Grade

Subject

Type of questions

Japanese classics Senior High

問3の答えがなぜこうなるのか分かりません!! 教えてほしいです😭

お の のたかむら 次の文章は平安時代の官人、小野 纂 に関する二つの逸話である。これを読んで問いに答えなさい。 うんぬん 嵯峨天皇の時、「無悪善」といふ落書、世間に多々なり。墓読みていはく、「「さがなくはよかりなまし」と読む」と云々 a - た州 しよ Q かう 天皇聞き給ひて、「僅が所為なり」と仰せられて、罪を蒙らんとするところ、算申していはく、「さらに候ふべからざる事な り。才学の道、しかれば今より以後絶ゆべし」と申すと云々。天皇、「尤ももつて道理なり。しからば、この文読むべし」 と仰せられて書かしめ給ふ。一 Y1不来書暗降雨慕漏* つきよにはこぬひとまたるかきくもり Jこひつつもねん かくのごとく読む。 閣を閉ぢて唯聞く朝暮の鼓 楼に登りて遥かに望む往来の船」 河陽館に行幸す弘仁御製 故賢相伝へていはく、白氏文集の一本の詩、渡来して御所にあり。尤も秘蔵せられ、人敢へて見ることなし。この句はか の集にあり。叡覧の後、すなはちこの観に行幸せられ、この御製あるなり。小野算を召して見せしめたまふに、すなはち奏 」といへり。天自皇大いに驚き、勅してのたまはく、「この していはく、「『遥」をもつて「空」と為さば、いよいよ一 e- 句は楽天の句なり。汝を試みたるなり。もとは「空」の字なり。今、汝の詩情は楽天と同じきなり」とのたまへり。文場の (江談抄」による) 故事、尤もこの事にあり。よりて書すと。 注 河陽館: 山城国山崎の地にあった嵯峨天皇の離宮。 嵯峨天皇。

Solved Answers: 0
Japanese history Senior High

大至急!!!!! 9世紀ころから地方政治が乱れていく理由について 教えて欲しいです🙇‍♀️

ョ入 (『粉河寺縁起 把東 ながからびっ 歳)左の長唐橋 下,右には海の幸 分 息を が利り 濫えめ国 行取 の 横号る守象 法非 藤 公事(→p.56)と こくし ふじわらのもとなが あっせい ぐんじりゃくしょう。 げぶみ の国司の長官藤原元命の圧政に対する農民の訴え(尾張国郡司百姓等解文) おわり たもの。 地方政治の 9世紀になると,政府は租税の実質的な確保を目 こくし 転換と受領 ぎょうせい 的に,しだいに実際の地方行政の運営を国司に任 ふにん せるようになった。その結果,現地に赴任した国司の最上席者に権限 が集中するようになり, 彼らは受領(前任国司から国務を受領した者) とよばれた。一方, 受領以外の国司の地位はその収入だけが目的とさ ずりょう ようにん0 ふゆう れ、現地に赴任しない遥任もさかんに行われるようになった。富裕な じょうごう いなばどう (『因幡堂縁起絵 いなばの 橘行平が因幡 ちょうにん 受領は,成功によって重任したり, さらに実入りのよい国の受領に移 たちばなのゆきひら るようす。 ったりした。 はんでん だいちょう こせき けいちょう 班田が行われなくなり, 課税の台帳となる戸籍· 計帳も作成がとだ 見地には赴任せ 三受けとること。 は、受領も交替 二行かなくなり. 現地の有力者 マ治を任せるよ 2 こく が6 →p.28 えたため,10世紀ごろから, 国術では, 方法をかえて課税するように くぶんでん こう ち なった。まず,ロ分田などの公地を, 期間を定め耕作を請け負う有力 たと みょうでん みょう な農民(田堵)の名前をつけた田(名田,名)ごとに区分し,この田を単 そ ちょう よう ぞうよう 位に,租,調 庸, 雑鑑にかわる, 新しい形で課税した。こうして, →p.29 りつりょう 一紀初めには全 れなくなった。 三初めまで作成 , 女性ばかり 三態とかけはな 課税の対象は,律令体制下での人(成年男子中心)から, 土地(名田中 心)へと移っていった。 15 ふろうにん 有力な農民(田塔)は, 一族とともに農民や浮浪人を使って周囲に撃 でん 田を広げ,広い地域を支配するようになった。受領のなかには, 自己 かこく ちょうぜい →p.56 の収入を増やすためもあり, 過酷な徴税を行った者も多かった。その た。 平安時代以降 ようになる。 ぐん じ ため,郡司や有力な農民は, しばしば受領と衝突し, 10世紀後半から 11世紀にかけて,協力して受領の圧政を政府に訴えることもあった。 あっせい け負う有力農 ニれた。また, k, 当時, 官 20 地方で争乱がおきると, 政府は中央の下級貴族や, かん 武士の誕生 つい ぶし6とうよう おうりょう し ちんあつ よばれた。 地方の有力者を押領使や追捕使に登用して鎮圧 受目であった ら常置とな ち あん しへい し,治安維持にあたらせた。彼らは私兵をひきいてこれにあたり, そ の地方に勢いをのばしていき, やがては都で内裏や貴族の邸宅の警備 じょうち だいり ていたく たきぐち 式士を滝口と も行うようになった。 こうして朝廷の武力としての武士が誕生した。 国家の形成と貴族文化の誕生 しあげる)、 の稲〈正税》 の内に収 稲の出挙) 無きに依一 U事..………… 八日 ·百姓等 し、政府の 郡内の徴税 国司から任

Solved Answers: 1