ノートテキスト
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10.244 む みやうせう 着 歌のこと 無名抄 が (鴨長明)(鎌倉初期) →五条 藤原俊成 過去 いはく 「五条百 道のみもとにまうでた が言うことには、「五条三位入道の御もとに参上した 五条 →五泉 どれ 存候 ついでに、『御詠の中には、 いづれか 歌の中で れたりと思ほ お思いか。 パはよそにて様々に定め をば用ゐる 他の人は他で思い ますが、その評価を採用することが 可 正しく 五条 べからず まさしく承 らん 』と こえしかば できません。まちがいなく(あなた)お聞きしょう。』と申し 秋の島 『夕されば 辺の秋風身にしみてうづら鳴くなり深草 「夕方になると、野辺に吹く風が身にしみて感じられ、うず 鳴いているようだ。 いつも 五条 の これをなん、身にとりておもて歌と 「給ふる 『 ○ 草深い深草の里で。この歌を 我が身にとって代表歌と 思っております。 F (SE (が) 圭禍 と言はれして、 とおっしゃったが、 俊恵またいはく、『世にあまねく人の申 また言うには、 P 世間で広く人々が申し上げて → しぼるには、 ○おりますことには、
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評定する 〇様々に・・・ ジャンル 思い思いに まさしく まちがいなく たしかに 普通 あまねく(黒) ・広く 77328 すっといつも するので 「 様々な和歌について論じたり、歌人の逸話を書いたりして、 和歌の知識や歌のあるべき姿を示したもの。 (作者) 長明 会話 五条三位入道 身にしみて 五条(成) 世間の人は NZ 面彩花の姿を先立てて 来ぬ 峰の白雲 五条 41 No. Date
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5丁目 みね に他の姿を先立てて幾重越え来の峰の白雲 影に浮かぶ桜の花の姿を導き手として、いくつ越えてきただろ。降の白雲を 満開の桜の花を目の前に思いうかべていくつも越えてきてしまったよ。 桜だと思い込んで。 → これを優れたるやうに るはいかに。 』と聞こゆ。 110 れているように 申しあげておりますことに どうか。」と申しあげた。 五条 そのように 0 現 『いさ、よそにはさもや定め侍るらん 他の所ではそのように たま 知り 合 な さあ、 あげません。 かつか ° ほ自らは、 先の には言ひぶべからず 』とぞり 光の歌 言い比べる と語り J ○ました。と後が これを これをうちうちに申 と申し 心は、 「三司」の主根 こし は、『身にしみて』といふ腰の句の いみじう無念にお ○は、「身にしみて」という ぼゆるなり これほどになりぬる歌は 〇われるのだ)。 これくらいに 景気をさらっと春 こころ て、ただ空に身にしみけ かしと思はせたるこそ して、ただ と思わせていることが 奥 だんだんくする ~し続ける 要、太事なところ にくく にも侍れ いみじく言ひもてゆきて、 の詮 しあるのです。非常に、表現しすぎて の要
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空い …大事なところ なんとなく 奥ゆかしい 優美だ 四 315に ある いかに 優れてるって言う こっそり (2452) ゆえに、第三句が残念だ…。 景気をさら、と表現して、 なんとなく身にしみたのだろうと 思わせることが奥ゆかしく 92 長 No. Dafe
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' 爽爽と とすべきふしをさはさはと むげにこ たれ ば で ○とするべきところをはっきりと表 ひどく趣が (-11) と浅くな ぬるなり J とぞ そのついでに、 のだ と言う その機会に、 「わ 歌の中に、 O 私の歌 一面に み吉野の山かき ればふもとの里は ○吉野山 一面に雪が降り曇ったところ、ふもとの里では うちしぐれつつ 〇時雨 降り続いている。 これをなん 0 この歌を かの あの表の親に ひにせんと思ひ給ふる もし世の おります。 もし後世に息 その内容を指す 末におぼつかなく言ふパもあらば、 『かくこそ言ひし と 人がいるならば 『 このように言っていた。」 (高) 。 か 』と 「語り給へ。」とぞ。 と 語って下さい。」と言っていた。 趣
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はっきりと 歌の要となる腰の句に きりと 感情を書いたのが 因で趣浅 長明 んだ。 私の和歌に 吉野の山かき ふもとの里 り雪降れば つちしぐれつつ」 って言ってた いするから、 WI の人 てくれ 長 おぼつかない・・・ Qかのたぐひ」本文の言葉で言い替えると?=おもて じんりて かくこのように
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