆめおろかなることにおぼしめされじ。このやうを心得て申し給へ。深く頼み参らせ候ふぞ」と言ひて立ち入りぬ。 (注4) 越路は急ぎ急ぎ帰りてありのまま申しければ、少将殿仰せらるるやう、「いかなる病ありとも、にほひ姫を申すべし。おのが帰 りをさへ待ちかねたるに、母姫、「十善帝王につくべし」と言ふとも、何にかはせん。かのにほひ姫に具してあらば、いかなる 虎狼の住む山、火の中、水の底なりとも、 かの姫もろともならば、ゆめゆめ苦しからじ。とくとく行きて返事取りてこよ」と 20

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Contemporary writings Senior High

これらの読み、意味を教えて頂きたいです🙇🏻‍♀️

山月記 第一段 ●傍線部の「読み」と「意味」を確認しなさい。 朧西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補 せられたが、性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、賤吏に甘んずるを潔しとし なかつた。いくばくもなく官を退いた後は、故山、かく略に帰臥し、人と交わりを 絶つて、ひたすら詩作にふけった。下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈する よりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。しかし、文名は容易 に揚がらず、生活は日を追うて苦しくなる。 李徴はようやく焦躁に駆られて来た。 この頃からその容貌も哺刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみいたずらに炯々として、 かつて進士に登第した頃の豊頰の美少年のおもかげは、どこにに求めようもない。 数年の後、貧窮に堪へず、妻子の衣食のためについに節を屈して、再び東へ赴き、 一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己の詩業に半ば絶望したた めでもある。かつての同輩は既にはるか高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にも かけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の秀才李徴の自尊心を いかに傷つけたかは、想像に難くない。彼は快々として楽しまず、狂悼の性はいよ いよ抑へ難くなった。一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿った時、遂に発 狂した。ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起き上がると、何か訳の分からぬこ とを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駆け出した。 彼は二度と戻って来 なかつた。附近の山野を捜索しても、何の手がかりもない。その後李徴がどうなつ たかを知る者は、誰もなかつた。

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